全 情 報

ID番号 : 08473
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 協和エンタープライズほか事件
争点 : トラック運転手の事故は安全配慮義務違反によるとして、遺族が損害賠償を求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 同一の営業場所でともに自動車運送取扱業を営み、代表取締役も同じ人物であった2つの会社のうち一方に雇用されるトラック運転手が、運転中の事故により死亡したことについて、事故は超過勤務を課せられたため運転中も注意力散漫になっていたためであったとして、遺族が両社及び代表者らを相手取り、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた事案である。
 東京地裁は、まず両社は受注先及び従業員において区別され、他方の会社は同人の使用者とは認められないとして、他方の会社に対する遺族の不法行為及び債務不履行違反に基づく損害賠償請求を棄却した。
 使用者たる会社については、時間外労働協定を締結せずに長時間の時間外労働を行わせた点で、労働者の労働時間を遵守すべき義務に違反した過失があり、本件事故は、運転手が重度の疲労状態により注意力散漫・緊張低下状態に至ったため発生したと認められるとして、不法行為に基づく損害賠償の支払を命じた。
 また、使用者たる会社の代表取締役及び同社のトラックの運行管理責任者である常務取締役についても不法行為責任を認め、会社と連帯して損害賠償責任を負うとした。
参照法条 : 民法709条
民法715条
労働基準法32条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/使用者/使用者の概念
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2006年4月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)9048
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴(後和解))
出典 : 時報1977号96頁/労働判例930号79頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則-使用者-使用者の概念〕
 (1) 被告戊原社関係
 ア(ア) 上記一(1)において認定したところによれば、被告戊田社及び被告戊原社は双方とも自動車運送取扱業を目的とし、同一の営業場所において営業活動がされており、被告乙山、被告丙川及び乙山春夫が、戊山グループ取締役会を構成して両社の役員として両社の業務を管理統括しているほか、同取締役会の下に置かれた部署についても、被告戊田社に所属する者と被告戊原社に所属する者が混在しているというのであって、これらの事実からすれば、両社は、同一のグループを形成して営業活動をしていたことが認められる。
 (イ) しかしながら、上記一(1)イ(ウ)において認定したところによれば、被告戊田社及び被告戊原社は受注する業務において振り分けがされていた。また、上記一(2)において認定したとおり、一郎は、当初被告戊原社に入社したものの、その後被告戊田社に所属が移転し、被告戊田社が受注した運送業務に従事していたのであることに鑑みれば、被告戊田社及び被告戊原社は、その受注先及び従業員において区別されていたというべきであり、いわば企業連合的な運用がされていたものであって、これらの事実のみでは、被告戊原社が一郎の使用者であると認めるに足りないというべきであるし、その他に被告戊原社が一郎の使用者であると認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 (2) 被告乙山関係
 ア 被告乙山は、上記一(1)アにおいて認定したとおり、被告戊田社の代表取締役の地位にあり、被告戊田社の業務全般を統括掌理すべき者であって、常務取締役であった被告丙川の担当業務についても、被告丙川を適切に指揮監督するなどして従業員の安全に配慮すべき義務があったというべきである。
 しかしながら、被告乙山は、上記一(1)イ(イ)において認定したとおり、従業員であるトラック運転手が時間外労働を行っていることを熟知しており、その点を適切に管理すべき必要性を認識しながら、トラックの運行管理業務について被告丙川に任せきりで、何らの注意等もしていなかったというのであり、被告戊田社が従業員一〇〇人程度の会社であることに照らすと、被告乙山には、被告丙川を適切に指揮監督するなどして従業員であるトラック運転手の運行管理を適正化し、その健康に配慮すべきであったのにこれを怠った過失があると評価するのが相当である。〔中略〕
