全 情 報

ID番号 : 08492
事件名 : 賃金等請求事件
いわゆる事件名 : 東急バス(チェック・オフ停止等)事件
争点 : 所属労組変更によるチェック・オフ、有給休暇申請に対する時季変更権行使による欠勤扱いの適法性等が争われた事案(使用者一部認容)
事案概要 : Y社バス運転手X2らが、A労組脱退後もYがA労組組合費のチェック・オフを行ったことから、X2及びX2の所属するX1労組がYに対し控除分賃金の支払いを求め、また、有給休暇不承認による欠勤控除や遅刻による賃金減額について不当であるとしてその支払いを求め、さらに、Yによる不当労働行為があったとしてX1労組によるYに対する損害賠償請求を求めた事案である。
 東京地裁は、〔1〕チェック・オフを中止するためには本人の意思表示が必要であり、X1労組名義の団体交渉申入書によりチェック・オフ中止を通知したとする6名の主張を認めず、一方、内容証明郵便や直接申入れた5名について、本人による中止の意思表示を認め、〔2〕有給休暇に対するYの時季変更権を、一般乗客輸送という公共輸送業務の性質上、日々運行ダイヤに見合う運転士数を確保し、事業を正常に運営するため休暇枠を定めて休暇取得人数を決め、枠を超える労働者に時季変更権を行使することは適法とし、〔3〕出勤時間に14分遅れたため38分後の予備乗務のため待機したところ、52分が欠勤とされた件について、14分のみが減額対象でそれ以後はYの指揮監督下にあったとし、〔4〕Y社管理職によるX1組合員に対する脱退働きかけを不当労働行為と認め、賠償金の支払いを命じた。
参照法条 : 労働基準法3条
労働基準法24条1項
労働基準法39条
労働基準法89条
労働組合法7条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/均等待遇/均等待遇
賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額
賃金(民事)/賃金の支払い原則/チェックオフ
労働時間(民事)/労働時間の概念/手待時間
年休(民事)/時季変更権/時季変更権
懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
裁判年月日 : 2006年6月14日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成14(ワ)21282
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例923号68頁/労経速報1949号15頁
審級関係 : 控訴審/08540/東京高/平19. 2.15/平成18年(ネ)3565号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金-賃金の支払い原則-チェックオフ〕
 (1) 使用者が有効なチェック・オフを行うためには、労働基準法24条1項ただし書きの要件を具備することはもとより、使用者が個々の組合員から、賃金から控除した組合費相当分を労働組合に支払うことにつき委任を受けることが必要であると解される。したがって、使用者がチェック・オフを開始した後においても、組合員は使用者に対し、いつでもチェック・オフの中止を申し入れることができ、この中止の申入れがされたときは、使用者はその組合員に対するチェック・オフを中止すべきである。〔中略〕
 弁論の全趣旨によれば、上記原告らは、それまで、明示又は黙示に、被告に対し、東急バス労組の組合費を毎月の給与から控除して支払うことを委任していたと認められるから、この委任を終了させるには、被告に対し、その旨の本人の意思表示がされることが必要である。〔中略〕原告らの上記主張は採用できず、その他、上記原告らが被告に対し、平成12年11月25日(11月分賃金支給日)以前にチェック・オフの中止を申し入れたことの主張立証はないから、被告がしたチェック・オフは委任に基づく正当なものというべきである。〔中略〕他に、上記原告らが被告に対し平成12年12月25日以前に前記委任を終了させる旨の意思表示をしたことの主張立証はないから、被告がした前記のチェック・オフは委任に基づく正当なものと認められる。〔中略〕この通知が被告に到達した後に支給日(25日)が到来した同年4月分及び5月分の給与から東急バス労組の組合費を天引きすることは許されず、天引きした2か月分の組合費相当額(原告Fにつき9490円、原告Hにつき1万0426円)は賃金の未払いとなる。〔中略〕原告Jが請求する天引きされた組合費相当額1万0516円(給与からの分4150円と賞与からの分6366円の合計)は賃金の未払いとなる。なお、原告Jは上記内容証明郵便により東急バス労組組合費相当分の支払委任を終了させる意思表示をしているのであるから、その後に被告が行ったチェック・オフは、原告Jが同組合に対し組合費支払義務を負うか否かにかかわりなく、正当なものとはいえない。〔中略〕被告が原告Iからチェック・オフ中止の申入れを受けた後に支給した同年6月分給与(同月25日支給)や同年度夏季賞与(支給日については前記のとおり)から東急バス労組組合費の天引きを行うことは許されず、給与及び賞与から天引きした組合費相当額8282円(給与からの分1710円と賞与からの分6572円の合計)は賃金の未払いとなる。〔中略〕被告が原告Kからチェック・オフ中止の申入れを受けた後に支給した同年10月分給与から東急バス労組の組合費を天引きすることは許されず、天引きした同組合費相当額は賃金の未払いとなる。
