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ID番号 : 08530
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 三洋貿易事件
争点 : 制度の見直しに伴い退職年金の一括支給を行った会社に対し、退職者が損害賠償を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 退職金制度及び退職年金制度の見直しに伴い、旧来の退職年金の一括支給を行った会社に対し、一方的に退職年金規定を改廃して年金基金を分配した会社の行為は債務不履行又は不法行為に当たるとして、退職者が損害賠償を求めた事案である。
 名古屋簡裁は、退職時の規定自体に改廃権が留保されている場合には、原則として退職年金規定改廃の効果は退職者にも及ぶが、事前に意見を述べる機会が保証されていないような場合には、効果は合理的な範囲に限定され、合理性の判断基準として、改廃の目的、改廃内容の相当性、改廃によって退職者が不利益を受けるような場合にはその程度とその代替措置の内容、改廃によって影響を受ける退職者の対応等を挙げた上で、本件は合理的範囲内であると判断し、訴えを棄却した。
参照法条 : 労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職年金
就業規則(民事)/就業規則の適用対象者/就業規則の適用対象者
裁判年月日 : 2006年12月13日
裁判所名 : 名古屋簡
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ハ)78
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : タイムズ1247号205頁/労働判例936号61頁
審級関係 :  
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金-退職金-退職年金〕
〔就業規則-就業規則の適用対象者-就業規則の適用対象者〕
 ア 退職年金規定は就業規則としての性質を有するもので、就業規則は一種の法規範として当該事業所の従業員に適用されるものと解する。原告の退職年金受給権は、この退職年金規定に基づいて取得したものであって、退職時における、被告と退職者個々との契約に基づくものとは認められない。
 したがって、被告と退職者個々との契約によって退職年金受給権を取得したことを前提とする原告の主張は、採用できない。
 イ 本件廃止等は、必要な手続(第30条の年金委員会の開催については後述する。)を履践して適法になされたものと認められる。
 ウ そこで、本件廃止等の効果が原告に及ぶかについて検討する。
 (ア) 前述のとおり退職年金規定は就業規則としての性質を有するものであるから、退職者には就業規則の適用が考えられない以上、その規定の改廃の効果は当然には退職者に及ばないが、退職時の規定自体に改廃権が留保されている場合には、その規定の適用の結果、原則として、改廃の効果は退職者にも及ぶものと解される。そうすると、原告の退職時の退職年金規定には、第31条で規定の改廃についての定めがあり、退職年金支給開始後の被告の改廃権が留保されていたことから、原則として、改廃の効果が退職者にも及ぶと言わざるを得ない。
 しかし、本件廃止等の経過にみられるように、従業員でない退職者には事後的な結果報告がなされるだけであって、事前に意見を述べる機会が保証されていないような場合には、退職者にとって有利不利を問わず、一律にすべての改廃の効果が及ぶとすることは相当でなく、合理的な範囲に限定される、すなわち、改廃権の行使は合理的な範囲に限定されるものと解することが相当である。そして、その合理的な範囲か否かは、改廃の目的、改廃の内容自体の相当性、改廃によって退職者が不利益を受ける場合にはその程度とその代替措置の内容、改廃によって影響を受ける退職者の対応等によって判断することが相当である。
 (イ) 本件廃止等が改廃権の合理的範囲内の行使か否か検討する。
 本件廃止等は、適格年金制度の変更を契機とする退職金制度等の見直しの一環として行われたもので、その目的に不相当と認める事情はないこと、本件改定によって退職年金規定の廃止の際の年金を継続して受給する選択肢がなくなり、確定した年金受給権は消滅するが、制度廃止日現在の責任準備金相当額(年金基金)の分配を受ける権利は保証されていること、本件廃止により支給残存期間に対応する支給年金額の現在価値相当額の一括支給を受けたこと、原告以外の年金受給者は、本件廃止等による被告の処理に同意し、異議なく受け入れていることなどから、本件改廃等は改廃権の合理的範囲内の行使と認めることが相当である。
 なお、原告以外の年金受給者の同意に瑕疵があったと認めるに足りる証拠はない。
 (ウ) したがって、本件廃止等の効果は、原告にも及ぶものと解することが相当である。
 エ 第2の3(1)(原告の主張)ウにおいて、被告が行った本件廃止等は規定違反であり、債務不履行又は不法行為に当たると主張する。
 (ア) 差別扱いの禁止に違反するとの主張について
 退職金制度等の見直しの過程で、従業員と原告ら退職者との間に事前の説明会の有無などの差別的取扱いがあったことを理由とするが、規定の性質上、従業員と退職者との間で異なる取扱いがなされることはやむを得ないところであって、特に規定違反に該当するような差別的取扱いがなされたとは認められず、原告の主張は採用できない。
 (イ) 本件廃止等について、年金委員会の審議を経ていない、仮にあったとしても年金受給者の利益代表が参加していない審議等は不当であるとの主張について
 確かに、第30条3項によれば、年金委員会は、この規定の改廃について「会社の諮問に応じて審議し、答申する。」とされているが、本件廃止等にあたり年金委員会が開催された事実は認められない。
 思うに、規定の変更、廃止等の重要な事項について年金委員会を開催する趣旨は、従業員にとって利害関係が大きいので、従業員の代表者を構成員に加えた委員会を開催し、従業員に意見を述べる機会を与えることにある。そうすると、本件廃止等にあたって、従業員全員を対象として、アンケートの実施、説明文の配布及び説明会の開催が行われ、従業員の意見を聴取する機会を設けているのであるから、年金委員会開催の代替措置としては十分であり、年金委員会不開催が本件廃止等に影響を与えるほどの瑕疵とまでは言えず、それをもって規定違反と認めることは相当でなく、原告の主張は採用できない。
 また、年金委員会に年金受給者の利益代表が参加していない審議等は不当である旨主張するが、前述のとおり従業員と退職者とで取扱いが異なることはやむを得ず、規定上年金受給者の参加は予定されていないので、原告の主張は採用できない。
 (ウ) その余の主張は、本件廃止等の必要性、年金基金の積立不足などを理由とするもので、前述のとおり本件廃止等は改廃権の合理的範囲内での行使であること、年金支給予定額全額の支給を前提として、年金基金に積立不足があったと推測して主張するもので、それを認めるに足りる証拠はないことなどから、いずれも規定違反となる事情とは認められず、原告の主張は採用できない。
 オ 次に、原告は、年率3.5パーセントで原価率を計算しているのは不当である旨主張する。
 交通事故による逸失利益の損害賠償など、将来の請求権を現在価額に換算する場合、法的安定性及び統一的処理の観点から、また、損害賠償債務の遅延損害金の割合が年5パーセントであることとの均衡などの理由から、中間利息の控除割合を民法所定の年5パーセントとすることが相当と解され、それとの対比、さらに原告以外の年金受給者は被告の処理に同意し、異議を唱えていないことを考慮すると、被告の示した原価率計算が不当で規定違反であるとまでは言えず、原告の主張は採用できない。
 カ 以上から、本件廃止等は適法に行われており、原告に対する年金基金の分配も相当であり、本件廃止等に関し、被告の債務不履行又は不法行為の責任は認められない。
 2 よって、争点(2)について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、棄却することとする。