 (3) 被告丙川関係
 ア 被告丙川については、上記一(1)イ(イ)において認定したとおり、対内的には被告戊田社の常務取締役として同社のトラックの運行管理についての責任者であったから、トラックの運転手の労働管理についてもまた責任を負っていたというべきであり、被告戊田社のトラックの運転手であった一郎との間には指揮監督関係があったというべきである。
〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
 ア 一郎の就労状況と安全配慮義務違反との関係
 (ア) 労働基準法上、労働時間は、原則として一日当たり八時間、一週間当たり四〇時間を超えてはならず(三二条一・二項)、同時間を超えて労働者を労働させるにはいわゆる時間外労働協定が必要であるとされているところ(三二条の二ないし四、三六条)、被告戊田社においては、時間外労働協定が締結されていなかったのであるから、被告戊田社においては、労働基準法上の原則通りの労働時間のみ、労働させることができるものであって、被告戊田社において運行管理の責任者であった被告丙川も、上記の労働時間のみ労働させる等、労働者の管理をすべき義務を負っていたというべきである。
 (イ) 本件においては、上記一(3)において認定したところによれば、一郎は、平成一二年八月一日から同年九月一二日まで、総労働時間が三三八時間五八分、うち、時間外労働時間が合計一〇一時間二五分に及んでいたことが認められるから、被告丙川及び被告戊田社には、一郎の労働時間を遵守すべき上記義務に違反した過失があり、被告乙山には、上記において説示したとおり、被告丙川を適切に指揮監督するなどして従業員であるトラック運転手の運行管理を適正化し、その健康に配慮すべきであったのにこれを怠った過失がある。〔中略〕
 (イ) また、本件事故の状況は、上記一(4)ア及びイにおいて認定したとおりであるところ、一郎のトラックと相手方のトレーラーの相対速度は時速約マイナス二〇キロメートル、すなわち、相手方のトレーラーが一郎のトラックに向かって時速約二〇キロメートルで近づいてくるように一郎には見えたものであるところ、本件事故現場付近は照明が暗いものの見通しもよかったのであるから、相手方のトレーラーとの車間距離が減少し、追突の危険を感じた際にはブレーキをかけるか車線変更をするといった措置をとるべきものであり、そうすることが困難であったという事情はうかがわれない。そして、本件事故においては、追突現場に至るまでには擦過痕もブレーキ痕も認められないから、一郎がブレーキをかけていたとは認められないし、しかも追突の際、一郎のトラックが相手方のトレーラーに正面から追突していることに鑑みると、一郎が車線変更をした形跡も認められない。
 したがって、通常人であれば容易にとり得ると考えられる措置を一郎がとっていないことから、一郎には、上記措置を取り得なかった何らかの理由があったものと推認される。
 この理由については、何らかの理由で脇見をしていて相手方のトレーラーを発見するのが遅れたり、相手方のトレーラーが急激に減速するなどして車間距離が突然縮まった場合であって、かつ、身体の反応速度に鑑みてブレーキを踏む行動に出る暇もないときなどが一応考えられるが、相手方のトレーラーが急激に減速したとも認められないし、前方のトラックを直近に至るまで発見し得ないほどに脇見をすることも通常は想定し難い。
 (ウ) 他方、上記(ア)のとおり、一郎は相当重度の疲労状態にあったと推認できるところ、重度の疲労状態にある者は、注意力散漫になり、かつ、緊張低下状態になる頻度が高いということができ、かつ、自動車の運転の際には、前方の状況等の確認等のために一定の注意力及び緊張状態にあることが必要であると考えられるから、注意力散漫・緊張低下状態は、自動車事故の原因として考えられるものであるところ、本件においてはその他に事故の原因となる事情は認められない。
 したがって、本件事故は、一郎が重度の疲労状態により、注意力散漫・緊張低下状態に至り、これによって相手方のトレーラーを認識することが不可能となったことにより発生したものと認めるべきである。
 ウ 小括
 以上によれば、本件においては、被告戊田社、被告乙山及び被告丙川の上記義務違反行為と、本件事故が発生し、一郎が死亡するに至ったこととの間に因果関係がある。