〔年休-時季変更権-時季変更権〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 被告は、バスによる一般乗客輸送という公共輸送を業務内容とするものであり、業務の性質上、バスを安全にかつ毎日定められたダイヤどおり確実に運行させることが強く求められている。したがって、被告にとっては、運行ダイヤ数に見合う人数のバス運転士を確保することが極めて重要である。そして、運転士の病欠等突発的な出来事が生じた場合にも対処できるよう、ある程度人員の余裕を予定して人員を確保する必要もある。また、安全輸送という観点から、通常の労働者以上に、運転士の健康状態に悪影響を及ぼす長時間勤務や休日労働を強いることは、本人の同意がある場合であっても避けることが望ましい職種ともいえる。このような観点からすると、日々、運行ダイヤ数に見合う一定数の運転士を出動させることが、被告が事業を正常に運営するため必須の条件であり、これを確保するため使用者が各日ごとに休暇枠を定めて休暇取得可能人数を決め、その枠の人数を超える労働者の時季指定に対して時季変更権を行使することは、適法なものとして容認できるといわなければならない。〔中略〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
 被告がした時季変更権の行使は、被告がその事業を円滑に遂行するためやむを得ず行ったもので、これを違法ということはできず、したがって、原告Bが欠勤した2日間を有給休暇取得と認めることはできず、当該2日間分の賃金を求める同原告の請求は理由がない。
〔労働時間-労働時間の概念-手待時間〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 被告の賃金支給規程は、従業員が遅刻した場合、遅刻した時間について相当額を賃金から控除することを定めているが、遅刻して予定のダイヤに乗務ができなかった場合に「遅刻した時間」をどのように算定するかについて特段の定めを置いていない。また、被告が乗務員に対して再三発した通達にも、この点は明確には示されていない。他方、本件当日におけるO営業所の対応をみると、営業所では、遅れて点呼所に出頭した原告Hに対し、予備乗務者と交代する交代時間を後で告げるとしてそれまで控室にいるよう指示し、また、臨時にバス運転の必要が生じるとその作業に就くよう指示している。この事実からすると、原告Hは、出勤した後7時30分までの間は、乗務はしていないものの、被告の指揮監督下にあったというべきであるから、この時間を勤務に従事しなかったとして賃金の控除を行うことは不当である。
 以上のとおり、被告は、原告Hの前記遅刻に関しては、出勤時刻である6時38分から実際に出勤した6時52分までの14分間についてのみ賃金支給規程の定める減額をなし得るところ、実際には52分に相当する減額を行っているから、被告は原告Hに対し、差額分1071円(1376円-305円)の賃金が未払いということになる。〔中略〕
〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕
 ア 被告が自動車運転士作業基準等により、運転士の身だしなみを定めるなかで、サングラス・マスクの着用を原則禁止し、例外的に一定の要件を満たした場合にのみ許可する方針をとっているのは、バス運転士が接客も行うことから乗客に不快感を与えないよう配慮したためと認められ、それ自体には一応の合理性が認められる。
〔労基法の基本原則-均等待遇-均等待遇〕
 被告がした前記アの取扱いは、法的には誤った判断によるものではあるものの、従前の例を踏襲したものと認められるのであって、それが原告組合の組合員であるが故に前記原告らを不利益に取扱ったものとまでは認められない。〔中略〕原告組合員に対する平成13年度夏季及び冬季、平成14年度夏季の各一時金支給が東急バス労組組合員に対する支給日より遅れて支給されたのは、原告組合と被告との間で一時金支給に関する労使協定が妥結されず又は妥結が遅れたことによると認められるのであり(なお、〈証拠略〉によれば、被告の賃金支給規程には、一時金の支給を定めた条項は存しないから、被告における一時金支給は専ら労使協定によるものと解される。)、被告が違法と目されるような態様・方法により、ことさらこれを遅延させたことを示す証拠はない。したがって、一時金支給の遅延が原告組合員に対する不利益取扱いないし不当労働行為であるとは認められない。