ID番号 | : | 08560 |
事件名 | : | 賃金等請求事件(24180号)、損害賠償請求事件(21505号) |
いわゆる事件名 | : | 武富士(降格・減給等)事件 |
争点 | : | 消費者金融会社検査部長らが受けた降格や減給を無効として未払賃金の支払等を求めた事案及びその反訴(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | 消費者金融業の検査室部長及び検査室従業員ら7名が、不正融資を看過したなどとして降格処分や減給処分を受けたのは不当として、処分の無効及び未払い賃金の支払等を求めた事案とこれへの反訴である。 東京地裁は、〔1〕部長が、支店長の不正貸付け発覚から事情聴取までに4か月ほどかかったことを理由に降格及び減給されたことについて、事情聴取が部長の職務として当初から予定されていたかどうか判然とせず、また、今後の対応は法務部等で行う旨の指示がなされたなどの事情からすると、給与の減額を伴う降格を是認しうる事情になく、降格は無効とした。また、〔2〕架空貸付けを看過したことを理由に、検査室の複数の従業員に対してなされた減給は、債権回収の状況を検査する役割を担う管理担当者らには営業担当の検査について責任を問う余地はなく、仮に営業担当者らに過失による職務上の義務違反があったとしてもその過失は軽微なものにとどまり、検査室長にも職務上の義務違反があったとはいえないとして懲戒を不当とし、請求を認容したが、〔3〕前記〔2〕において降格処分を受けてから2週間後に退職した元従業員らの慰謝料等の請求については否認した。 |
参照法条 | : | 民法415条 民法710条 労働基準法2章 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/職務懈怠・欠勤 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償 |
裁判年月日 | : | 2007年2月26日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成16(ワ)24180、平成17(ワ)21505 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(24180号)、棄却(21505号)(各控訴) |
出典 | : | 労働判例943号63頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-職務懈怠・欠勤〕 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕 1 争点(1)について〔中略〕 このように,I支店長に対する事情聴取を最終的には原告X1が行ってはいるが,この事情聴取を行うことが当初から原告X1の職務として予定されていたかどうかについては判然としないし,今後の対応は法務部等において行う等の指示が原告X1に対してされ,既に顧問弁護士にも依頼がされているなどの事情を踏まえれば,I支店長に対する事情聴取が同年4月30日になったことについて原告X1にそれほど責任があったとは解されないのであって,いかに人事権の行使が被告の裁量行為であるとはいえ,前提事実(2)のような給与の減額を伴う降格を是認し得るような事情はなかったといわざるを得ない。 したがって,原告X1に対してされた本件降格(1)は無効であるから,これによって減額された賃金の支払を求める原告X1の請求は理由がある。 2 争点(2)について (1) 管理担当の原告X2,原告X6,原告X4及び原告X3に職務上の義務違反行為があったか否かについて 被告は,臨店前から臨店のまとめの段階まで,検査業務全体をリードし,統括する責務をキャップが負っていることを前提として,管理担当の原告X2,原告X6,原告X4及び原告X3にはキャップとしての義務違反があったと主張する。 しかしながら,被告主張のような責務をキャップが負う根拠については,被告の主張によっても明確ではない。 