全 情 報

ID番号 : 08538
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 山田製作所(うつ病自殺)事件
争点 : 過重な長時間労働等を原因とする労働者のうつ病による自殺について安全配慮義務違反か否かが争われた事案(使用者敗訴)
事案概要 : Y社A事業部Bの自殺は、Yでの過重な肉体的・心理的負荷の高い長時間労働等によるうつ病が原因であるとして、Bの妻X1及びその子X2、X3が、Yの安全配慮義務違反による損害賠償等を求めた事案である。
 熊本地裁は、〔1〕自殺と業務との関係について、Bは時間外・休日労働が連続して1か月100時間を超え、しかも過度の肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続け、さらに、リーダーへの昇格、新入社員の加入・指導等といったことが加わり通常以上の心理的負荷となってうつ病に罹患したとし、そのうえでYの自殺の予見可能性を認めた。〔2〕Yの安全配慮義務では、使用者は、労働環境の改善あるいは労働者の勤務状況等を把握して長時間・過重労働とならないよう配慮するだけでなく、業務による疲労や心理的負担等が過度に蓄積して心身の健康を損なわないよう適切な措置を採るべきところ、Yはこれを怠り漫然と放置していたとして安全配慮義務違反を認め、早期にBの精神面の健康状態を調査し、休養や心身の状態に適した配属先への異動などを検討すればBの自殺を防止できた蓋然性は高かったとして、Bの自殺と安全配慮義務違反との間に因果関係を認めた。
参照法条 : 民法415条
民法709条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
裁判年月日 : 2007年1月22日
裁判所名 : 熊本地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)868
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例937号109頁
審級関係 : 控訴審/福岡高/平19.10.25/平成19年(ネ)131号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
〔労働契約-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
 このように、故一郎の従事していた業務は、一見容易に見え、肉体的には負荷が重いとまではいえないように思われるが、流れ作業方式の上記特徴からすれば、長時間の作業に従事することにより苦痛感などを生み、心理的に相当の負荷が生じるものであることが認められる。
 これに加え、故一郎の業務が、決められた時間(納期等)どおりに遂行しなければならないような困難な業務であることから精神的緊張を伴うものといえること(前記第3、2(2)記載の専門的知見参照。)、また、前記認定の不具合発生状況及び工程の異常打ち上げ状況をも勘案すれば、故一郎の業務の心理的負荷は相当程度あったものと認められる。〔中略〕
 エ 以上からすれば、前記のように故一郎には平成14年2月13日から同年5月13日の間に19日間の休日があったことが認められるが、上記時間外労働・休日労働の時間数に加え、前記判示の故一郎の業務内容自体による負荷度をも考慮すれば、上記期間中の故一郎の業務には通常以上の肉体的・心理的負荷があったものといえる。
 そして、このような長時間に及ぶ時間外労働・休日労働によって労働者の心身の健康を損なうことは周知の事実である。〔中略〕
 しかし、リーダーの職務を行うことと、現実にリーダーの地位に就いて職務に従事することとの間には、その責任面などにおいて相当程度の心理的負荷の差があることは見やすいところである(〈証拠略〉参照)。
 さらに、平成14年4月15日、塗装班に新入社員であるCが加入しているが、リーダーとして、実際にCを指導していく必要があったことをも勘案すると、リーダーに就いたことによる故一郎への心理的負荷は相当程度あったものと認められる。〔中略〕
 以上によれば、故一郎の業務において、時間外労働・休日労働が連続して1か月100時間をも超える数値として表れていることに加え、十分な支援体制が取られていない状況下において、過度の肉体的・心理的負担を伴う業務に従事し続けたこと、さらにはリーダーへの昇格による心理的負担の増加があり、それは相当程度の強度があったものと認められる。
 これらの状況などを総合的に判断すれば、故一郎には通常以上の肉体的・心理的負荷があったと認められ、その内容及び程度に照らせば、故一郎の業務には、精神障害を発病させるに足りる強い負担があり、平成14年4月中旬ころ以降には、故一郎は自殺を惹起しうるうつ病に罹患していたものと推認される。〔中略〕
