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ID番号 : 08585
事件名 : 損害填補金請求事件
いわゆる事件名 : 労災障害年金事件
争点 : 通勤途中の交通事故被害者が自賠法に基づき損害てん補を国に求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 通勤途中の事故で重度の後遺障害を負った被害者が、加害車両運転者が逃走して不明であることから、自賠法に基づき損害のてん補を国に請求し、これに対し国が将来の障害年金給付の控除を主張した事案である。 東京地裁は、〔1〕損害算定の方法について、自賠法及び同法施行令が具体的な損害算定基準についてなんら規定していないことは、てん補基準及び実施要領に裁判所に対する法的拘束力を有しないと解され、したがって、裁判所は損害額につき相当と認める範囲で算定できるとし、〔2〕将来の労災障害年金給付の控除の可否については、保障事業の最終性に鑑み、障害年金のうち、既に支給を受けたもの及び支給を受けることが確定したものについては、現実に損害がてん補された場合と同視することができ、これを保障事業によるてん補の額を算定するに当たって控除すべきだが、未だ支給を受けることが確定していないものについてまで控除する必要はないとして、被害者の請求を認めた。
参照法条 : 自動車損害賠償保障法72条1項
自動車損害賠償保障法73条
労働者災害補償保険法12条の4第2項
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/通勤途上その他の事由
労災補償・労災保険/損害賠償等との関係/自賠法上の損害填補金請求との関係
裁判年月日 : 2007年7月26日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)22203
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 時報1989号69頁
タイムズ1251号103頁
交通事故民事裁判例集40巻4号944頁
審級関係 : 控訴審/08639/東京高/平20. 4.16/平成19年(ネ)4389号
評釈論文 : 信澤久美子・判例評論595(判例時報2008)176~179頁2008年9月1日 高崎亨・損害保険研究70巻2号143~154頁2008年8月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-自賠法上の損害填補金請求との関係〕
 1 争点1(原告の後遺障害による損害)について   (1) 損害算定の方法について  まず,被告は,原告の後遺障害による損害の算定につき,てん補基準及び実施要領に従って算定している。しかし,自賠法72条1項に基づくてん補請求に対する政府のてん補決定は,行政庁の内部手続にすぎず,自賠法及び同法施行令において,具体的な損害算定基準につき何ら規定していないことに照らせば,てん補基準及び実施要領は,裁判所に対する法的拘束力を有するものではないと解すべきである。したがって,裁判所は,原告の損害額につき,相当と認める範囲で算定することができる。〔中略〕  2 争点2(将来の労災障害年金給付の控除の可否)について   (1) 自賠法73条1項は,被害者が,労災保険法等に基づいて同法72条1項の規定による損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には,政府は,その給付に相当する金額の限度において,同項の規定による損害のてん補をしない旨を規定するところ,同項は,保障事業による損害のてん補と労災保険給付等の他法令給付との関係を調整するために設けられた規定である。  ところで,そもそも自賠法が政府に保障事業を行わせることにしたのは,同法1条に掲げる目的及び同法第4章の規定の趣旨を総合してみると,自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済(以下「自賠責保険」という。)の制度によっては,自動車の保有者が明らかでない場合や保有者が自賠責保険に加入していない場合等における被害者を救済することができないので,等しく交通事故の被害者でありながら自賠責保険によっては全く救済を受けることができない者が生じるのは適当ではないとして,社会保障政策上の見地から特に,とりあえず政府において,被害者に対し損害賠償義務者に代わり損害のてん補をすることによって,前記のような場合における被害者を救済するためであったと考えられる。このような保障事業の目的に照らすと,保障事業による救済は,他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に対し,限度額の範囲内で最終的な救済を与える趣旨のものであると解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和54年12月4日判決・民集33巻7号723頁参照)。同法73条1項は,かかる保障事業の最終性にかんがみ,交通事故の被害者が他の社会保険給付によって救済される場合には,その限度において,被害者に対する保障事業による損害のてん補を行わないこととした規定であると解される。  また,被害者が交通事故によって損害を被ると同時に,同一の交通事故によって利益を受ける場合には,損害と利益との間に同質性がある限り,公平の見地から,その利益の額を被害者が加害者に対して賠償を求める損害額から控除することによって,損益相殺的な調整を図る必要があるところ,被害者が,同一の交通事故を原因として,複数の制度により利益となるべき複数の給付を受ける場合にも,同一の事由による損害の二重てん補を避けるべく,損益相殺的な調整を行う必要がある。そして,自賠法73条1項にいう「損害」は,同法72条1項の「損害」を意味するものであることが条文上明らかであり,かつ,同法72条1項の規定により政府が被害者に対しててん補することとされる「損害」は,同法3条により運行供用者が賠償責任を負うこととされる「損害」をいうものであること(最高裁判所第一小法廷平成17年6月2日判決・民集59巻5号901頁)も踏まえると,同法73条1項が,保障事業による損害のてん補と他法令給付との関係について規定したのは,前記のような損害の二重てん補を避けるために損益相殺的な調整を行う必要があることを考慮したものと考えられる。   (2) 前記(1)のとおり,保障事業の目的が,政府が損害賠償義務者に代わって損害のてん補をすることにより被害者を救済することにあること,また,自賠法73条1項は,損害の二重てん補を避けることを考慮した損益相殺的な見地からの調整規定であることからすると,このような調整は,他法令給付によって,被害者に生じた損害が現実にてん補されたということができる範囲に限られるべきである。そして,被害者が,同一の交通事故によって他法令給付を受ける権利を取得したとしても,その履行ないし存続について不確実性を伴うものである場合には,当該給付を受け得る立場にあるということだけでは,損害が現実にてん補されたということはできず,保障事業によるてん補を行わないことは,原則として許されないものといわなければならない。  したがって,被害者が他法令給付を受ける場合につき,同条項所定の調整を行うことが許されるのは,現実に当該給付がされた場合又はこれと同視し得る程度に当該給付が確実であるということができる場合,すなわち,支給を受けることが確定したものに限られるものというべきである。そして,他法令給付を受けられない場合には当然に保障事業によるてん補をすべきこととなることからすれば,前記のように解したとしても,将来にわたり当該給付を受けることについて不確実性を伴うものである以上,前述の保障事業の最終性に反するものとはいえないものというべきである。  現に,本件においては,前記のとおり,原告が2回にわたり傷病を再発し,その都度,障害年金の受給権が消滅している(別紙年金受領額整理表のとおり,障害年金の受給権が消滅している間,原告は,ほぼ同額の傷病年金の支給を受けているが,そもそも傷病年金は,原告の後遺障害に係る保障事業のてん補の額を決定するに当たり,控除することができない給付である。)ことからすると,障害年金の存続については不確実性を伴うものといわざるを得ない。したがって,障害年金のうち,既に支給を受けたもの及び支給を受けることが確定したものについては,現実に損害がてん補された場合と同視することができ,これを保障事業によるてん補の額を算定するに当たり控除すべきであるが,未だ支給を受けることが確定していない障害年金の額についてまで,控除することは要しないと解するのが相当である。