しかも,前提事実,証人M及び証人Jの各証言,原告X4及び原告X6の各供述,弁論の全趣旨を総合すれば,営業担当と管理担当は,基本的には,それぞれが責任を持って分担された検査を行うこととされており,相方から相談されればこれに応じることはあるが,それ以外に相方が行う具体的作業に関与することはないこと,検査員2名のうちのいずれをキャップとするかにつては検査室長が決定し,検査実績の勝る方がキャップとされるのが通例とされてはいたが,もともと同じ係長同士であり,キャップであるからといって,相方からの相談もないのに,相方の具体的作業に関与することはないこと,キャップは,検査報告書内の検査不備事項記録書を記載した上で,支店長に対し,該当する契約台帳を示しながら,不備を指摘したり,指導したりするが,この場合も,相方が作成した検査作業書をそのまま書き写し,相方のした指摘に従って不備を指摘したり,指導したりするにすぎず,相方が行った指摘自体を再度ひとつひとつ契約台帳に当たって検証することはないことが認められる。 そうすると,管理担当であった原告X2,原告X6,原告X4及び原告X3が営業担当の行った検査に関与したとの特段の主張,立証がない以上,営業担当が行った検査に関して同原告らの責任を問う余地はないといわざるを得ない。 以上によれば,原告X2,原告X6,原告X4及び原告X3について就業規則第60条(5),第61条(1)及び(8)に該当する行為があったということはできず,原告X2,原告X4及び原告X3に対してされた本件降格(2)及び原告X6に対してされた本件減給は無効であるから,これらによって減額された賃金の支払を求める同原告らの請求は理由がある。 (2) 営業担当の原告X5及び原告X7に職務上の義務違反行為があったか否かについて ア まず,被告は,平成10年4月ころ,新規貸付契約に関しては,契約書類等に何らの不審点がなくとも,一定割合以上に残照を掛けることが申し合わされたと主張するので,この点について検討する。〔中略〕 新規貸付契約に関しては,契約書類等に何らの不審点がなくとも,一定割合以上に残照を掛けることが申し合わされたと認めることはできないといわざるを得ないから,原告X5及び原告X7がそのような義務に違反したということはできない。 イ 次に,被告は,C支店長着任後の伊東支店においては,新規貸付件数が突然増加していたのであるから,検査員としては,通常の場合以上に,幅広く,綿密に残照を掛けることが求められると主張するので,この点について検討する。〔中略〕 新規貸付件数が増加したとしても,契約書類等に何らの不審点がないのに残照を掛ける義務が検査員にあったと認めることはできないから,原告X5及び原告X7がそのような義務に違反したということはできない。 ウ 次に,被告は,第1回ないし第4回検査の際に,ゼロ新率が通常より高く,不自然であると容易に気付いたはずであるから,検査員としては,ゼロ新の契約に対して集中的に残照を掛けることが要求されると主張するので,この点について検討する。 〔中略〕 ゼロ新率が通常より高い場合には,契約書類等に何らの不審点がなくとも残照を掛ける義務が検査員にあったと認めることはできないから,原告X5及び原告X7がそのような義務に違反したということはできない。 エ さらに,被告は,原告X5及び原告X7が抽出した新規貸付契約の契約書類,身分証明書類には,一見して明らかに不正を疑わせる不審点が認められるものが多数含まれていたと主張するので,この点について検討する。〔中略〕 確かに,後になって冷静かつ周到に観察すれば,乙10において被告が指摘するような不審点が客観的に身分証明書類等に存在しており,原告X5及び原告X7がこれらに気付かなかったと認められる余地があるとしても,上記のとおりの当時の臨店の状況,検査室が採用していた検査方針及び検査方法等の事情を斟酌すれば,そもそも原告X5及び原告X7に過失による職務上の義務違反があったと評価するには疑問があるし,仮に過失による職務上の義務違反があったと評価し得るとしても,その過失の程度は軽微なものにとどまり,故意に匹敵するような重大なものであったとは到底いえないと評価するのが相当である。 オ 以上によれば,原告X5及び原告X7について就業規則第60条(5),第61条(1)及び(8)に該当する行為があったということはできず,同原告らに対してされた本件降格(2)は無効であるから,これによって減額された賃金の支払を求める同原告らの請求は理由がある。 (3) 検査室長の原告X1に職務上の義務違反行為があったか否かについて ア まず,被告は,原告X1が,検査報告書のチェックを怠り,新規貸付件数の突然の増加,伊東支店において多数の書類不備・不足が指摘されていた事実,営業担当が新規貸付契約の検査を軽視している事実を看過し,検査担当者に対し,新規貸付契約についての検査内容,残照の有無及び結果を確認し,懈怠があれば改めて検査するよう指導し,あるいは自ら補充検査する義務を怠った旨主張する。 しかしながら,まず,伊東支店における新規貸付件数の増加は,被告において,通常の営業努力により達成できるものではないとか,不正行為の徴表であると受け取られるようなものではなかったことは前記のとおりである。 また,乙4の1ないし4によれば,確かに,伊東支店において多数の書類不備・不足が指摘されていた事実は認められるが,平成11年6月以降支店での規則違反が横行し始め,多くの支店がDランクの評価を受ける実情にあったことは前記のとおりであることを考慮すれば,この程度の事情では,検査室長である原告X1において,改めて検査員から新規貸付契約についての検査内容,残照の有無及び結果を確認したり,検査員に対して再度の検査を指導したり,あるいは自ら補充検査しなければならないような状況にあったとまで認めることはできない。 ところで,当時の検査室においては,新規貸付契約に関しては,契約書類等に何らかの不審点がある場合に残照を掛けるとされていたことや,再貸付契約や追加貸付契約のチェックに力を入れており,これらを新規貸付契約の検査より先に実施するのが通例とされていたことは前記のとおりであるが,乙1239,原告X1の供述によれば,年間80店舗程度の臨店に帯同している監査法人からこのような検査手法について問題点の指摘を受けたことはないというのであるし,もともと被告における臨店は,限られた人的資源と時間という制約の中で行われていることをも考慮すれば,仮にこのような検査方法に何らかの問題点があったとしても,検査室がこのような検査方法を採用していたことは,その当時の状況からしてやむを得なかったといわざるを得ないのであって,この点について原告X1に何らかの責任があると評価することもできない。 そうすると,前記のような被告の主張は採用できない。 イ 次に,被告は,原告X1が,第2回検査において大量の未処理台帳が存在するという報告がされたにもかかわらず,検査報告書のチェックを怠り,検査担当者に対し,未処理台帳についての検査内容,残照の有無及び結果を確認し,懈怠があれば改めて検査するよう指導し,あるいは自ら補充検査する義務を怠った旨主張する。〔中略〕 119件の未処理台帳が存在したという程度の事情では,検査室長である原告X1において,改めて検査員から未処理台帳についての検査内容,残照の有無及び結果を確認したり,検査員に対して再度の検査を指導したり,あるいは自ら補充検査しなければならないような状況にあったとまで認めることはできない。 したがって,前記のような被告の主張は採用できない。 ウ さらに,被告は,原告X1が,月に1回開催される営業幹部会議において,形式的な報告しかせず,伊東支店における不正行為を疑わせる重要な徴表についての報告を一切しなかった旨主張する。 しかしながら,被告の主張によっても,伊東支店に対する4回の臨店によって得られたいかなる情報が営業幹部会議において報告されていれば,被告の損害の拡大を防止し得たといえるのか判然としない。 また,そもそも新規貸付件数やゼロ新率といった数値は,営業部門において容易に把握し得るものであるし,119件の未処理台帳についても,Dが検査したところ本件の架空貸付につながるようなものはなかったというのであるから,そのような事実が報告されたとしても,被告の損害の拡大を防止し得たとは考えられない。 しかも,乙4の1ないし4,乙1243の1によれば,臨店の際に検査員が作成したC又はDランクの改善指示書の内容は,営業部門にも伝えられていたことが認められる。 そうすると,前記のような被告の主張は採用できない。 エ 以上によれば,原告X1について就業規則第60条(5),第61条(1)及び(8)に該当する行為があったということはできず,同原告に対してされた本件降格(2)は無効であるから,これによって減額された賃金の支払を求める同原告の請求は理由がある。 