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ID番号 : 08539
事件名 : 差額賃金支払等請求事件
いわゆる事件名 : 東武スポーツ(宮の森カントリー倶楽部・労働条件変更)事件
争点 : ゴルフ場の元キャディ・保育士らが雇用契約存在確認、未払賃金の支払等を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : ゴルフ場でキャディ職や保育士職として勤務していた従業員が、労働条件の不利益変更、合理的理由のない解雇、退職に伴う違法行為等があったとして、期間の定めのない雇用契約の存在確認、未払賃金の支払、退職に関する債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求として逸失利益、慰謝料等の支払等を会社に請求した事案である。
 宇都宮地裁は、原告を4つに分け、まず在職キャディ原告らには、労働条件の不利益変更にかかる契約書を提出しなければ働くことができなくなると理解した点に動機の錯誤があったとし、期間の定めのない労働契約上の権利と差額賃金相当分の支払を認めた。
 次に退職届の提出を拒否した原告については、解雇権の濫用に当たり無効であると判断し、本人の勤務不履行について責めに帰すべき事由(民法536条2項)を考慮して、平均賃金額相当の請求を認めた。
 また退職キャディ原告らについては、合理的な理由なくして本来効力を有しない労働条件変更を実施したとして、債務不履行に該当すると判示し、慰謝料請求を認めた。
 最後に保育士原告らについては、キャディ職への移動について合理的な理由がなかったとして、債務不履行による慰謝料等を認めた。
参照法条 : 民法95条
民法536条2項
民法415条
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/労働条件の対等決定/労働条件の対等決定
配転・出向・転籍・派遣/配転命令権の濫用/配転命令権の濫用
解雇(民事)/解雇権の濫用/解雇権の濫用
退職/合意解約/合意解約
裁判年月日 : 2007年2月1日
裁判所名 : 宇都宮地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成14(ワ)669
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : タイムズ1250号173頁/労働判例937号80頁/労経速報1968号3頁
審級関係 : 控訴審/東京高/平20. 3.25/平成19年(ネ)1119号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則-労働条件の対等決定-労働条件の対等決定〕
 イ 上記経過によれば、在職キャディ原告らは、本件労働条件変更の必要性の内容、程度に理解を示して、これに協力するべく不利益変更を受け入れたとは到底考えられない。むしろ、キャディ契約書の提出により労働条件が不利益なものに変わると認識しながら、契約書を提出すれば4月以降も残って働くことができるけれども、契約書を提出しなければ4月以降は働くことができないと考えて、契約書を提出し、本件労働条件変更を同意するに至ったと認めるのが相当である。
 しかし、キャディ契約書を提出しなければ働くことができなくなる合理的理由はまったくなく、それを提出しなければ働くことができなくなると理解した点に、在職キャディらには誤信がある(以下、便宜「本件誤信」という。)。
 そして、上記のとおりの被告の説明経過及びキャディ契約書の記載に照らせば、夏川社長、秋山部長、北川支配人においてもまた、在職キャディ原告らが本件誤信のもとにキャディ契約書を提出したことを認識していたと認めるのが相当である。〔中略〕
 オ 以上によれば、在職キャディ原告らの本件労働条件変更同意の意思表示には、本件誤信をしたという動機の錯誤があり、その動機は黙示に表示され、被告もこれを知っていたといえる。
 そして、本件労働条件変更の内容が、在職キャディ原告らの認識においても、期間の定めのない契約から有期契約への変更等という、極めて不利な内容であり、これに対する何らかの見返りあるいは代償措置を伴わないものであったことに照らすと、在職キャディ原告らは、上記錯誤がなければ本件労働条件変更の同意に応じることはなかったといえるから、上記錯誤は、要素の錯誤に当たるということができる。〔中略〕
〔解雇-解雇権の濫用-解雇権の濫用〕
〔退職-合意解約-合意解約〕
 (1) 原告春野の労働契約の終了の有無