 しかしながら、被告が主張する故一郎が体験した事象等について、断片的に単一のものとしてみるならば格別、前記認定のとおり、故一郎は平成14年4月からリーダーに昇格した上、特別展開の期間に受注が増え、時間外労働・休日労働時間が過度に増加するなど、同一期間に、肉体的にも心理的にも負荷がかかる仕事やイベントに従事・対応していたことが認められる。
 そうすると、上記の複数の事象を断片的・単一のものとして評価することは妥当ではなく、これらを総合的に評価し、故一郎が従事した業務によりかかる肉体的・心理的負荷から、本件自殺と業務との因果関係の有無の判断をしなければならない。〔中略〕
 〔4〕 以上の労災認定における手続及び本件自殺についての結論に照らせば、労災認定がなされたことにより、本件自殺と業務との間の因果関係が強く推認されるというべきである。〔中略〕
 (3) 業務起因性
 〔1〕 前記のとおり、故一郎は、平成14年4月中旬ころ以降にはうつ病に罹患していたものと推認され、また、故一郎の業務にはうつ病を発病させるおそれがある強い肉体的・心理的負荷があったといえる。
 つまり、前記判示の点を総合すると、故一郎の業務内容、職場環境、勤務形態から生じた疲労は、その持続期間を考慮すれば、人間の肉体面、心理面の双方に慢性的な過労状態を導くものといえ、うつ病を惹起するのに十分な程度であったものといえ、故一郎は、継続的な業務の負担により肉体的・心理的な疲労が溜まるなどの身体症状が現れ、疲労が回復しないまま業務を続行する中で抑うつ状態が生じ、ついにはうつ病の罹患、発症、さらに自殺へ至ったと認められる。〔中略〕
 〔2〕 他方、業務以外に故一郎の自殺の原因があるか検討するに、本件に現れた証拠等を精査しても、家族関係などの個人的な要因等、業務外の要因を認めることはできない。〔中略〕
 以上、故一郎は、本件自殺3か月前から常軌を逸した長時間労働に従事することによる肉体的・心理的負荷に、業務内容それ自体の負荷、リーダーへの昇格という心理的負荷等が更に加わることにより、自殺に至ったものであり、本件自殺と業務との間に因果関係(業務起因性)が認められる。〔中略〕
 〔1〕 長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働者の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病罹患またはこれによる自殺はその一態様である。そうすると、使用者が回避する必要があるのは、上記のような結果を生む原因となる危険な状態の発生であるというべきであって、予見の対象もこれに対応したものとなる。〔中略〕
 〔2〕 これを本件についてみるに、前記判示のとおり、故一郎の時間外労働・休日労働時間が、本件自殺前3か月前から過重ともいえる時間数に至っており、特に本件自殺2か月前からは、連続して1か月100時間を超えていることに加え、リーダーへの昇格などの状況の中、十分な支援体制が取られていないことから、故一郎は過度の肉体的・心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたことなどが認められ、被告において、故一郎のかかる勤務状態が故一郎の健康状態の悪化を招くことを容易に認識し得たといえる。〔中略〕
 以上のことからすると、安全配慮義務の内容としては、事業者は労働環境を改善し、あるいは、労働者の労働時間、勤務状況等を把握して労働者にとって長時間または過酷な労働とならないように配慮するのみならず、労働者に業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意し、それに対して適切な措置を講ずべき義務があるものと解される。〔中略〕
 したがって、被告には安全配慮義務違反があったことは明らかであり、被告は、故一郎に対して債務不履行責任を負う。
 (3) そして、被告が、遅くとも同年4月下旬ころに、故一郎の精神面での健康状態を調査して改めて、故一郎について休養の必要性について検討したり、例えば、異動についての希望聴取を行い、心身の状態に適した配属先への異動を行うなどの対応を取っていれば、同年5月14日に故一郎が自殺により死亡することを防止しうる蓋然性はあったものというべきである。
 以上によれば、上記被告の安全配慮義務違反と本件自殺との間には因果関係があるものというべきである。〔中略〕
 (5) なお、本件においては前記のとおり、本件自殺の原因について家族関係などの個人的な要因を認めることはできず、また、故一郎の性格などに上記損害額を減額すべき要因を認めることはできない(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。