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ID番号 : 08496
事件名 : 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 足立労基署長(日昇舗装興業)事件
争点 : 冠動脈狭窄の基礎疾患を持つ道路舗装工の死亡につき遺族が遺族補償不支給の取消しを求めた事案(遺族勝訴)
事案概要 : 冠動脈狭窄の基礎疾患を有する道路舗装工が工事中に体調不良を訴え、心肺停止状態となり死亡した事故につき、遺族の労災請求に対し、労働基準法施行規則35条別表第9号所定の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当しないとして不支給決定をした労基署長に対し、決定の取消しを求めた事案である。
 東京地裁は、労働者の死亡は熱中症を発症したことによるものと認定し、労働基準法施行規則35条別表第1の2第2号8にいう「暑熱な場所における業務による熱中症」に該当するとして、死亡の業務起因性を肯定し、労基署長による遺族補償などの不支給決定を取り消した。
参照法条 : 労働基準法79条
労働基準法施行規則35条
労働基準法施行規則別表1の2
労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法12条の8
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2006年6月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16行(ウ)33
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 時報1948号167頁/タイムズ1228号171頁/労働判例923号54頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 第三 争点に対する判断
 一 判断の枠組み
 労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の給付は、労働基準法七九条、八〇条所定の「労働者が業務上死亡した場合」に行われるところ(労災保険法一二条の八第二項)、業務上の疾病により死亡したというためには、当該疾病が労基法施行規則三五条、別表第一の二各号所定の疾病に該当することを要し、当該疾病につき業務起因性が認められなければならない。そして、労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在ないしは通常随伴する各種の危険性が現実化した場合の損失について、使用者の過失の有無にかかわらず補償するという特質を有することに照らすと、業務起因性の認定においては、単に当該疾病が業務遂行中に発生したという条件関係の存在だけでは足りず、当該疾病が業務に内在ないしは通常随伴する危険の現実化と認められる関係があって初めて相当因果関係、換言すれば、業務起因性を認めるのが相当である(最二小判昭和五一年一一月一二日裁集民一一九号一八九頁、最三小判平成八年一月二三日裁集民一七八号八三頁、最三小判平成八年三月五日裁集民一七八号六二一頁参照)。ところで、労基法施行規則三五条、別表第一の二第二号ないし第七号は、特定の有害因子を含む業務に従事することにより当該業務に起因して発症し得ることが医学経験則上一般的に認められている疾病を規定し、当該疾病を発症させるに足りる条件のもとで業務に従事してきた労働者が当該疾病に罹患した場合には、特段の反証がない限り、業務に起因する疾病として取り扱うことにしたものと解される(最三小判昭和六三年三月一五日・体系労災保険判例総覧(平成三年一月一八日発行)【三〇九頁】参照)。そして、労基法施行規則三五条、別表第一の二第二号八は、「暑熱な場所における業務による熱中症」を業務上の疾病としているのであるから、労働者が暑熱な場所における業務に従事中、熱中症を発症して死亡したと認められる場合には、特段の反証がない限り、当該疾病は業務に起因するものと認めるのが相当である。〔中略〕
 (ケ) 小括
 以上によれば、熱中症は、高温多湿の環境下において労働を行っているときに発生するのが通常であり、〔1〕脱水をベースに発生するものであること、〔2〕けいれん、意識障害を合併することがあること、〔3〕肝障害、腎障害を併発することがあること、〔4〕呼吸障害を併発することがあること、〔5〕血液凝固障害を併発することがあることがその症状の特徴であるところ、太郎は、本件疾病発症時、これら熱中症の症状の特徴に符合する状態であったことが認められる。
 イ 熱中症のリスクファクター(危険因子)
 前記二(6)ウによれば、熱中症のリスクファクターとして、脱水、服装、肥満が挙げられているが、前記二(2)、(3)、三(1)ア(ウ)によれば、太郎は、本件疾病発生時、脱水の状態にあり、通気性の悪い服装で労働に従事し、しかも軽度の肥満であるなど熱中症のリスクファクターを持っていたことが認められる。
 ウ 太郎の健康状態
 前記二(2)によれば、〔1〕太郎は、本件疾病発症前の二年間は医療機関で治療を受けた形跡がなく、乙山社に勤務し始めてから本件事故発生日までの間、病気により欠勤したことはないこと、〔2〕本件事故発生から約二か月前の本件健康診断の結果によれば、太郎は、総コレステロール値及び中性脂肪値の上昇について要一年後検査、ALP値及び食後三時間の血糖値について要精密検査との判定を受けていたものの、心電図検査は正常範囲であり、この時点では新鮮若しくは陳旧性心筋梗塞を疑うような所見はなかったことが認められる。そして、本件全証拠によるも、太郎が本件疾病発症当日である平成七年七月二一日までの間に、狭心症ないし心筋梗塞を疑わせるような胸痛等を訴えたと認めるに足りる証拠はない。そうだとすると、太郎は、本件疾病発症当時、陳旧性心筋梗塞の既往症があったことが認められるものの、直ちに致死的不整脈を発症するような健康状態にあったとは考え難い。
 エ 熱中症の有無
 前記二(6)、三(1)アないしウ及び弁論の全趣旨によれば、〔1〕太郎の本件疾病発症時の症状は熱中症の症状に符合し、熱中症の症状と矛盾する状況は認められないこと、〔2〕重症の熱中症は多臓器不全を招来すること、〔3〕太郎は本件疾病当時、急性肺水腫、肝機能障害、腎不全等の多臓器不全を発症していたこと、〔4〕太郎は本件疾病発症当時、熱中症のリスクファクターを持っていたこと、〔5〕太郎は、本件疾病発症当日である平成七年七月二一日までの間、旧性心筋梗塞の既往症を有していたものの、直ちに致死的不整脈を発症するような健康状態にあったとは考え難いことなどを総合考慮すると、太郎は、脱水状態から熱中症を発症し、更に肺水腫、肝機能障害、腎不全等の多臓器不全を発症するとともに、その一環として心筋虚血を発症し、これに伴う致死的不整脈が生じて死亡するに至ったと認めるのが相当であり、当該判断を覆すに足りる証拠は存在しない。〔中略〕
 第四 結語
 以上によれば、太郎の本件疾病を業務に起因するものではないとして、被告が原告に対してした労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨の処分は違法であるのでこれを取り消すこととし、主文のとおり判決する。