ID番号 | : | 08494 |
事件名 | : | 賃金支払及び地位確認請求控訴事件(2029号)、同附帯控訴事件(609号) |
いわゆる事件名 | : | ノイズ研究所事件 |
争点 | : | 給与規程の改定を不利益変更であるとして地位の確認、実支給額との差額の支払い等が争われた事案(使用者勝訴) |
事案概要 | : | Yら3名が、Xが行った給与規程等の改定により不利益を受けたとして改定の無効ないしは格付けの違法を主張し、改定前の規程による地位の確認と、改定前と改定後の差額の支払いを求めた事案の控訴審判決である。 第一審横浜地裁は、新制度を不合理として変更を無効とし、Yらの請求を一部認容。これに対してXが控訴。第二審東京高裁は、Xによる就業規則の不利益変更は、不利益を法的に受忍させるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において効力を持つとし、新制度にはいくつかの場合に旧制度より著しく減額となる可能性があることから不利益変更とした。そのうえで、制度変更の合理性について、高度の必要性があり、また、どの従業員にも平等な機会を保障しており、人事評価制度でも最低限必要とされる程度の合理性を認めることができることから必要性に見合ったもので相当とし、さらに、従業員への周知、労組との団体交渉など労使の合意により制度変更を行おうと努めていたという経過やそれなりの緩和措置などを総合的に考慮すれば、規程の変更には合理性があるとして一審判決を取消し、格付けの違法、裁量権の逸脱、濫用については認めなかった。 |
参照法条 | : | 労働基準法2条 労働基準法89条 労働基準法90条 労働基準法106条 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)/人事権/人事権 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/賃金・賞与 |
裁判年月日 | : | 2006年6月22日 |
裁判所名 | : | 東京高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成16(ネ)2029 |
裁判結果 | : | 認容(2029号)、附帯控訴棄却(609号)(上告・上告受理 |
出典 | : | 東高民時報57巻1~12号7頁/労働判例920号5頁/労経速報1942号3頁 |
審級関係 | : | 上告審/最高三小/平20. 3.28/平成18年(オ)1499号 一審/08280/横浜地川崎支/平16. 2.26/平成14年(ワ)27号 |
評釈論文 | : | 牛嶋勉・労働法学研究会報58巻5号4~21頁2007年3月1日笹島芳雄・労働法令通信2089号16~19頁2006年9月18日山中健児・経営法曹152号11~25頁2007年3月緒方桂子・労働法律旬報1635号32~37頁2006年11月10日新屋敷恵美子・法政研究〔九州大学〕74巻1号175~189頁2007年7月斉藤善久・法律時報80巻2号99~103頁2008年2月石田信平・同志社法学59巻1号299~334頁2007年5月石田信平・労働判例932号5~13頁2007年5月15日中山慈夫・ジュリスト1340号121~125頁2007年9月1日唐津博・NBL845号9~14頁2006年11月15日道幸哲也・法学セミナー52巻7号123頁2007年7月鈴木隆・平成18年度重要判例解説〔ジュリスト臨時増刊1332〕226~228頁2007年4月 |
判決理由 | : | 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 前記の前提となる事実によれば、確かに、本件給与規程等の変更前は就業規則等のうちに就業規則第51条及び第52条以外に降格、減給について定めている規定はなかったのであるが、就業規則の性質を有する給与規程等を改定する本件給与規程等の変更により、職能給が廃止されて職務給とされ、各従業員に各自が従事する職務に応じた職務給が支給されることとされ、各職務が分類、格付けされてこれに基づいて各従業員に職務給が支給されるに至ったことも、前記のとおりである。そして、このように、本件給与規程等の変更により本件賃金制度の変更がされたのであるから、本件給与規程等の変更が合理性がないなどの理由により無効である場合は別として、被控訴人らが従事していた職務の格付けに基づいて被控訴人らの職務給が決定されたことをもって就業規則に違反するということはできない。就業規則第51条及び第52条は、従業員に対する制裁に関する規定であり、この規定をもって、職務給制度を導入することを禁止する趣旨の規定であるともいい難い。