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ID番号 : 08596
事件名 : 競業避止等請求事件
いわゆる事件名 : Aリサイクル会社事件
争点 : リサイクル会社が、競業避止義務に違反したとして退職者を相手取り競業禁止等を求めた事案(会社敗訴)
事案概要 : 歯科用合金スクラップ、電子材料等の買取り、貴金属の回収・リサイクルを目的とする会社が、在職中、歯科医院や技工所等から排出される歯科用合金スクラップの買取業務に従事し、退職後個人で歯科医院等から歯科用合金スクラップの買取りを始めた退職者に対し、退職後3年以内は競業しない旨の誓約書及び就業規則の競業避止条項に基づき業務の差止め及び損害賠償を求めた事案である。 福岡地裁は、競業行為をしない旨の入社時の特約や就業規則は、同人の生存や職業選択や営業の自由を侵害することになるから、競業避止条項を設ける合理的事情がない限りは、職業選択や営業の自由に対する侵害として公序良俗に反するというべきであるが、在職中に知りえた知識等が秘密性が高い場合には、退職後一定期間競業避止を認めることは合理性を有する場合もあるとした上で、本件事案では顧客情報等の秘密性に乏しく、生存権、職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が大きい一方、代替措置もないことなどから、公序良俗に反し無効と、請求を棄却した。
参照法条 : 日本国憲法22条1項
日本国憲法25条1項
民法90条
労働基準法2章
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/退職後の地位
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/競業避止義務
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
裁判年月日 : 2007年10月5日
裁判所名 : 福岡地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)2157
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : タイムズ1269号197頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-退職後の地位〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
 2 本件誓約書及び就業規則19条4項は、公序良俗違反か(争点(2))。   (1)ア およそ、退職後一定期間は使用者である会社と競業行為をしない旨の入社時における特約や就業規則の効力は、一般に経済的弱者の立場にある従業員の生計の方法を閉ざし、その生存を脅かすおそれがあるとともに、職業選択や営業の自由を侵害することになるから、上記特約や就業規則において競業避止条項を設ける合理的事情がない限りは、職業選択や営業の自由に対する侵害として、公序良俗に反し、無効となるというべきである。  したがって、従業員が、雇用期間中、種々の経験により、多くの知識・技能を取得することがあるが、取得した知識や技能(以下「知識等」という。)が、従業員が自ら又は他の使用者のもとで取得できるような一般的なものにとどまる場合には、退職後、それを活用して営業等することは許される。  イ(ア) しかしながら、当該従業員が会社内で取得した知識が秘密性が高く、従業員の技能の取得のために会社が開発した特別なノウハウ等を用いた教育等がなされた場合などは、当該知識等は一般的なものとはいえないのであって、このような秘密性を有する知識等を会社が保持する利益は保護されるべきものであり、これを実質的に担保するために、従業員に対し、退職後一定期間、競業避止を認めることは、合理性を有している。  会社との間で取引関係のあった顧客を従業員に奪われることを防止するということのみでは、上記アに照らし、競業避止条項に合理性を付与する理由に乏しい。顧客を奪われることを主として問題とする場合でも、会社が保有していた顧客に関する情報の秘密性の程度、会社側において顧客との取引の開始又は維持のために出捐(金銭的負担等)した内容等の要素を慎重に検討して、原告に競業避止条項を設ける利益があるのか確定する必要がある。  (イ) また、当該従業員が、会社において一定の重要な役職に就いている等、他の従業員等に対し多大の影響力のある場合には、会社にとって、退職した者に対し競業避止を求める必要性が大きいといえる。  (ウ) さらに、競業制限の程度(範囲、期間等)によっては、従業員の生存権や職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が小さく、実質的に見て、これらに影響を与えない場合もありうる。  (エ) そして、会社側が従業員に対し十分な代償措置を図っている等の事情があれば、従業員の利益は一定程度図られることになる。  (オ) 上記(ア)ないし(エ)等の事情の存否を検討し、会社と従業員との利益を総合的に考量した結果、競業避止条項を設ける合理的事情が認められる場合、同条項が、公序良俗に反しないものとして、有効となることもありうるというべきである。たとえば、従業員に対し競業避止を求める会社の利益が小さいとしても、会社が従業員に対し十分な代償措置を講ずることによって、従業員の生存権、職業選択の自由、営業の自由が実質的に保護されれば、競業避止条項が公序良俗に反しない場合もありうる。  そこで、これらの事情の存否等について、以下検討する。〔中略〕   (4) 総合評価  原告が競業避止条項を設けた目的は、原告の主張によれば、被告によって原告の顧客を奪われることを防止することにあるところ、上記(2)、(3)の事情に照らすと、顧客情報等の秘密性に乏しく、原告が被告に対し競業避止を求める利益は小さいと言わざるをえない。他方、競業避止の対象となる取引の範囲(種類、地域)は広範で、期間も長期に及び、競業避止条項により、被告の生存権、職業選択の自由、営業の自由に対する侵害の程度が大きいことが認められる。  そして、被告は、原告において役職等を有しておらず、退職後、原告従業員に対し強い影響力を有する地位等にあったとはいえない。また、原告が被告に対し競業避止に関する代替措置を講じた事実は認められない。  以上のほか、一件記録から認められる諸般の事情(原告は、南田所長と被告間でなされたとされる「競業をしない。」との約束も問題にする。)を総合考慮しても、競業避止条項を設ける合理的事情は認められず、本件誓約書合意及び就業規則19条4項における競業避止条項は、公序良俗に違反し、無効である。