全 情 報

ID番号 : 08509
事件名 : 労働者災害補償保険法による補償給付等不支給決定取消請求事件
いわゆる事件名 : 津労基署長(ミドリ電化)事件
争点 : 家電販売店の労働者の虚血性心疾患死につき、母が遺族補償等の不支給決定の取消しを求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 家電販売店にシステム職として勤務していた労働者が、就寝中に虚血性心疾患を発症して死亡した事故につき、母が、遺族補償及び葬祭料の給付を求めたところ、業務起因性が否定され不支給決定を受けたため、処分取消しを求めた事案である。
 津地裁は、まず、脳・心臓疾患の発症が業務上の疾病と認められるためには、発症と業務の間に相当因果関係が必要であり、それは当該発症が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したことによるものとみることができるかによって判断すべきであるとし、その上で就業実態がいわゆる新認定基準の認定要件に該当すれば、労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」に該当すると基準を示した。
 そして、発症前6か月時点の1か月当たりの平均時間外労働時間は、新認定基準の「おおむね80時間」に当たり、発症までの長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事している一方で、同人の高血圧症や高脂血症といった基礎疾患が、その自然的経過のみで当然に本件発症に至るほどのものであったと評価できないことからすると、本件発症は、同人の有していた基礎疾患などが長期間の過重業務の遂行によりその自然の経過を超えて増悪したことにより発症したものとみるのが相当であり、業務起因性が認められるとして、労基署長が行った遺族補償給付等不支給処分を取り消した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条1項1号
労働基準法施行規則別表第1の2第9号
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2006年9月28日
裁判所名 : 津地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16行(ウ)15
裁判結果 : 認容(確定)
出典 : 労働判例925号36頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
 脳・心臓疾患の発症が労災保険法7条1項1号にいう「業務上の疾病」と認められるためには、当該業務と結果との間に条件関係があるだけでは足りず、両者の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係があることが必要である。そして、労災補償制度が業務に内在ないし随伴する危険が現実化した場合に労働者に発生した損失を補償するものであることに鑑みれば、かかる相当因果関係が肯定されるためには、当該発症が業務に内在ないし随伴する危険が現実化したことによるものとみることができるかによって判断するのが相当である。
 そして、第2の1(6)のとおり、新認定基準は、医師を中心とした専門家で構成された専門検討会における検討結果を取りまとめた報告書を踏まえたものであるから、新認定基準の認定要件に該当する場合には、労基規則35条別表第1の2第9号所定の疾病として、労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」に該当すると考えるのが合理的である。そこで、以下、新認定基準の認定要件に即して業務起因性を検討することするが、本件では、長期間の過重業務として業務起因性が認められるかが争われていることから、この点について検討する。〔中略〕
 上記発症前6か月間の1か月当たり平均時間外労働時間については、前記2で検討したとおり、堺店勤務時の休日の時間外業務などを勘案すると、亡太郎の労働時間は被告主張の上記労働時間を多少上回っている可能性があるのであり、上記労働時間が合理的に推測し得る最大値であるということはできない。
 そうすると、亡太郎の発症前6か月間の1か月当たり平均時間外労働時間数である「79時間08分」は、基準である80時間にその約1%の52分満たないだけであり、実際の労働時間は被告主張時間を多少上回っている可能性があることや、本件における後記のとおりの業務内容等を勘案すれば、「おおむね80時間」に当たるというのが相当である。〔中略〕
 上記の亡太郎の発症前6か月の労働状況からすれば、発症前1か月の時間外労働時間が45時間に満たない程度であったことを勘案しても、その間に「十分な回復の時間的余裕」があったとは到底いえず、発症前6か月より前の過重労働の影響が改善されるような状況になかったことは明らかである。
