ID番号 | : | 08609 |
事件名 | : | 遺族補償給付等不支給決定処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 日本ヘルス工業・奈良労働基準監督署長事件 |
争点 | : | 環境プラント会社の浄水場所長の飛び降り自殺につき、妻が遺族補償年金等の支払を求めた事案(原告勝訴) |
事案概要 | : | 環境プラントのオペレーション、メンテナンスなどを業とする会社の浄水場所長が、出張で宿泊していたホテルから飛び降り自殺を図り死に至ったことにつき、過重負荷に起因する精神障害に罹患した結果であるとして、妻が遺族補償年金及び葬祭料を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 大阪地裁は、業務上の負荷によりうつ病を発症した者が、未だ完全に行為選択能力や抑制力を失っていない状態において、改めてうつ病を憎悪させる程の業務上の負荷(通常人であってもうつ病を発症する程度の心理的負荷)を受けた結果、希死念慮を高め自殺を図った場合に、相当因果関係を認めるのが合理的である場合があるとして、所長の自殺に至るまでの、所長とサービスセンター(SC)長との兼務、労働時間の増加、本部長(所長の仲人・上司)発言の心理的負荷等を検証、特に仲人であり上司としても信頼する本部長発言について、発症後ながら精神障害を憎悪させその程度も大きいとして業務起因性判断の要素とすべきとした。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法12条の2 労働者災害補償保険法16条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付) |
裁判年月日 | : | 2007年11月12日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成18行(ウ)17 |
裁判結果 | : | 認容(確定) |
出典 | : | 労働判例958号54頁 労経速報1989号39頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕 (1) 奈良SC長と生駒浄水場所長を兼務することの負荷 ア 生駒浄水場所長の業務の負荷について 生駒浄水場所長の業務は、前記2(3)のとおりであり、特に生駒浄水場は、運転操作管理等が複雑なものとなっており、かつ、人手が不足気味であるため、所長自身が、監視及び運転操作業務に従事する必要があり、その業務量は決して少ないとはいえないこと、顧客である生駒市の意向で、所長は、現場を離れることはできなかったのであるから、仕事の裁量性・自由度は他の浄水場所長に比べて低かったと解されること、有能で信頼できるA所長代理が退職することになったことや平成14年11月からは外部施設の巡回点検業務も新たな業務内容として加わる予定であったことに鑑みると、生駒浄水場所長の業務上の心理的負荷がなかったとはいえない。 イ 奈良SC長の業務の負荷について (ア) 事業規模、従業員数 被災者が奈良SC長に就任した結果、その担当する地域が奈良県の一部から4県にわたる広さとなり、管轄事業場数も生駒浄水場1か所から16事業場へ、管理する人員も、生駒浄水場所長のみのときの約10人から、約150名へと大幅に増加しており、責任のみならず重責感の点で、大きな変化があった。 (イ) 業務の質 奈良SC長の業務範囲は、人事・労務・総務・経理から営業と広範多岐にわたるものであり、前任者がいないため、SC制度の運営、組織作り、運用面の構想や工夫を要する点で、単純に被災者が従前担当していた業務の延長線上のものということはできない。〔中略〕 a 兼務した場合の業務の評価 前記イのとおり、SC長就任後約2か月間でこなしたものだけでも業務量は相当あると認められる上、引継ぎが済んでいなかったものも含めて、SC長が果たすべき課題・業務は、現場の運営管理から人事や労使協議を含む広範・多岐にわたるものであって、量も多かったこと及び兼務前よりも著しく業務量が増えていることが認められる(被災者の業務に関するメモの記述量が著しく増大していることからも窺える。)、しかも、奈良SCは、大阪SCとともに他より先行して実質的な組織改革にあたっていた分、手探りの度合いが高かったと解されるが(〈証拠略〉)、これらの業務を前記アで述べた生駒浄水場所長の業務を行いながら兼務することは、「手がまわらないという言い訳が通じた」などと責任を放棄するような姿勢をとるなど、一部の任務を果たさないことを前提としない限り、両方を完全にこなすことは物理的に無理であると考えられており(〈証拠・人証略〉)、兼務による心理的負荷は極めて大きかったと解される(そして、そのような態度をとれなかった被災者を非難することはできないというべきである。)。 また、前記2(2)のとおり、平成14年9月16日以降における被災者の本来の職務は、奈良SC長としての職務であり、被災者としては、生駒浄水場所長としての業務を、1日でも早く、信頼できる者に引き継ぎ、同業務から開放され、奈良SC長としての業務に専念しなければならなかったが、生駒浄水場所長の後任が決まらなかったため、被災者は、生駒浄水場の職務から一向に開放されず、本来の職務である奈良SC長としての職務にとりかかることができずにいたわけである。