ID番号 | : | 08568 |
事件名 | : | 賃金等請求控訴(1001号)、同附帯控訴等(1799号、493号)、民訴法260条2項による原状回復請求事件(1126号) |
いわゆる事件名 | : | オリエンタルモーター(賃金減額)事件 |
争点 | : | 精密機械製造会社が行った大幅な賃金減額を伴う業務換えを不当として差分賃金等を求めた事案(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | 精密機械製造会社に勤務する従業員(組合執行委員)が、病気を理由とする大幅な賃金減額を伴う業務換えは公序良俗に違反するとして、賃金の差分及び慰謝料を求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、不法行為を認め、会社に差額賃金と慰謝料の支払を命じた。これに対し第二審東京高裁は、〔1〕業務換えとこれに伴う労働条件の変更には合意の成立が認められるものの、〔2〕業務換えに当たっては、従業員の経歴・業務内容を踏まえたうえで疾病による障害の程度に考慮し、賃金についても大幅な減額とならないよう配慮すべきところ、〔3〕これまでの職歴、業績、昇給の経過など経緯を一切無視し、他の代替業務を検討すべき努力を怠ったものといえ、〔4〕さらに、労働組合を嫌悪して不利益に扱おうとする動機が窺われることから、合意は公序良俗に反し無効として、減額前賃金請求権及び組合員不利益取扱と不当労働行為、人格権侵害による不法行為を認め、一審判決を維持した。 |
参照法条 | : | 労働基準法 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償 |
裁判年月日 | : | 2007年4月26日 |
裁判所名 | : | 東京高 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成18(ネ)1001、平成18(ネ)1799、平成19(ネ)493、平成19(ネ)1126 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部却下、一部棄却(1001号)、棄却(1799号、493号)、棄却(1126号)(上告(1126号)) |
出典 | : | 労働判例940号33頁 |
審級関係 | : | 一審/東京地/平18. 1.20/平成16年(ワ)10759号 |
評釈論文 | : | 富永晃一・ジュリスト1362号140~143頁2008年9月1日 |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕 本件業務換え及び本件賃金減額の合意は,病気のため従前どおりの仕事ができなくなった第1審原告を,仕事を失うかもしれないという不安な状態に追い込み,一家の生計を支えるためにはとりあえず第1審被告の提案を入れて就業するほかないと思わせ,本件乙1書面に署名させたものと認めるほかなく,また,第1審原告に従前の経緯を一切無視した業務換え及び賃金減額を提示し,これを受け入れざるを得ない立場に追い込んだ第1審被告の対応には,支部組合員を嫌悪して,組合員を不利益に扱おうとする動機があることがうかがわれるのであって,上記合意は公序良俗に違反するものとして無効であるといわざるを得ない。 4 争点(4)(労務の提供の有無と第1審被告の受領拒絶)について 第1審原告は右眼の病気のため第1審原告が従前就業していた労務の提供が十全にできない状態になったものであるが,〔中略〕土浦事業所には第1審原告において労務を提供することができる代替業務が存在し,実際にも第1審原告を上記代替業務に就労させることは可能であったものであり,第1審原告は,上司に対し自らが就労可能な代わりの業務に就かせて欲しい旨繰り返し要望を出していたのであるから,これにより第1審被告に対し債務の本旨に従った履行の提供があったものと認めるのが相当である。 しかるに,A次長は,平成15年2月27日,第1審原告が従来の業務を継続することができないことはやむを得ないこととして了解した上,第1審原告に対し,歯切り加工のラインに入らないよう命じ,休憩用ベンチに座っているよう話したものである。その後の対応をみても,Bリーダーは,第1審原告が作業場の掃除をしようとしただけでこれを厳しく止めている。