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ID番号 : 08501
事件名 : 未払年金等請求控訴事件(1716号)、同附帯控訴事件(3514号)
いわゆる事件名 : 港湾労働安定協会事件
争点 : 港湾労働者年金受給権者と港湾労働安定協会との間の年金支給に関する法律関係と年金減額の効力が争われた事案(労働者勝訴)
事案概要 : Y協会が行った港湾労働者年金制度規程に基づく年金額の減額について、年金受給権者X1ら9名が一方的な減額は違法・無効であるとして、未払分の年金額等の支払いを求めた事案の控訴審である。
 第一審神戸地裁がX1らの請求を認容したのに対し、Yが控訴。第二審大阪高裁は、港湾労働者年金制度は、労使双方の要請を受け、労使団体によって、個別事業者と労働者との関係を超えた産業規模で制定された制度であり、Yは規程の定めに従ってその運営の責任を負い、裁定請求をした受給権者に対してはその裁定をし、年金を支給しなければならないことから考えると、YとX1ら受給権者との関係は年金支給契約関係といえるとした。また、同規程には受給権の内容の変更に関する規定がなく、同規程による受給権者の権利内容が労使団体の協定に従ったYの意思(同規程の改正)によって変更される可能性のあることが契約当事者の意思であったとする特段の事情もないことから、既に確定した契約内容を労使団体の合意によって変更することはできないとしてX1らの未払分の請求を認め、Y協会の控訴を棄却した。なお、年金額の減額の必要性について「事情変更の原則」適用についての付言あり。
参照法条 : 民法539条
労働基準法89条
労働基準法90条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職年金
賃金(民事)/賃金・退職年金と争訟/賃金・退職年金と争訟
就業規則(民事)/就業規則と適用事業・適用労働者/就業規則と適用事業・適用労働者
裁判年月日 : 2006年7月13日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ネ)1716
裁判結果 : 控訴棄却、附帯控訴認容(原判決一部変更)(上告受理申立)
出典 : 労働判例923号40頁
審級関係 : 一審/神戸地/平17. 5.20/平成14年(ワ)2514号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金-退職金-退職年金〕
〔就業規則-就業規則と適用事業・適用労働者-就業規則と適用事業・適用労働者〕
 前提事実に係る本件年金制度制定の経緯、本件規程の内容及びその変更の経緯等を合わせ考慮すれば、一審被告は、労使団体によって、港湾労働者の雇用及び生活の安定等を図ることを目的として、本件年金制度の実施その他の事業を行うための事業主体として設立された財団であって、本件年金制度についていえば、その事業は一審被告自身の事業であることは明らかである。
 一審被告の設立目的、事業目的が上記のとおりのものである以上、本件年金制度の運営(年金原資の確保、年金支給業務の遂行等の財団の運営)についての事業主体は一審被告であり、それについての年金受給権者に対する法的責任は一審被告のみが負う立場にあるというべきである。〔中略〕
 (4) 〔中略〕本件年金制度は、港湾運送事業に従事する労働者の老後の生活の安定と良質の港湾運送労働力の確保という労使双方の要請に基づき、労使団体によって、個別事業者と労働者との関係を超えて、産業規模で制定された制度であり、一審被告は、本件規程に従ってその運営の責任を負い、本件規程によって受給権者の裁定請求をした受給資格者に対しては、その裁定をして、本件年金を支給しなければならないのであり、本件規程に従った一審被告と一審原告ら受給権者との関係は、一審原告らが申込み(本件規程による受給権者の裁定の請求)をし、これに対して一審被告が承諾(本件規程によって受給権者の裁定)をした、一審原告らと一審被告との間の本件規程に従ってする年金支給契約関係と見るほかない。私的契約関係であれば、申込みに対してそれを承諾をするかどうかの自由(契約の自由)が相手方にあるのが原則である。しかし、一審被告は、本件規程に定める受給資格要件を有する者から本件規程に従った裁定請求を受けた場合には、必ずその裁定をしなければならず、一審被告にそれについて裁量の余地のないことは本件規程上明らかであるが、それは本件年金制度の本質(設立の趣旨・目的)に由来するものであり、それによって、一審被告と受給権者との間の法律関係が両当事者間の年金支給契約関係であるということが否定されるものではない。
 一審被告は上記と異なるさまざまな主張をするが、上記考察したところからいずれも採用できない。