そして、本件会社の組織改革の中、40か所のSCが設置され、その中で、奈良SCは、大阪SCとともに、他より先行して組織改革を実施していたにもかかわらず(前記2(2)ウ)、生駒浄水場の職務から離れられないという理由で、SCの本来業務(その中には、SS体制への移行準備なども含まれる。)に手を付けることができないまま、他のSCに取り残されつつあるのを感じることによる心理的負荷も、大きいものがあったと推認される。 b 被災者に対する援助・協力体制について 以上のような状況下において、被災者と上司であるBとの相性ないし人間関係が良好ではなく、その物心両面にわたる援助は十分にされていなかったこと、Eも被災者に対する物心両面にわたる援助が十分にできていなかったことに鑑みると、被災者の上記心理的負担が上司らにより有意的に軽減されていたとは言い難い。 c 他の兼務者との比較 確かに、被災者と同様、浄水場所長とSC長を兼務していたMは、兼務の時のほうが楽だったと供述するが(〈証拠略〉)、生駒浄水場は、他の浄水場と異なり、運転操作管理等が複雑なものとなっており、かつ、人手が不足気味であるため、所長自身が、監視盤に張り付き運転操作業務に従事する必要があったが、Mの勤務していた姫路浄水場では20人以上の職員がいて、監視業務や現場作業は、2、3割程度であったことから、被災者よりも裁量性・自由度が高かったことが窺える。 その一方で、奈良SCは、事業場数及び従業員数ともに2番目の規模であり、事業場数及び従業員数の双方とも奈良SCを上回るSCはなく、被災者の場合とその余の浄水場所長兼務のSC長と負担感を同列に論じることはできない。 d 労働時間の増加など 被災者が奈良SC長兼務となって以降、業務量が増大したのに対応して、被災者の残業時間が増加し、自宅へ仕事を持ち帰ることも増えた。したがって、兼務以前に比べると被災者の労働時間は明らかに増加していたのであって、残業時間だけでも月52時間15分以上となっていた。 また、生駒浄水場において、平成14年11日以降、外部施設の巡回点検業務が増えること、A所長代理の退職に伴う生駒浄水場での業務の増加や後任者選定などの人事異動案件が発生したこと、引継ぎが進むにつれて、被災者の果たすべき業務の量も増えることに鑑みると、被災者の労働時間は、増加傾向にあったといえ、それ自体が、当時、業務量の多さや兼務の両立等に悩んでいた被災者の不安ないし心理的負荷の一要素であったと解される。 エ 各出来事が近接して生じたこと、その相乗効果 加えて、被災者は、奈良SC長に就任してわずか2か月間にFの失踪ともいうべき無断欠席(その後解雇)問題や、A所長代理の退職による生駒浄水場の負担増加と後任者選定業務の増加、更には、同人の退職に伴い自己の兼務解消の具体的見込みがつかなくなったという想定外の問題に同時期的に直面したのみならず、上司であるBとも意見が合わず、突き放されるような対応をされていたことに鑑みると、以上の事情による負荷が相乗効果的に作用して大きくなっていたと解される。 オ 本件会社の支援について 前記2(14)のとおり、Bは、営業で新規に獲得した場合の人的手当や兼務の負担について相談する被災者に対し、精神的な激励をすることはあったものの、必ずしも良好な人間関係であったとはいえず、むしろ叱咤したり、部下の面前でも批判を加えるなどしたこともあったのであって、被災者の心理的負荷の軽減について十分な貢献はできていなかった。また、Eは、被災者やその妻からの相談に対して、適切な対応ができていたとは認められない。 (2) 小括 以上検討した点を総合勘案すると、年齢、経験、業務内容、労働時間、責任の大きさ、裁量性等からみて、被災者は精神障害を発症もしくはこれを相当増悪させる程度に過重な心理的負荷を業務上負っていたと認めるのが相当である。 そして、上記認定の被災者の状態に鑑みると、被災者は、上記心理的負荷の結果、平成14年11月ころ、うつ病を発症したと解される。〔中略〕 6 本件自殺の業務起因性についての検討 前記3のとおり、被災者には、社会通念上、精神障害を発症もしくはこれを相当増悪させる程度に過重な心理的負荷を業務上負っていたというべきである。 一方、前記4のとおり、被災者には業務以外の心理的負荷は認められず、また、前記5のとおり、精神疾患などの被災者側の脆弱性を窺わせる事情は認められない(なお、性格傾向は、脆弱性に関する一つの指標たりうるが、これのみによって評価することはできない。〈証拠略〉)。 これらを総合勘案すると、被災者のうつ病の発症・増悪及び自殺は、業務に内在する危険性が現実化したものというべきであり、業務と被災者の死亡との間には相当因果関係が認められる。 なお、証拠(〈証拠略〉)は、被災者の負った心理的負荷の評価の基礎となる事実について、上記認定と異なる前提をとっており、その評価を相当と解することができないほか、E発言を精神障害発病後の出来事として一切捨象している点でも不合理であり、採用できない。 7 結論 以上によれば、被災者の死亡は、その従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の死亡と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。 |