全 情 報

ID番号 08168
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 綾瀬市シルバー人材センター(I工業所)事件
争点
事案概要 Xが、事業団による就業の機会の提供に応じてI工業所において就業中、プレスブレーキによる作業を行った際に、身体に傷害を負ったことに関し、Yが事業団の地位を承継したと主張して、Yに対し、主位的に債務不履行、予備的に不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案で、裁判所は、本件プレスブレーキによる作業は、社会通念上高齢者であるXの健康を害する危険性が高いと認められる作業に当たるということができるにもかかわらず、事業団は、本件プレスブレーキによる作業も含まれるものとしてXに対して工場内作業の仕事を提供し、Xがこれに応じて本件プレスブレーキによる作業に従事した結果、本件事故に至ったのであるから、事業団は、Xに対する健康保護義務の違背があったとし、またそれゆえ、事業団の法的地位を引き継いだYに損害賠償義務が承継されたとし、Xの請求を一部認容した事例。
参照法条 民法415条
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 2003年5月13日
裁判所名 横浜地
裁判形式 判決
事件番号 平成11年 (ワ) 2631 
裁判結果 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 時報1825号141頁/タイムズ1141号180頁/労働判例850号12頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 鴨田哲郎・労働法律旬報1556号40~43頁2003年7月25日/近藤昭雄・労働判例862号5~13頁2004年3月15日/大場敏彦・労働法律旬報1569号38~41頁2004年2月10日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 高齢者事業団、シルバー人材センター、ひいては事業団の設立の経緯、高年齢者雇用安定法の成立及び関係規定の内容、労働省の行政指導の内容、事業団設立前後のA市ないし事業団の広報活動の内容、事業団における就業の機会の確保及び提供の仕組み、一般に指摘されている加齢によって人が持つに至る身体的心理的特性などの認定事実に、「事業団は、健康で働く意欲を持つ高齢者・・・の希望に応じた臨時的かつ短期的な就業の機会を確保し、及びこれらの者に対して組織的に提供することにより、高齢者の生きがいの充実と社会参加の促進を図るとともに、その経験と能力を生かした活力ある地域社会づくりに寄与することを目的とする。」(規約3条)との事業団の目的を合わせ考えれば、事業団は、規約4条1号に基づいて高齢者である会員に対して就業の機会を提供するに当たっては、社会通念上当該高齢者の健康(生命身体の安全)を害する危険性が高いと認められる作業を内容とする仕事の提供を避止し、もって当該高齢者の健康を保護すべき信義則上の保護義務(健康保護義務)を負っているものと解するのが相当である。そして、ある作業が社会通念上当該高齢者の健康を害する危険性が高いと認められる作業に当たるかどうかは、作業内容等の客観的事情と当該高齢者の年齢、職歴等の主観的事情とを対比検討することによって、通常は比較的容易に判断することができるものと考えられる。〔中略〕
 本件プレスブレーキによる作業は、作業内容等の客観的事情と原告の年齢、職歴等の主観的事情とを対比検討した場合、社会通念上高齢者である原告の健康を害する危険性が高いと認められる作業に当たるということができる。にもかかわらず、事業団は、本件プレスブレーキによる作業も含まれるものとして原告に対して上記工場内作業の仕事を提供し、原告がこれに応じて本件プレスブレーキによる作業に従事した結果、本件事故に至ったのであるから、事業団は、原告に対する健康保護義務の違背があったものとして、債務不履行に基づき、本件事故によって原告が被った損害を賠償すべき義務があるというべきである。なお、被告は、事業団の義務違反と本件事故との間の相当因果関係の存在を否定するが、原告が本件プレスブレーキによる作業が重大な結果を引き起こすことがあり得る作業であることについて全く予備知識を欠いた状態で本件プレスブレーキによる作業を含む仕事の提供に応じたのであるから、会員に事業団からの仕事の提供に対する諾否の自由があるという点を考慮しても、相当因果関係の存在を否定することは当を得ないというべきである。また、I工業所の関係者による本件プレスブレーキの操作方法の指示の存在は、過失相殺事由として考慮すれば足りる事柄というべきである。
 そして、被告が平成10年9月11日開催の設立総会において、事業団を発展的に解散し被告に移行すること及び事業団の残余財産を被告に移管することを議決したことからすれば、被告は、事業団の法的地位を引き継いだものとして、原告に対する上記損害賠償義務を承継したものということができる。