したがって、被控訴人らの上記主張は失当である。〔中略〕 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない。しかし、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。上記の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕 これらを総合すると、新賃金制度は人事考課査定に基づく成果主義の特質を有するものであること、したがって、本件給与規程等の変更は、年功序列型の賃金制度を上記のとおり人事考課査定に基づく成果主義型の賃金制度に変更するものであり、新賃金制度の下では、従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合には、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より顕著に減少した賃金額が支給されることとなる可能性があること、以上のとおり認めることができる。本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、上記の可能性が存在する点において、就業規則の不利益変更に当たるものというべきである。〔中略〕 〔労働契約-人事権-人事権〕 〔賃金-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 〔就業規則-就業規則の一方的不利益変更-賃金・賞与〕 以上によれば、本件給与規程等の変更による本件賃金制度の変更は、新賃金制度の下で従業員の従事する職務の格付けが旧賃金制度の下で支給されていた賃金額に対応する職務の格付けよりも低かった場合や、その後の人事考課査定の結果従業員が降格された場合に、旧賃金制度の下で支給されていた賃金額より賃金額が顕著に減少することとなる可能性があり、この点において不利益性があるが、控訴人は、主力商品の競争が激化した経営状況の中で、従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったのであり、新賃金制度は、控訴人にとって重要な職務により有能な人材を投入するために、従業員に対して従事する職務の重要性の程度に応じた処遇を行うこととするものであり、従業員に対して支給する賃金原資総額を減少させるものではなく、賃金原資の配分の仕方をより合理的なものに改めようとするものであって、新賃金制度は、個々の従業員の賃金額を、当該従業員に与えられる職務の内容と当該従業員の業績、能力の評価に基づいて決定する格付けとによって決定するものであり、どの従業員にも自己研鑽による職務遂行能力等の向上により昇格し、昇給することができるという平等な機会を保障しており、かつ、人事評価制度についても最低限度必要とされる程度の合理性を肯定し得るものであることからすれば、上記の必要性に見合ったものとして相当であり、控訴人があらかじめ従業員に変更内容の概要を通知して周知に努め、一部の従業員の所属する労働組合との団体交渉を通じて、労使間の合意により円滑に賃金制度の変更を行おうと努めていたという労使の交渉の経過や、それなりの緩和措置としての意義を有する経過措置が採られたことなど前記認定に係る諸事情を総合考慮するならば、上記のとおり不利益性があり、現実に採られた経過措置が2年間に限って賃金減額分の一部を補てんするにとどまるものであっていささか性急で柔軟性に欠ける嫌いがないとはいえない点を考慮しても、なお、上記の不利益を法的に受忍させることもやむを得ない程度の、高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるといわざるを得ない。 したがって、本件給与規程等の変更は、被控訴人らに対しても効力を生ずるものというべきである。〔中略〕 被控訴人らは、仮に本件給与規程等の変更が無効でないとしても被控訴人らに対する格付けは不当であると主張するが、被控訴人らにおいて、仮定的にせよ、本件給与規程等の変更が有効であることを前提として上記のとおり主張する以上、被控訴人らの「差額分」の請求という法的目的を達成するには、控訴人の行った上記の格付けが法令に違反し、又は裁量権を逸脱濫用してされたものであることを理由に、本件給与規程等の変更が無効であることを前提とする差額賃金請求に加えて、訴えを追加的、予備的に変更して不法行為による損害賠償請求をすべきところである。しかるに、被控訴人らは、当審における口頭弁論の終結に至るまで上記の訴えの変更をしなかったのであり、そうである以上、被控訴人らの上記主張は被控訴人らの請求を根拠付ける意義を有しないのであり、主張自体失当であるといわざるを得ない。 |