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ID番号 : 08590
事件名 : 時間外勤務手当等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 杉本商事事件
争点 : 精密測定機器等の販売・輸出入会社の退職者が退職前の未払時間外勤務手当等を求めた事案(原告一部勝訴)
事案概要 : 精密測定機器等の販売及び輸出入を業とする会社の退職者が、退職前の未払い時間外勤務手当、本来受けるべき退職金額と支払われた退職金との差額金、不法行為に基づく損害賠償・慰謝料等を求めた控訴審である。 第一審広島地裁は、時間外手当の請求全部と付加金のうち半額について認容したが、その他は棄却したため、退職者が控訴。これに対して第二審広島高裁は、〔1〕まず時間外勤務について、会社の管理者は時間外勤務を黙示的に命令していたと認め(会社からの時効の主張は認めなかった)、〔2〕付加金については、会社の支払によって義務違反状態が消滅した後においては裁判所は付加金支払を命ずることはできないとし、〔3〕退職金の差額金請求については、時間外勤務手当の不支給と退職には因果関係はないとして認めなかった。そして、〔4〕不法行為に基づく損害賠償・慰謝料の請求について、精神的損害等に対する慰謝料は認めなかったものの、未払時間外勤務手当相当金については、会社及び会社の管理者による労基法上の義務違反という不法行為を原因として会社に請求することができ、また、会社の消滅時効援用の主張も失当であるとして〔1〕の割増賃金相当分の支払を命じた。
参照法条 : 労働基準法37条
労働基準法115条
民法709条
民法715条
体系項目 : 労働時間(民事)/時間外・休日労働/時間外・休日労働の義務
労働時間(民事)/時間外・休日労働/時間外労働、保障協定・規定
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償
賃金(民事)/割増賃金/支払い義務
裁判年月日 : 2007年9月4日
裁判所名 : 広島高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)172
裁判結果 : 一部変更、一部控訴棄却(確定)
出典 : 時報2004号151頁
タイムズ1259号262頁
労働判例952号33頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働時間(民事)-時間外・休日労働-時間外・休日労働の義務〕
〔労働時間(民事)-時間外・休日労働-時間外労働、保障協定・規定〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償〕
〔賃金(民事)-割増賃金-支払い義務〕
(3) 時間外勤務手当の不払と不法行為  被控訴人の広島営業所においては、平成16年11月21日までは出勤簿に出退勤時刻が全く記載されておらず、管理者において従業員の時間外勤務時間を把握する方法はなかったが、時間外勤務は事実としては存在し、控訴人の時間外勤務時間は1日当たり平均約3時間30分に及ぶものであった。先に認定した同営業所の業務実態からすると、同営業所の管理者は、控訴人に対し、時間外勤務を黙示的に命令していたものということができる。同営業所の管理者は、控訴人を含む部下職員の勤務時間を把握し、時間外勤務については労働基準法所定の割増賃金請求手続を行わせるべき義務に違反したと認められる。控訴人の勤務形態が変則的であるため、管理者において控訴人の勤務時間を確認することが困難であったとか、控訴人が業務とはいえない私的な居残りをしばしば行っていたといった事情は認められない。また、被控訴人代表者においても、広島営業所に所属する従業員の出退勤時刻を把握する手段を整備して時間外勤務の有無を現場管理者が確認できるようにするとともに、時間外勤務がある場合には、その請求が円滑に行われるような制度を整えるべき義務を怠ったと評することができる。広島営業所の管理者及び被控訴人代表者の上記の義務違反が職務上のものであることは明らかである。したがって、控訴人は、不法行為を理由として平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間における未払時間外勤務手当相当分を不法行為を原因として被控訴人に請求することができるというべきである。  被控訴人は、前記(2)認定の時間外勤務手当については、仮に存在しても、本件提訴が平成18年7月14日であることからすれば、労働基準法115条によって2年の消滅時効が完成している旨の主張をする。しかしながら、本件は、不法行為に基づく損害賠償請求であって、その成立要件、時効消滅期間も異なるから、その主張は失当である。 (4) 控訴人は、以上のほかに、〈1〉被控訴人は、時間外勤務手当を支給しない時間外勤務を長期間させ続け、しかも、この違反行為を是正しようせず、控訴人は、これにより日々大きな精神的苦痛を受けた、〈2〉被控訴人の時間外勤務手当を支給しないという不法行為には耐えられないと考えて退職を決意し、被控訴人を退職したが、被控訴人の前記不法行為がなければ、控訴人には退職の必要はなかった、〈3〉仮に、前記因果関係が認められないとしても、被控訴人の前記不法行為は、控訴人の退職の決意に多大な原因を与え、控訴人に大きな精神的苦痛を与えた旨の主張をし、これらについて合計金200万円の慰謝料を請求する。  しかしながら、前記〈1〉に関しては、財産的損害については、通常それが回復されれば更にそれ以上の損害はないと考えられるところ、本件において特段の事情は認められないから、本件慰謝料請求は認めることができない。また、前記〈2〉及び〈3〉については、前述したとおり、控訴人の退職の主な原因が被控訴人による時間外勤務手当の不支給にあったとは認め難いから、慰謝料請求は認めることができない。 (5) 以上によれば 控訴人は、被控訴人の広島営業所責任者において平成15年7月15日から平成16年7月14日までの間、黙示的に時間外勤務を命じながら法定の時間外勤務手当を支払わなかったこと等の不法行為により少なくとも控訴人が請求している金219万9129円の損害を被ったと認めることができる。また、被控訴人の広島営業所管理者等の上記不法行為と相当因果関係ある損害として被控訴人に負担させるべき弁護士費用は、本件事案の内容、認容額等を考慮し、金25万円と認める。