3 争点(3)について 被告は,C支店長の横領行為によって被告が被った損害に関し,原告X2ら6名及び原告X1が損害賠償義務を負うと主張するので,この点について検討する。 (1) まず,原告X2,原告X6,原告X4,原告X3及び原告X1に職務上の義務違反行為があったといえないこと,原告X5及び原告X7に過失による職務上の義務違反があったと評価し得るとしても,その過失の程度は軽微なものにとどまることは前記のとおりである。 (2) また,前提事実(3),原告X1及び弁論の全趣旨によれば,C支店長が伊東支店において行った架空貸付は,新規貸付契約にかかる運転免許証や国民健康保険被保険者証等を大量に偽造するなどして揃え,正規の新規貸付であることを装った上,これら持参書類の写しをきちんと保管し,貸付金に対する返済を怠りなく行うことによって架空貸付が発覚することを防止しようとしたばかりか,伊東支店の社員のほとんどがこの架空貸付に気付いていながら,C支店長の指示に従って事務処理を手伝うという態様でされていたのであって,もともと発覚が容易であったとは言い難い。 (3) そして,平成11年6月以降,E営業統轄本部長の方針によって,高い営業目標を掲げられ,業績を伸ばすよう様々な指導が支店長等に対して行われ,貸付基準も緩和されたこと,このため,支店での規則違反が横行し始めたことは前記のとおりであり,甲17,乙1224によれば,C支店長自身も,被告におけるノルマが非常に厳しく,支店及び自らの成績を向上させるために架空貸付に及んだと述べていることが認められる。 このような事情からすれば,C支店長による架空貸付の背景には,利益の追求を極端に求めた被告の経営姿勢が存在したことも明らかである。 (4) さらに,被告においては,不正行為を未然に防ぎ,あるいは早期に発見するための制度として,営業統轄本部を頂点とした営業部門の上長による検査という制度が設けられていることは前提事実(4),イのとおりであるし,検査室による検査結果は営業部門にも伝えられていたことは前記のとおりであるが,この営業統轄本部を頂点とした営業部門の上長による検査においても,C支店長の架空貸付の事実を把握することはできなかったし,証人Mの証言によれば,伊東支店が行っている営業活動等に何らかの疑問を抱くなどして,営業部門が伊東支店の検査を検査室に対して依頼したこともなかったことが認められる。 もっとも,この点に関しては,証人Mは,営業部門による業務監査は,営業指導を主たる目的としており,いかに営業成績を上げるかというところに主眼がある旨証言しているが,検査室による検査結果が営業部門にも報告されているということは,それらの成果を営業部門が行う業務監査に活用することが求められていると解されるし,営業部門もまた,不正行為の防止という観点から支店の業務内容をチェックし,指導する権限を有しており,証人Jの証言によれば,業務監査の際には契約台帳もチェックするというのであるから,営業部門による業務監査も有効に機能しなかったという事実を軽視することはできない。 (5) 以上のような事情を総合考慮すれば,原告X2,原告X6,原告X4,原告X3及び原告X1に対してはもちろん,原告X5及び原告X7に対しても,C支店長の横領行為によって被告が被った損害についての賠償責任を負担させるのは相当でないというべきである。 したがって,C支店長の横領行為によって被告が被った損害の賠償を求める被告の請求は理由がない。 4 争点(4)について〔中略〕 原告X2ら6名及び原告X1は,違法な本件降格(1),(2)及び本件減給による慰謝料についても請求しているところ,本件降格(1),(2)及び本件減給が無効であることは前記のとおりであるが,これに伴って生じた賃金差額分の請求を認容するのみでは賄いきれないほどの精神的苦痛が生じたと認めるに足る証拠もない。 したがって,違法な本件降格(1),(2)及び本件減給による慰謝料の支払を求める同原告らの請求も,いずれも理由がない。〔中略〕 そうすると,この段階で,原告X8が,自らが犯罪行為に加担させられるかもしれないと強い精神的苦痛を被ったと認めるにはなお疑問が残るといわざるを得ない。 ウ したがって,<1>違法な退職強要により本来であれば継続勤務して得られたはずの1年分の賃金,<2>本来は会社都合であるのに自己都合として減額された退職金差額,<3>慰謝料の支払を求める原告X8の請求は,いずれも理由がない。 |