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ID番号 08191
事件名 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 B金融公庫(B型肝炎ウイルス感染検査)事件
争点
事案概要 金融機関であるYに雇用されるため採用選考に応募したXが、Yに対し、〔1〕B型肝炎ウイルスに感染していることのみを理由としてXを不採用としたこと、ならびに、〔2〕Xに無断でウイルス感染を判定する検査及び精密検査を受けさせたことがいずれも不法行為であるとして損害賠償を求めた事案で、裁判所は、〔1〕XとYとの間で始期付解除権留保付雇用契約は成立しておらず、また仮に、当事者が雇用契約の成立が確実であると相互に期待すべき段階に至っている場合は、合理的な理由なくこの期待を裏切ることは信義則違反になるとしたが、そのような状態には至っていなかったとして、不採用による不法行為を否定する一方で、〔2〕B型肝炎についての最初の検査、ならびに再検査それぞれについて、調査の目的や必要性についてXに対して何らの説明もなく、Xの同意を得ることもなく、B型肝炎についての検査を受検させたYの行為は、いずれもXのプライバシーを侵害する不法行為であるとし、Yに対し、損害賠償を認めた事例。
参照法条 労働基準法2章
民法709条
民法710条
体系項目 労働契約(民事) / 採用内定
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 使用者に対する労災以外の損害賠償
労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 社員のプライバシー権
裁判年月日 2003年6月20日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成12年 (ワ) 20197 
裁判結果 一部認容、一部棄却(確定)
出典 労働判例854号5頁/労経速報1846号9頁/第一法規A
審級関係
評釈論文 ・労政時報3602号62~63頁2003年9月26日
判決理由 〔労働契約-採用内定〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 始期付解除権留保付雇用契約が成立(採用内定)したとはいえない場合であっても、当事者が前記雇用契約の成立(採用内定)は確実であると期待すべき段階に至った場合において、合理的な理由なくこの期待を裏切ることは、契約締結過程の当事者を規律する信義則に反するというべきであるから、当事者が雇用契約の成立(採用内定)が確実であると相互に期待すべき段階において、企業が合理的な理由なく内定通知をしない場合には、不法行為を構成するというべきである。〔中略〕
〔労働契約-採用内定〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 6月2日以降においても、被告は、原告に肝臓の数値が高い等と告げて、再検査(6月18日)、再々検査(6月30日)、精密検査(7月9日)を受検させており、雇用契約の成立(採用内定)の期待が高まったとは評価できないから、6月2日以降においても、雇用契約の成立が確実であると相互に期待すべき段階に至ったということはできない。
 したがって、被告が、7月29日、原告に不採用を告げ、9月30日にもその旨告げたこと(本件不採用)は、不採用の理由やその合理性について検討するまでもなく、不法行為には該当しないというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-社員のプライバシー権〕
 平成9年当時、B型肝炎ウイルスの感染経路や労働能力との関係について、社会的な誤解や偏見が存在し、特に求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われることがあったことが認められるところ、このような状況下では、B型肝炎ウイルスが血液中に常在するキャリアであることは、他人にみだりに知られたくない情報であるというべきであるから、本人の同意なしにその情報を取得されない権利は、プライバシー権として保護されるべきであるということができる。
 他方、企業には、経済活動の自由の一環として、その営業のために労働者を雇用する採用の自由が保障されているから、採否の判断の資料を得るために、応募者に対する調査を行う自由が保障されているといえる。そして、労働契約は労働者に対し一定の労務提供を求めるものであるから、企業が、採用にあたり、労務提供を行い得る一定の身体的条件、能力を有するかを確認する目的で、応募者に対する健康診断を行うことは、予定される労務提供の内容に応じて、その必要性を肯定できるというべきである。ただし、労働安全衛生法66条、労働安全衛生規則第43条の定める雇入時の健康診断義務は、使用者が、常時使用する労働者を雇い入れた際における適正配置、入職後の健康管理に役立てるために実施するものであって、採用選考時に実施することを義務づけたものではなく、また、応募者の採否を決定するために実施するものではないから、この義務を理由に採用時の健康診断を行うことはできないというべきである(第2の1(3)の労働省通知参照)。
 イ アで検討したB型肝炎ウイルス感染についての情報保護の要請と、企業の採用選考における調査の自由を、前記1(11)で認定したB型肝炎ウイルスの感染経路及び労働能力との関係に照らし考察すると、特段の事情がない限り、企業が、採用にあたり応募者の能力や適性を判断する目的で、B型肝炎ウイルス感染について調査する必要性は、認められないというべきである。また、調査の必要性が認められる場合であっても、求職や就労の機会に感染者に対する誤った対応が行われてきたこと、医療者が患者、妊婦の健康状態を把握する目的で検査を行う場合等とは異なり、感染や増悪を防止するための高度の必要性があるとはいえないことに照らすと、企業が採用選考において前記調査を行うことができるのは、応募者本人に対し、その目的や必要性について事前に告知し、同意を得た場合に限られるというべきである。
 ウ 以上をまとめると、企業は、特段の事情がない限り、採用に当たり、応募者に対し、B型肝炎ウイルス感染の血液検査を実施して感染の有無についての情報を取得するための調査を行ってはならず、調査の必要性が存在する場合でも、応募者本人に対し、その目的や必要性について告知し、同意を得た場合でなければ、B型肝炎ウイルス感染についての情報を取得することは、できないというべきである。〔中略〕
 金融機関たる被告の業務に照らすと、被告が、採用にあたり、応募者の能力や適性を判断するために、B型肝炎ウイルス感染の有無を検査する必要性は乏しく、B型肝炎ウイルスについて調査すべき特段の事情は認められないといえる。そして、仮に、その必要性が肯定できるとしても、前記1(6)のとおり、本件ウイルス検査は、HBs抗体検査を行う目的や必要性について何ら説明することなく、原告の同意を得ないで行われたものであるから、原告のプライバシー権を侵害するものとして、違法の評価を免れないというべきである。