したがって,第1審被告は,上記2月27日に,第1審原告の歯切り加工のラインにおける労務の一切を今後は受領しない意思を明らかにしたものであり,また,第1審被告が,第1審原告が就労可能な他の適切な代替業務を提案することなく,第1審原告を清掃業務に就労させたまま放置していることは既に認定したとおりである。 第1審被告のその意志・態度は今日まで改められていないから,その後の第1審原告による現実の労務の提供を論ずるまでもなく,第1審被告は第1審原告の歯切り加工のライン等における就労を拒絶しているものとして,第1審原告は,本件賃金減額前の賃金等を請求する権利を有するというべきである。 5 第1審原告の賃金の差額の請求について 第1審原告の本件賃金減額前の賃金は,基本給29万6450円,住宅手当と家族手当を合わせて月額合計31万7450円であったところ,その後の第1審被告とJMIU支部との昇級及び賞与等に関する協定に従うと,平成15年5月以降に第1審原告が本来得べかりし賃金等は,別表・賃金差額一覧表の「当月の支給されるべき金額」欄記載のとおりとなる。第1審被告により実際に支給された同月以降の賃金は同表の「当月の実支給額」欄記載のとおりであるから,その差額は,同表の「差額(請求金額)」欄記載のとおりとなる。そして,第1審被告の給与支給日は当月25日であるから,これらの差額については,別紙遅延損害金一覧表の起算日欄記載の各年月日から遅延損害金が生ずる。 また,平成19年3月以降も,第1審原告が第1審被告から受け取り,又は受け取るであろう賃金について,同様に差額が生じることになるが,予想される賃金の差額13万7699円を第1審原告は本判決確定の日まで請求しうるとするのが相当である。 しかしながら,第1の(第1審原告)1の(2)の将来請求のうち,本判決確定後の賃金の差額については,第1審被告が本判決確定後もなお当該差額を支払わないと認めるに足りるだけの証拠はないから,あらかじめ請求をする必要がある場合に該当しないといわざるを得ない。したがって,上記部分の訴えは却下するのが相当である。 6 争点(5)(第1審原告の慰謝料請求の可否及び慰謝料額)について 1及び3で認定,判断したとおり,第1審原告は,平成14年12月6日に右眼の病気で業務の変更を申し出た後,平成15年2月27日に歯切り加工のラインから外された上で,休憩用ベンチにただ座っているよう指示され,1か月間にわたり具体的な仕事を与えられず,心理的に追い込まれていき,その結果,最終的には,それまでの技能・経験とはおよそかけ離れた清掃業務に従前の半額に近い賃金額で従事するとの合意を余儀なくされたものである。このような第1審被告の対応には,第1審原告を含む支部組合員を嫌悪し,これを不利益に扱おうとする動機があることがうかがわれ,また,本件業務換え等の合意に至る経緯の中で,第1審原告の上司らが人事権者側としての優越的立場に立って第1審原告に対しいやがらせともいうべき言動を行い,上記合意を余儀なくするよう精神的に追いつめていったことは既に認定したとおりである。 上記によれば,本件業務換え及び本件賃金減額の合意に至るまでの期間,第1審原告は,仕事が与えられないことや将来の就労や生活に対する不安のほか,上司によるいやがらせともいうべき言動により精神的苦痛を被ったと認めることができ,また,上記合意により,従来の知識,経験及び技能を生かすことのできない清掃業務に就くことを余儀なくされ,経済的な困窮を来たし,長女に留学を途中であきらめさせざるを得なくなる(〈証拠略〉)などの事態が生じ,これらのことによっても,精神的苦痛を被ったと認めることができる。 このような第1審被告の対応は,第1審原告に対する関係で,組合員の不利益取扱いの不当労働行為及び第1審原告の人格権侵害の不法行為を構成するというべきであり,第1審被告は第1審原告の被った精神的苦痛に対する慰謝料を支払うべき義務を負う。そして,本件に現れたすべての事情を考慮すると,慰謝料の額は150万円とするのが相当である。 なお,本件業務換え及び本件賃金減額の合意は3で判断したとおり無効であるが,そのことによって,第1審被告が第1審原告を清掃業務に就かせていること及び低額な賃金を支払っていること自体が継続的な不法行為を構成するとまでは認めることができない。したがって,第1審原告の主張に継続的な不法行為をいう部分があるとすれば,その部分は失当である。 |