 これに反する被告の主張は鈴鹿店勤務時における業務負担を過小評価するもので採用できない。
 (ウ) 以上からすれば、本件では、発症前6か月より前の業務についても、これを評価対象から外す合理的な理由はなく、発症前6か月と同様に労働時間を算出し、その評価対象として勘案すべきである。
 そして、第3の2のとおり、発症前6か月よりも前について、ほぼ被告主張の算出方法で亡太郎の時間外労働時間数を算出すると、発症前7か月が83時間10分、発症前8か月が85時間16分、発症前9か月が131時間45分、発症前10か月が85時間46分、発症前11か月が88時間48分、発症前12か月が65時間28分程度となり、発症前11か月までの間、恒常的に業務と発症との関連性が強いとされる80時間を超える時間外労働が認められるところである。発症前6か月の1か月当たり平均時間外労働時間数が79時間08分であることに、かかる発症前6か月より前の時間外労働時間数を付加的要因として考慮すれば、亡太郎は、本件発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事していたといえる。
 オ 業務の内容
 第3の1で認定したとおり、亡太郎は、売上金の管理やパート等の管理を担当しており、その業務の内容は、管理職のような責務はなくとも、精神的負担や労働密度が軽いといった内容ではない。とりわけ、堺店勤務時には顧客からのクレーム対応に苦慮したり、鈴鹿店勤務時にはレジ係のパート等が不慣れであったことに伴う各種トラブルへの対処におわれていた。そして、亡太郎は、堺店勤務時の平成13年9月ころには職務に耐えられないとして退職を考えたこともあるのであり、相当の肉体的・精神的負担を感じていたものと推認できる。
 カ 以上からすれば、亡太郎の業務は、新認定基準の定める長期間の過重性の認定要件を満たすものと認められ、虚血性心疾患に至る血管病変等を自然的経過を超えて増悪させ、本件発症に至らしめる危険性があったものといえる。〔中略〕
 イ 以上の亡太郎の私的リスクファクターを総合考慮すると、複数の私的リスクファクターが存在しており、とりわけ高血圧症や高脂血症といった基礎疾患が本件発症に関与した可能性は否定できないものの、その経過や症度からすると、亡太郎の基礎疾患が、その自然的な経過のみで当然に本件発症に至るほどのものであったとは評価できないし、その他のリスクファクターについても突出したものは見当たらないというべきである。
 そして、前記のとおり、亡太郎は、本件発症までの長期間にわたって、時間外労働時間数が1か月当たり80時間前後という、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に従事しており、しかも本件発症前2か月間は、初めての一人暮らしの上、鈴鹿店開店に伴う繁忙期が含まれていたから、このような長期間の過重労働は、血管病変等を自然的経過を超えて増悪させ、虚血性心疾患の発症に至らしめる危険性を有するものであるところ、本件発症について他に確たる発症因子があったことは窺われない。そうすると、本件発症は、亡太郎の有していた基礎疾患等が長期間の過重業務の遂行によりその自然の経過を超えて増悪したことにより発症したものとみるのが相当であって、本件発症は亡太郎の業務に内在する危険が現実化したものといえる。
 したがって、亡太郎の業務の遂行と本件発症との間には、相当因果関係の存在が認められる。〔中略〕
 そこで検討するに、新認定基準のもとで、業務起因性の有無については、当該労働者が有する基礎疾患等が自然の経過に従って増悪し発症に至ったにすぎないのか、業務上の精神的、身体的な過重負荷によりその自然の経過を超えて増悪し発症したのかによって判断されるべきところ、本件においては、亡太郎の基礎疾患等がその自然的な経過のみで当然に本件発症に至るほどのものであったとの的確な立証はなされていない。そして、新認定基準の上記趣旨からすれば、過重な業務の他に、確たる発症因子の存在が認められない亡太郎の本件発症については、亡太郎に私的リスクファクターが多重にあり冠動脈疾患の高リスク群に属していることだけから、業務起因性を否定することはできないというべきである。O医師の上記意見書は、このような業務起因性に関する法的観点を踏まえたものではなく、専ら臨床的見地から、冠動脈疾患の高リスク群に属している患者の急性心筋梗塞の発症が稀ではないことを述べるものというべきであるから、前記判断を左右するものではない。
 (4) 以上からすれば、本件疾病は、労基規則別表第1の2第9号に規定する「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当し、労災保険法7条1項1号にいう「業務上の疾病」に当たると認められる。