全 情 報

ID番号 08221
事件名 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件
争点
事案概要 機関投資家に対する資産運用及び投資信託の設定・運用などを主たる業務とする株式会社Yの従業員であったXが、Yにおいて、自己に対するいじめ・差別的な処遇があるとして、その担当弁護士に人事情報や顧客情報等の記載された本件各書類をYの承諾無しに開示・交付したことにつき、守秘義務規程(秘密保持義務)違反および本件各書類の返還要請拒否等を理由として行われた懲戒解雇が無効であるとして、〔1〕労働契約上の権利を有する地位にあることの確認、〔2〕未払賃金の支払を請求したケースで、本件各書類が企業機密にあたるとした上で、Xは、労働契約上の秘密保持義務を負っており、企業機密をYの許可無しに業務以外の目的で使用、第三者に開示・交付することは、特段の事情のない限り許されないとしつつ、弁護士に守秘義務があること、開示・交付の目的が自己救済を目的としており不当とはいえないこと等から、本件各書類の開示・交付につき特段の事情があるとして秘密保持義務違反を否定、返還要請拒否については懲戒解雇事由に該当するとしても違反の程度は軽微であり、懲戒解雇権の濫用として本件懲戒解雇は無効(普通解雇としても解雇権の濫用として無効)であるとして、Xの請求が、〔1〕につき認容、〔2〕につき、本判決確定に至るまでの限度で認容(一部認容)された事例。
参照法条 民法623条
労働基準法89条9号
労働基準法2章
体系項目 労働契約(民事) / 労働契約上の権利義務 / 企業秘密保持
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒事由 / 守秘義務違反
懲戒・懲戒解雇 / 懲戒権の濫用
裁判年月日 2003年9月17日
裁判所名 東京地
裁判形式 判決
事件番号 平成13年 (ワ) 1190 
裁判結果 一部却下、一部認容(控訴)
出典 労働判例858号57頁
審級関係
評釈論文 ・労政時報3613号54~55頁2003年12月12日
判決理由 〔労働契約-労働契約上の権利義務-企業秘密保持〕
 従業員が企業の機密をみだりに開示すれば、企業の業務に支障が生ずることは明らかであるから、企業の従業員は、労働契約上の義務として、業務上知り得た企業の機密をみだりに開示しない義務を負担していると解するのが相当である。このことは、本件就業規則の秘密保持条項が原告に効力を有するか否かに関わらないというべきである。
 まして、原告は、入社時に被告の企業秘密を漏洩しない旨の誓約書を差し入れ、また、秘密保持をうたった「職務遂行ガイドライン」を遵守することを約しているのであるから、原告が秘密保持義務を負うことは明らかである。
 そして、前述のとおり、被告のような投資顧問業者にとって、顧客に関連する情報管理を行うことは、企業運営上、極めて重要なことであり、原告は、Y社の前身社の年金営業部長、合併後も投資顧問部の公的資金顧客、企業年金既存顧客担当の責任者という立場であったのであるから、その企業秘密に関する情報管理を厳格にすべき職責にあった者である。してみれば、原告が、被告の許可なしに、企業機密を含む本件各書類を業務以外の目的で使用したり、第三者に開示、交付することは、特段の事情のない限り、許されないというべきである。これに反する原告の主張は採用できない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-企業秘密保持〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
 弁護士は、その職責に鑑みれば、正式な委任関係に立つ前の段階であっても、法律相談に応じる場合には、相談者から必要な事実関係、情報を知らされなければ適切な判断ができないし、職務上知り得た秘密を保持する義務を有するから(弁護士法23条)、相談者が自己の相談について必要であると考える情報については、たとえその中に企業機密に関する情報が含まれている場合であっても、企業の許可を得なくてもこれを弁護士に開示することは許されるというべきである。証拠(〈証拠略〉)によれば、日本弁護士連合会の広報においても、弁護士に相談する場合は、「すべてを弁護士に打ち明ける」「関係している全ての書類を持参する」「書類は実物を見せる」ことを勧めていることが認められ、このことからしても、上記のように解するのが相当である。
 原告が本件各書類をF弁護士に開示、交付したのは、自己の救済を求めるという目的のためであり、それは不当な目的とはいえないこと、原告は、F弁護士から原告より提出された諸資料は原告の同意なしに第三者に開示しないとの確約書を得ていることを併せ考えると、原告がF弁護士に本件各書類を開示、交付したことについては、特段の事情があるというべきであるから、原告が秘密保持義務に違反したとはいえない。〔中略〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-企業秘密保持〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-守秘義務違反〕
 本件就業規則が原告に対し効力を有するとしても、原告が本件各書類をF弁護士に開示、交付したことは、本件就業規則56条3号及び14号に該当するとはいえないか、仮に形式的には該当するとしても、その目的、手段に鑑みて違法性を帯びるものではないというべきである。
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用〕
 被告が本件各書類をF弁護士に開示、交付した目的、態様、本件各書類の返還に応じなかった当時の事情からすれば、本件懲戒解雇は、懲戒解雇事由を欠くか、または軽微な懲戒解雇事由に基づいてされたものであるから、懲戒解雇権の濫用として無効であり、これを普通解雇とみても、同様に解雇権の濫用として無効であるというべきである。