 ア 原告春野は、2月9日に木村課長から電話を受けた際、勤務を続けることは難しい旨述べたこと、しかし、林原副部長、北川支配人の両人から重ねて退職届の提出を求められてもこれを拒否し、結局、退職届を提出しないままに、被告から、職を解く旨の辞令を交付されたことは上記1(8)認定のとおりである。そうすると、原告春野は、被告から、上記辞令の交付により、一方的に労働契約を終了する、すなわち、解雇するとの意思表示を受けたというべきである。
 イ 被告は、上記辞令の交付は、2月9日に原告春野が木村課長に対して口頭で退職の意思表示をしたことを受けて行ったものにすぎず、解雇の意思表示には当たらない旨主張する。
 しかし、証人木村自身、2月9日の原告春野の発言について、勤務を辞める、退職する、といった具体的な発言があったわけではなく、子供を預けられなくなるので困るとの勤務を続けることに消極的な発言を、勤務を辞めるという趣旨の発言と受け取った旨証言している(証人木村〔21以下、107以下〕)。また、上記1(8)イ、ウ認定のとおり、原告春野が翌10日には労働基準監督署に被告への対応の仕方について相談をし、4日後の13日には、退職届の提出を明確に拒否していたことに照らせば、そもそも、9日の時点で、原告春野が自主的に退職しようとする意思を有していたということはできない。〔中略〕
 ウ そして、北川支配人自身、2月13日に直接原告春野から退職届の提出を拒否する旨を聞いていたのであるから、遅くとも同日の時点では、原告春野に退職する意思がないことは認識していたといえるところ、上記3(2)ウ(イ)認定のとおり、被告において、キャディ契約書を提出しない従業員については、解雇の意思表示というべき行動をとることを前提としていたことをも考慮すると、被告は、原告春野が退職の意思を有していると窺われたことを捉えたのではなく、キャディ契約書を提出しないことを主たる理由として、原告春野に勤務意思がないと判断し、原告春野を解雇したものと認められる。
 しかし、キャディ契約書を提出しないこと自体が、解雇についての合理的理由に該当しないことは明らかである。
 そして、原告春野に他に何らかの解雇事由があったことは窺われないから、原告春野に対する解雇は、合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないものであることは明らかであり、解雇権の濫用に当たるというべきである。
 したがって、上記解雇は無効であり、原告春野と被告との間の労働契約は継続しているものと認められる。よって、原告春野は、被告に対して、期間の定めのない労働契約上の権利を有するものと認められる。
 (2) 賃金請求の可否
 原告春野は、全体説明を受けるまでの間、育児休業期間満了前の4月には勤務を再開しようと考えていたものの、実際には、同月1日以降被告において勤務を行っていないが、これは、3月末の時点で、被告が、原告春野に職を解く辞令を交付して解雇の意思表示をし、勤務に就くことを拒否したことによるものというべきであるから、被告には、原告春野が4月以降勤務を行わなかったことについて責めに帰すべき事由があり、原告春野は、4月1日以降の勤務について、賃金請求権を失わないものと認められる(民法536条2項)。
 (3) 小括
 以上によれば、原告春野は、被告に対して、旧条件による労働契約に基づき、期間の定めのない労働契約上の権利を有するとともに、民法536条2項に基づき、下記11で認定する、4月1日以降勤務した場合の旧条件を基準とする平均賃金額に相当する金員について、賃金請求権を有するものと認められる。〔中略〕
〔労基法の基本原則-労働条件の対等決定-労働条件の対等決定〕
 (3) 以上によれば、被告は、賃金、雇用期間など、従業員にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす本件労働条件変更について、そのような不利益を従業員に受忍させることを許容し得る高度の必要性に基づいた合理的な理由なくして、本来効力を有しない本件労働条件変更を実施したものといえ、本件労働条件変更の実施は、雇用契約上の義務に違反し、退職キャディ原告らに対する債務不履行に該当するものと認められる。
〔退職-合意解約-合意解約〕
〔配転・出向・転籍・派遣-配転命令権の濫用-配転命令権の濫用〕
 (3) 以上によれば、被告は、保育士原告らに対して、従業員にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼすこととなるキャディ職への移動について、そのような不利益を従業員に受忍させることを許容し得る高度の必要性に基づいて合理的な理由なくして、上記移動を促し、結果として、キャディ職への移動に応じられないことを動機として退職の意思表示をすることを余儀なくさせたというべきであるから、上記被告の行為は、雇用契約上の義務に違反し、保育士原告らに対する債務不履行に該当するものと認められる。