全 情 報

ID番号 : 08493
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : KYOWA(心臓性突然死)事件
争点 : 業務中の従業員の急性心不全(疑)による死亡と業務との因果関係及び会社の安全配慮義務等が争われた事案(使用者敗訴)
事案概要 : 金属の加工・販売等を行うY社の従業員で鉄板の凹凸をならす面取業務に従事するAが、業務中に心筋梗塞とみられる疾患により死亡し、その遺族である子X1、X2及び妻X3が、Yに対し、Yが労働環境を改善する措置をとらず長時間労働を強いた結果死を招いたとして、使用者としての安全配慮義務違反とこれに伴う不法行為責任による損害賠償を求めた事案である。
 大分地裁は、Aの死因は解剖医学的には確定されていないが、Aが当時26歳とまだ若く、これまでの健康状態・健康診断に問題はなかったことなどから、Yにおける過重業務により肉体的・精神的負荷がかかり、疲労が蓄積している中で、長時間労働などによる職業性ストレスの結果、心筋梗塞を発症したものと推認できるとし、Aの死因と業務との間に相当因果関係があると認定した。また、Yが適正な労働条件と安全配慮義務を履行していたならAの死亡は回避できたであろうことから、Yの安全配慮義務違反とAの死亡には因果関係があり、Yは債務不履行による損害賠償責任があるとした。なお、賠償額認定の際の「過失相殺類似の法理」による寄与度減額を認めず、また、損益相殺として労災保険前払一時金の最高限度額を控除すべきとした。
参照法条 : 労働者災害補償保険法64条
民法415条
労働基準法2条
労働基準法89条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
休憩(民事)/「休憩時間」の付与/休憩時間の不付与と損害賠償
労災補償・労災保険/損害賠償等との関係/労災保険と損害賠償
裁判年月日 : 2006年6月15日
裁判所名 : 大分地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)433
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例921号21頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔休憩-「休憩時間」の付与-休憩時間の不付与と損害賠償〕
 (1) 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続する等して、疲労や心理的負担が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があるというべきである。被告は、労働者を雇用して自らの管理下におき、その労働力を利用して企業活動を行っているのであるから、使用者として、労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて、業務に従事させるにあたっては、業務過程において労働者にかかる負担が著しく過重なものとなって、労働者の生命・健康を損なうことのないように、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保し、労働者の安全を確保する安全配慮義務を負うというべきである。
 そして、具体的には、被告は、上記の太郎の労働状態を認識していたのであるから、太郎に対し、過度に長い労働を課することのないよう残業や労働時間を調整し、休日又は代休を定期的に与えることにより最低限の休息日を確保し、業務時間中も太郎のような若い若しくは見習の従業員も最低限必要な休憩をとることができるように一斉休憩を適宜与えることにより、太郎の健康が損なわれることのないよう配慮する義務があった。
 そして、上記のとおりの注意義務が履行されていたとしたら、太郎の死亡は回避できたと考えられるから、被告の安全配慮義務違反と太郎の死亡との間には因果関係があるというべきであり、被告は、債務不履行により、これによって生じた損害を賠償する責任がある〔中略〕
 長時間労働が継続するなどして疲労やストレス等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険性のあることは周知の事実であり、また、太郎は、見習期間終了前の段階であり、他の労働者が、適宜休憩を取っていても、真面目な性格と、その立場上、他の労働者のように、休憩が取りにくく、また、前記のように、残業を断ったり、代休を申し出ることも困難であったことが認められる。
 そうすると、太郎に対し、休日を与えることなく、長時間の過重な労働をさせた被告には、太郎の死亡についての予見可能性があったというべきであり、太郎の年齢や、入社時の健康状態、太郎が体調不良を訴えなかったこと、同様の労働に従事している他の労働者が同様の疾患に罹患していないこと等をもって、予見可能性がないとはいえない。〔中略〕
 太郎の労働時間は別紙1ないし4のとおりであり、5月、6月にも時間外労働が多くあったのであり、過重労働の状態が7月に限られるわけではなく、また、そもそもお盆休みは、8月13日から同月15日までは、就業規則にも休日と定められているものであり、特別な業務軽減措置となるのは、8月12日のみである。被告は8月9日からは掃除やペンキ塗り等の片づけのみで、通常の作業をさせていなかったと主張するが、片づけ等の作業とはいえ、8月9日には深夜まで残業をさせた上、就業規則によれば休日である第2土曜日の8月10日も結局出勤日としており、太郎には、炎天下で土砂ならしの作業をさせるなどしているのであるから、8月12日からのお盆休みをもって業務軽減措置であるということはできない。
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-労災保険と損害賠償〕
 被告は、本件において太郎は、死亡当日、再三注意を受けたにもかかわらず、「汗をかくから飲まない」、「もうすぐビールじゃないですか」等と言って水分補給をしなかったもので、水分の不足は、虚血性心疾患に対するリスクファクターであるから、太郎には、心不全による死亡については過失があるというべきであり、労災事故においても、過失相殺類似の法理により、死亡労働者の死亡に対する寄与に従い、寄与度減額が認められるべきであると主張する。〔中略〕
 そうすると、太郎の水分補給の不足の状況は明らかであるとはいえず、夏期の水分の不足は虚血性心疾患のリスクファクターであることは否定できないとしても、寄与度減額をするに足りる両者の関係や寄与度については、これを認めるに足りないというべきである。〔中略〕
 遺族特別支給金、労災就学等援護費は、政府が業務災害等によって死亡した労働者の遺族に対して労働福祉行政の一環として支給するものであって、損害の填補が目的ではなく、労働者の遺族の福祉の増進を図るためのものであるので、その性質上、これを控除すべきでない。また、葬祭料は、原告らは、本件においては、労災給付を受けたとしてあらかじめ同一事由で請求をしていなかったと主張するので、これについて損益相殺の対象としない。
 そして、原告らが請求可能であった前払一時金の最高限度額は1123万6000円であり、うち、原告らが既払額と認める遺族補償年金432万3045円については、労働者災害補償保険法64条により、免除され、その余の部分については、履行を猶予されることとなるが、原告らが今後遺族補償年金を受給することにより免除されるので、これを控除すべきである。
 なお、本件においては、前払一時金の請求権は時効により消滅しており(〈証拠略〉)、原告らは、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求においては、被害者が損害を被ったのと同一の原因によって利益を受けた場合に公平の見地からその利益の額を賠償額から控除するという損益相殺の趣旨に照らせば、すでに時効等により請求が出来なくなった前払一時金について、控除や猶予を認めるべきとはいえないと主張するが、労働者災害補償保険法64条の趣旨は、労災の保険給付と民事損害賠償との調整をして二重給付を回避することにあり、原告らの主張する損益相殺の趣旨のみに限られないものであって、原告らは時効により前払一時金として請求ができなくても、今後遺族年金として受給することができ、それまで被告は支払を猶予されるものというべきである。そして、支給開始時期から相当期間が経過し、原告らの前払一時金最高限度額までの遺族補償年金受給の見込みが高く、その場合にはその限りで被告の損害賠償義務が免除されること等に照らすと、原告らの請求に、条件付き若しくは将来の請求を含むものとは解されず、前払一時金最高限度額について、これを控除することとする。