ID番号 | : | 08521 |
事件名 | : | 療養補償給付等不支給処分、休業補償給付不支給処分各取消請求控訴事件 |
いわゆる事件名 | : | 成田労基署長(日本航空)事件 |
争点 | : | 航空機客室乗務員が、くも膜下出血の療養補償給付等の不支給決定の取消しを求めた事案(原告勝訴) |
事案概要 | : | 国際線の客室乗務員(チーフパーサー)が乗務のため滞在していたホテル内で発症したくも膜下出血につき、業務上の疾病に当たらないとして、労基署長が下した療養補償給付及び休業補償給付の不支給決定をしたことに対し、決定は違法であるとして取消しを求めた事案である。 第一審の千葉地裁は、「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会の検討結果」(平成13年11月16日報告書)に基づく判断により、右チーフパーサーは、本件発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷がその基礎疾患を自然の経過を超えて憎悪させ、その結果本件発症に至ったものであると認められ、発症との間に相当因果関係があるとして訴えを認めた。被告は控訴。 控訴審の東京高裁は、他に確たる増悪要因が認められない以上、乗務員が本件発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、その結果本件発症に至ったものとみるのが相当であり、その間に相当因果関係があるということができ、本件疾病は、業務に起因することの明らかな疾病に該当すると判断し、原判決は相当であるとして、控訴を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法7条 労働基準法施行規則35条 労働基準法施行規則別表1の2第9号 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/業務上・外認定/休憩時間中 |
裁判年月日 | : | 2006年11月22日 |
裁判所名 | : | 東京高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成17行(コ)279 |
裁判結果 | : | 棄却(確定) |
出典 | : | タイムズ1240号228頁/労働判例929号18頁 |
審級関係 | : | 一審/千葉地/平17. 9.27/平成12年(行ウ)89号 |
評釈論文 | : | 堀浩介・労働法律旬報1645号79~82頁2007年4月10日 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-休憩時間中〕 (8) 以上に認定したとおり、被控訴人の業務は、1か月単位の変形労働時間制がとられ、頻繁なスケジュール変更など不規則性の高い業務であり、長距離を長時間かけて乗務する等拘束時間が長く、深夜・徹夜業務、時差への対応等から心身の負担が大きい業務であるほか、機内における保安業務やサービス業務など身体的精神的ストレスにさらされやすい業務であり、その労働密度は相当なものであったということができる。そして、被控訴人について、本件発症の6か月前である平成7年12月から平成8年5月までの間、毎月の乗務がいずれも75時間を超えていたこと、この間の乗務時間の状況は他の同僚と比べても抜きん出ていること、各月の乗務便等の業務内容の実質をみても、いずれも相当な負荷を生じさせる程度のものであったこと、これに加えて、この間、乗務時間及び業務の実質の両面からみてこのように相当負荷の大きい業務が6か月の間継続していたことを考慮すると、この間の業務は被控訴人に過重な負荷を生じさせ、疲労を蓄積させるに十分なものであったということができる。 また、被控訴人には、くも膜下出血の基礎疾患である脳動脈瘤があったものと認められるが、平成8年4月から5月にかけての被控訴人の健康状態は、上記に認定したとおり、4月ころ以降、顔色も悪く、自宅で寝ていることが多く、夫などに疲れを頻繁に訴えるようになり、5月10日ころには、偏頭痛、右手のしびれ、肩の凝り、首の付け根あたりの張り及び鈍痛を訴え、本件発症の1週間前ころからは、更にこれらの症状が強まり、食欲不振になるとともに吐き気を催すようになったというものであり、これらの諸状況は、被控訴人の心身に通常では考えがたい疲労が蓄積していたことをうかがわせるに十分であるということができる。 そして、被控訴人の本件疾病の発症については、前記認定のとおり、その機序を明らかにする証拠はなく、また、脳動脈瘤破裂の危険因子という意見のある喫煙について、被控訴人に長期間にわたって1日11ないし20本の喫煙歴があることが認められるものの、この喫煙と本件発症の関係を明らかにする証拠もなく、他の危険因子が本件発症をもたらしたとする事情も認められない。なお、控訴人は、日本航空が実施した健康診断において、被控訴人が、平成2年9月以降常に「まぶしい」との訴えを問診票を通して申告していたことをとらえて本件発症は自然の経過のもとで生じたものであると主張するが、まぶしいとの訴えと本件発症の関係を明らかにする証拠はない。また、被控訴人は平成8年5月20日の健康診断の問診票において「よく眠れない」の項目について自覚症状を訴えていないが、この項目の表現は多義的である上、上記認定の被控訴人の平成8年4月ないし5月の健康状態に照らして、「よく眠れない」との訴えが問診票にないことが被控訴人に疲労の蓄積があったとの認定を左右するものではない。 (9) 以上に説示した被控訴人の基礎疾患の内容、本件発症に近接した時期における被控訴人の健康状態、本件発症前の6か月間の被控訴人の業務の内容を総合考慮すれば、被控訴人の上記基礎疾患である脳動脈瘤が本件発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂するという程度に増悪していたとみることはできず、他に確たる増悪要因が認められない以上は、被控訴人が本件発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が被控訴人の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、その結果本件発症に至ったものとみるのが相当であり、その間に相当因果関係があるということができる。したがって、被控訴人の発症した本件疾病は、労働基準法施行規則35条、別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきである。 第4 結論 よって、被控訴人の本件各請求はいずれも理由があるというべきであり、これらを認容した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。 |