ID番号 | : | 08574 |
事件名 | : | 遺族補償給付及び葬祭料不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 国・大阪西労基署長(NTT西日本大阪支店)事件 |
争点 | : | 電信電話会社の過誤納返還業務担当者のうつ病自殺につき遺族補償等不支給の取消しを求めた事案(労働者敗訴) |
事案概要 | : | 電信電話会社で過誤納返還業務等に従事していた労働者のうつ病による自殺につき、母親が遺族補償給付等を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 大阪地裁は、〔1〕精神障害による自殺が労災保険法にいう業務上の死亡に当たるためには、精神障害を発症した結果、正常な認識・行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害された状態で自殺が行われたことが必要であり、〔2〕業務と精神障害の発症との相当因果関係については、業務による心理的負荷が、社会通念上客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であるといえる場合に、業務に内在ないし随伴する危険が現実化したものとして相当因果関係を肯定するのが相当であり、その判断に当たっては、平均的な労働者を基準とすべきであるとした。その上で本件では、労働者の担当していた業務の心理的負荷は、その経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて精神障害を発症させるほどに過重であったとはいえず、他方、労働者がストレスに対する明らかな脆弱性を有していたことからすれば、うつ病の発症は労働者の個体的要因によるものと解され、労働者の自殺との間に相当因果関係は認められないとして、不支給処分を適法とした。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法12条の8第2項 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付) |
裁判年月日 | : | 2007年5月23日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成17行(ウ)51 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例950号44頁 労経速報1979号18頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕 太郎の担当する業務は、平成12年6月ないし7月ころ、顧客と直接対応しない計算業務から過誤納返還業務に変わり、さらに平成12年12月18日に第三審査担当へ転勤したことが認められる。 しかし、太郎がうつ病エピソードを発症したのは平成13年1月ころであるが、原告が主張する業務の変化は、それより6か月近く前のことである。しかも、太郎は長く料金業務に従事しており、過誤納返還業務も料金業務の範疇に入り、過誤納返還業務自体についても、太郎は、平成5年に約半年間担当した後、平成12年6月ないし7月ころからこれを担当して経験を積んでおり、仕事もよく知っていた(〈証拠略〉)ことが認められる。 なお、勤務先で組織変更があり、平成12年12月18日、異動があり、太郎の所属と勤務場所が変わったが、担当職務の内容は同じであり、同僚の顔ぶれは大きくは変わっていないことが認められる(〈証拠略〉)。 そうすると、これらの変化や異動による心理的負荷があったとしても、社会通念上、客観的に、太郎の精神障害を発症させる程度に過重であったとは解されない。〔中略〕 以上の事情を総合勘案すると、本件自殺当時、太郎の所属していた過誤納返還業務部門における業務は、顧客との対応でストレスの発生しやすいものであったことが窺われるものの、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた過誤納返還業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解されない。〔中略〕 L及びPは、太郎と担当業務が異なっているのであって、太郎の業務内容や量の変化を的確に把握していたか疑問が残ること、太郎の過誤納返還業務の量は、第三審査担当へ異動する前よりも増加しているものの、他方で、誤請求処理等の業務がなくなっており、かつ、コンピュータシステムの接続により業務の効率化が図られていることに鑑みると、太郎の業務量が単純に増加したと認め難い上、過誤納返還業務は「今日明日何とかしなければ、というものではない」性質のものであって(〈証拠略〉)、太郎と同じ業務を担当していた同僚(〈証拠略〉)も、原告が主張するような負担があるとは供述していないこと、太郎の担当件数が他の者よりも多いということはなく、太郎が他の者と比べて事務を滞らせてその業務の遅れが内部で問題視されたことはなかったこと(証人P)、〔中略〕太郎の残業時間自体が少なく、同僚に比べても残業時間が少ないこと、他部署から応援が来ていても早期に帰宅していたこと、太郎は、役職のない一般職員に過ぎず、責任のある立場にないこと、同じ業務をしていた同僚で、何らかの精神障害を発症した者も窺われないこと(〈証拠略〉)、その他、太郎には転居や単身赴任といった事情のないことに鑑みると、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた過誤納返還業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解されない。〔中略〕 上述したことに加え、平成12年12月18日当時、当初は引越しやコンピュータシステムの接続、支店毎の処理方法等の違いがある等により業務が停滞気味となったことが窺われるものの、太郎の転勤月及び翌月の時間外労働時間は、いずれも10時間以下であり、かつ、休日出勤はないこと、太郎が転勤した後、その死亡までの間の所定時間外労働(休日労働を除く。)は、月合計5時間から19時間30分であり(平成13年3月のみ19時間30分であり、他は5時間から10時間の範囲内である。)、1日あたりの所定時間外労働時間は、最長でも2時間(午後7時20分まで)であり、法定労働時間(1日8時間、週40時間)でみると、太郎の法定時間外労働時間は、月あたり0時間ないし10時間以下にとどまること、上司や他部門からの応援もあったこと、太郎が第三審査へ異動する前後で特に変わった様子は上司や同僚に認められていないこと(〈証拠略〉)、証拠(〈証拠略〉)中に平成12年12月18日の異動後[仕事が忙しくなり眠れなくなった」旨記載されているが、その後「何とかこなせている」旨を受診した際に述べていること、太郎は、平成5年ころから不眠を訴えて治療を受け続けていたことを総合勘案すると、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解されない。〔中略〕 コンピュータシステムの接続によって、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったとまでは解されない。〔中略〕 しかし、マイラインのノルマが厳しくいわれるようになったのは、太郎の死亡後のこと(そのピークは平成13年の8月ないし9月ころである。)であり、それ以前は、ノルマが達成されなくとも特段の罰則等はなかったのであるから、かかるノルマが業務内容となっていたからといって、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったとまでは解されない。〔中略〕 前記のとおり、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、太郎の担当していた業務の心理的負荷が社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったとまでは解することはできず、また、業務外に精神障害を発症させる要因も特に窺われないところである。〔中略〕 (3) まとめ 以上によれば、太郎の業務による心理的負荷は、経験、業務内容、労働時間、職場の協力態勢からみて、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であるとまでは解することはできず、その発症は、太郎の個体側要因によるものと解されるので、太郎の業務と同人の発症及びこれに基づく本件自殺との相当因果関係は認められない。 したがって、本件自殺に業務起因性を認めなかった本件処分は適法である。 |