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ID番号 : 08598
事件名 : 遺族補償給付等及び葬祭料不支給処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : さいたま労基署長(日研化学)事件
争点 : 工場の品質管理係長のうつ病罹患・自殺につき、妻が遺族補償不支給処分の取消しを求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 医薬品等製造・販売会社の品質管理係長のうつ病罹患とその後の自殺には業務起因性があるとして、妻が求めた遺族補償給付申請に対し不支給とした労働基準監督署長の処分の取消しを求めた控訴審である。 第一審さいたま地裁は、当該自殺が、品質管理業務において現場のトラブルに適切な対応ができず周囲や部下から文句が出て、馬鹿にされたこと、規格書改訂作業が思うように進まなかったこと等が心理的負荷となったといえるとして相当因果関係を肯定し、業務起因性を認めて不支給処分を取り消した。これに対し第二審東京高裁は、うつ病発症について、その業務が危険であったかどうかは当該労働者を基準とするのでなく、あくまでも平均的な労働者を基準にすべきとした上で、係長の業務が心理的な負荷を伴うものであったとはいえず、むしろ株取引の失敗がうつ病発症の決定的要因であったとみるべきとし、また、うつ病の悪化についても、規格書改訂作業やトラブル処理への対応等が寄与していたとは認められないとして業務起因性を否定し、一審判決を取り消した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法12条の2の2
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2007年10月11日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19行(コ)13
裁判結果 : 認容(原判決取消し)(上告)
出典 : 労働判例959号114頁
審級関係 : 一審/08527/さいたま地/平18.11.29/平成15年(行ウ)37号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
1 当裁判所は、原審とは異なり、本件うつ病の発症とそれによる自殺には業務起因性が認められず、本件不支給決定は相当であると判断する。〔中略〕 当該業務が危険か否かの判断は、当該労働者を基準とすべきではなく、あくまでも平均的な労働者、すなわち、何らかの素因(個体側の脆弱性)を有しながらも、当該労働者と同程度の職種・地位・経験を有し、特段の勤務軽減までを必要とせず、通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者を基準とするべきである。〔中略〕 (7) 総合評価  以上の事実によれば、亡太郎は平成5年に品質管理課に配属され、平成8年10月1日に品質管理責任者に、平成9年4月1日に品質管理係長に就任したが、これらの昇任の前後を通じて担当業務の内容に大きな変動はなく、検査及び品質管理の仕事をこなしてきたが、亡太郎は現場でのトラブル処理に一人では適切な判断ができないことが一度ならずあり、このトラブル対応についての不適応は、亡太郎の業務遂行能力の低下がその原因であって、亡太郎の脆弱性・反応性の強さを示す事情ということができるのであるから、亡太郎の業務が一般的に強度の心理的負荷を伴うものであったということはできない。そして、亡太郎は平成8年12月から平成9年3月にかけて株取引で大きな損失を被ったのであり、このことが亡太郎にきわめて多くの心理的負荷を与え、本件うつ病発症の決定的な原因となったものと見るべきである。そして亡太郎が取り組んでいた規格書改訂作業は、専門知識を必要とはされず、それほど長時間を要するものでもなく、亡太郎の従前の能力を前提にすれば、特に難しい作業であったということはできず、一般的に強度の心理的負荷を伴う業務であるといえないから、この作業によって、うつ病を急激に悪化させ、自殺に至ったという相当因果関係を認めることはできない。〔中略〕 (1) 被控訴人は、亡太郎が管理職ではない係長の立場にありながら、品質管理責任者への就任・職務遂行という重責を担わされ、その職務が重大であるためにB課長が兼任していた品質管理係長としての立場にも立たざるを得ず、亡太郎にかかる精神的負担は更に大きくなっていき、その精神的負荷が蓄積し、次第に強まってゆき、自殺に至ったものであると主張する。  しかしながら、上記認定のとおり、亡太郎は、平成8年10月1日に品質管理責任者に、平成9年4月1日に品質管理係長に任命されたが、仕事の内容としては、平成8年10月の品質管理責任者への就任、平成9年4月の品質管理係長への就任の前後を通して、大きな変動があったと認めるべき証拠はない。そして、前記のとおり、現場のトラブル処理への対応は、一般的に強度の心理的負荷を伴う業務であるとはいえない。また、Qとの勉強会についても、これが亡太郎の心身に大きな負荷を与える内容であったとは認めがたい。したがって、被控訴人の上記主張は理由がない。 (2) 被控訴人は、亡太郎が品質管理責任者に就任した後、特に死亡前約3か月間(平成9年9月ころから同年11月まで)、その業務は多忙であり、長時間労働により肉体的・精神的負荷が過重にかかっていたと主張する。  しかしながら、前記のとおり、品質管理課においては、時間どおりに残業を申告できる状況にあり、亡太郎のタイムカード(〈証拠略〉)の打刻時間及び勤務台帳(〈証拠略〉)によれば、亡太郎の大宮工場における1か月当たりの平均合計時間外労働時間は、平成8年4月11日から同年10月10日までについては約19.2時間、平成8年10月11日から平成9年4月10日までについては15.8時間、平成9年4月11日から同年10月10日までについては約11.6時間(同年10月11日から同年11月26日までの1か月半の残業時間は13.3時間)であったこと、また、亡太郎は休日出勤をすることはあっても、その分の代休は取得していたのであり、亡太郎は、一定程度の時間外労働を恒常的に行っていたが、その時間は長時間と評価できるほどのものではなく、かつ、亡太郎には十分な休日が保障されていたから、亡太郎の労働時間が、社会通念上、特に強度の心理的負荷を与える程度に至っていたとは認められない。