 (5) 〔中略〕一審原告らは、本件規程により、それぞれ一審被告に対し、各支給開始月から15年間、裁定年金額の支給を受ける権利を取得し、その後の年金額の増額改訂により一審被告が増額年金額を支給し、これを受領した一審原告らについては、同一審原告らにおいて年金額の増額変更に黙示の同意をしたものと認められ、これにより年金支給契約の年金額の変更が合意され、同一審原告らは一審被告に対し、以後の年金支給期間、その増額年金額の支給を受ける権利を取得するに至ったものと認めるのが相当である(本件年金の支給時期、方法等の変更についても、上記と同様のことがいえる。)。これと異なる一審被告の主張は採用できない。〔中略〕
〔賃金-退職金-退職年金〕
〔賃金-賃金・退職年金と争訟-賃金・退職年金と争訟〕
〔就業規則-就業規則と適用事業・適用労働者-就業規則と適用事業・適用労働者〕
 一審被告は、本件年金支給に関する契約関係が第三者のためにする契約関係であるとして、これを前提に第三者のためにする契約に起因する抗弁(民法539条)を主張するが、本件年金支給に関する契約関係が第三者のためにする契約関係に当たらないことは前述のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、上記一審被告の主張は理由がない。〔中略〕本件年金制度は、労使団体の協定に基づいて制定されたものであるが、その運営は、一審被告によって、一審被告の定める本件規程に基づいて行われ、一審被告と受給権者との間の年金支給契約の内容も本件規程に従って定まるものであって、労使団体の合意がただちに本件規程の内容を規律、改変する効力を有するものでないことは前述のとおりである上、本件規程には年金受給権の内容の変更に関する規定は何も置かれていないことを考慮すると、年金支給契約当事者双方の意思が上記一審被告主張のとおりのものであったとは解し難く、したがって、上記一審被告主張のような黙示の合意があったとは認め難い。
 もっとも、上記認定の、労使団体の共管によるものとして労使団体の交渉・協定に従って運営されるという本件年金制度の性格や運営の実情、本件年金制度における年金原資の負担の構造等を考慮すれば、本件年金制度(本件規程)は、労使団体の協定に従った一審被告の決定(本件規程の改正)によって、本件規程に基づく受給権者の権利の内容を変更する(本件規程を改正する)ことを排除してはおらず、本件規程の改訂によって受給権者の権利内容を集団的、一律的に変更することが予定されているものと解することができないでもない。
 しかし、そうだとしても、一審原告らのように、既に本件規程に従って確定的に年金受給権を取得した受給権者の権利内容についてまで労使団体の協定に従った一審被告の意思決定(本件規程の改正)によって変更されることがあることが契約当事者の意思であったとするには、その契約当時に、その当事者がそのように認識し得た特段の事情があったことが必要であると解される。本件年金制度においては労働者は無拠出とされているが、それは、労使団体間における港湾労働者の労働条件全体の検討と交渉を経て決定され、労働者側の権利として制定された制度であることは、前述の本件年金制度制定の経緯に照らし明らかであるから、本件年金制度は使用者側から労働者側に対する恩恵的制度であるとしてその労働者の権利を軽く取り扱うことは許されないというべきである。しかるところ、本件規程には受給権の内容の変更に関する規定は何も置かれていないし、本件年金制度の制定についての労使団体の交渉の過程でそのような変更について確認・合意された形跡もないのであり、上記特段の事情が存在したとは認められない。〔中略〕本件年金制度(本件規程)においては、原資負担者が原資負担能力を喪失しても年金受給権は消滅しない仕組みになっていること(これと異なる一審被告主張の取扱いは本件規程に反するものであること)は前述のとおりであり、これを考慮すると、一審原告らと一審被告との間に上記一審被告主張の黙示の合意がされたとは認め難く、上記一審被告の主張は採用できない。〔中略〕一審原告らの年金受給権は、そもそも労使団体の協定自体の効力によって取得されたものではない。しかも、既に年金の支給を受けている受給権者は、現に労使関係にある労働者ではなく、本件年金制度の変更を行った労使団体の合意における意思形成過程に参加する機会が全く与えられていないのである。そして、既に退職して労働組合を脱退した受給権者と、現に労使関係にある労働者とは、その利益が共通する関係にあるとはいえず、その手続保障が代替される関係にないから、労使間の合意が一審原告らに及ぶと解することはできない。
 したがって、本件年金額の減額の合理性や必要性を論じるまでもなく、本件規程によってすでに確定した契約内容に従って年金を受給している受給権者に対し、労使団体の合意によって契約内容が変更されるということはできないから、上記一審被告の主張は採用できない。