全 情 報

ID番号 : 08616
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 信濃運送事件
争点 : 腰痛の発症で後遺障害の労災認定を受けたトラック運転手が安全配慮義務違反による損害賠償を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 自動車運送事業等を業とする会社のトラック運転手が、荷卸し作業中に腰に激痛を感じ受診したところ腰椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄と診断され、結果として労災等級9級7の2の後遺障害が残ったのは労働が過重であったことに原因があるとして、雇用契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めた事案である。 長野地裁は、まず、運転手が従事していたトラック運転と荷積み・荷卸しは腰に負担がかかり、その程度が重ければ椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄等の傷害を生じさせることは明らかであり、したがって、会社は雇用契約上の安全配慮義務を負うとした。その上で、〔1〕トラックへの荷積み・荷卸しにあたって台車を用意していなかったこと、〔2〕労働省告示平成6年9月6日付「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」をはるかに超える労働実態にあること等から、会社には安全配慮義務違反があったと認定して、運転手の請求を認めた。
参照法条 : 民法415条
民法623条
労働基準法2章
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/安全配慮(保護)義務・使用者の責任
裁判年月日 : 2007年12月4日
裁判所名 : 長野地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)194
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 時報1999号147頁
タイムズ1277号284頁
労働判例967号79頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-安全配慮(保護)義務・使用者の責任〕
前提事実(8)の通達やその解説では、補助具として、昇降作業台、足踏みジャッキ、サスペンション、搬送モノレールなどが例示されているところ、これらの中には導入に過分の手間や費用がかかるものもあるから、これらを導入しないことが直ちに安全配慮義務違反になるとはいえないが、少なくとも原告の主張する台車の導入は容易であったはずであり、この点に関し、被告の安全配慮義務違反を否定することはできない。  被告は、台車などの補助具は荷先の物を用いるのが普通で運送業者において用意する必要はないと主張するが、仮にそうであるとしても、被告は荷先の台車等を使用できるように配慮する義務を負うといえるから、被告の安全配慮義務違反を否定することはできない。〔中略〕   (4) 原告は、被告が、55kgまたは労働者の体重の40%を超える重量物を取扱わせる場合には2人以上で行わせる義務、荷物の取扱いを容易にする義務、作業内容、取扱う物の重量、自動化の状況、補助機器の有無、労働者の数等つまり作業の実態に応じ、作業時間や作業量を適正に設定する義務、作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導、注意をする義務、長時間、車両を運転した後に物を取り扱わせる場合には、小休止、休息をとらせ、かつ、作業前体操をしたうえで作業を行わせる義務等に違反したと主張する。甲15、原告本人、弁論の全趣旨によれば原告の当時の体重は約75kgであり扱った荷物の重さは30kg程度までの物が多いことが認められ30kgを超える荷物があったかは明確でないこと、荷物に取っ手を付けたりすることが荷主の承諾なくできるのか疑問があること、腰痛防止に必要な作業姿勢や動作をとること及び小休止や作業前体操などは、雇用主の指導がなくとも従業員の方でもある程度注意すべきであること等に鑑みると、これらのいずれかを履践しなかったというのみで直ちに被告の安全配慮義務違反となるとはいい難い。しかしながら、原告の労働は一度に20kgの袋を約500袋、30kgの袋を約330袋、積み込んだりするなど常識的にいっても肉体的負担の大きなものであることは否定できないから、被告には腰痛予防のための何らかの配慮は求められるところ、本件証拠上、被告は原告が主張する事項のいずれについても配慮したとは認められないから、原告が主張する事項を全体としてみると、被告に安全配慮義務違反はあったといわざるを得ない。  なお、被告は、運行前に事故・健康に注意するよう指示し、会社に壁新聞やポスターを掲げて作業動作等につき注意喚起に努めていたとか、休憩の際には体を動かすようにとの一般的注意は与えていたとか主張するが、壁新聞やポスターがあるのなら容易に証拠提出できるはずなのに証拠提出されていないことなどからいって、かかる主張を信用することはできない。〔中略〕  2 安全配慮義務違反と前提事実(3)の傷害、(5)の後遺障害の因果関係について  原告は、平成11年7月18日午後10時30分に長野市の被告の事業所を埼玉県越谷市に向けて出発し、19日午前3時20分ころ到着し、午前8時半ころから40分程度かけて荷卸しをし、その後さらに1時間程度かけて別の荷卸し先に行き、午前10時20分ころから荷卸しをする予定であったこと、越谷で卸すべき荷物は約10kgの箱が約50個、約20kgの米びつ入り化粧箱が相当数あったこと、原告は10kgの箱を2段重ねにして持って荷卸しをし10kgの箱をすべて卸し終え、20kgの化粧箱を運ぼうとした時に腰に激痛を覚えたこと(前提事実(3))、原告は被告の先輩従業員に教えられ効率がよいといった理由で、荷物を大股に構えて左から右に動くような方法で運んでおり、その躯幹はまっすぐでなく湾曲した姿勢だったこと、20kgの化粧箱は表面が滑りやすく持ちにくいため、原告の脊柱と重心との距離は10kgの箱のときに比べて2倍程度あったことが認められる。  滋賀医科大学社会医学講座予防医学分野教授である西山勝夫は前提事実(3)の事故の原因につき、概略、「腰痛発症時刻が午前7時30分であるから睡眠時間は確保されたとしても4時間程度であったと考えられ、長時間運転労働に伴う全身振動曝露と拘束姿勢などによる腰部疲労からの回復は不十分で、腰痛発症の危険は高まっていた。躯幹を湾曲させた状態で重量物を持つと、椎間板に加わる力は同心円状から外れた不均衡な分布になり、髄核を突出(ヘルニア)させる作用が大きくなる。この作用に対する腰部椎間板組織の耐久性は、腰部の疲労回復が不十分な場合あるいは腰部の疲労が進行するにつれて低下する。原告は、下肢を大股状に開き湾曲状態で、躯幹を大きく前屈しながら体側で10kgの箱を2個持ち上げ反対側に捻転しながら移動し卸す作業を25回反復した後、20kgの化粧箱を持ちあげたが、脊柱と重量物の重心の距離が従前の2倍ほどになったため、従前の2倍に相当する重量負荷がかかり、椎間板ヘルニア等が急激に進行し腰部に激痛が生じたと考えられる。」と述べている(甲38)。この見解は、専門家が認定することのできる事実に基づき考究した結果であり、特に不合理な点もなく、これを是認することができる。上記意見においては、現実に荷卸し作業をする前の腰部疲労の原因として長時間にわたる運転が主に挙げられているが、すでに認定した被告の安全配慮義務違反は、原告が平成9年9月23日に入社して以来継続していたと考えられるから、平成11年7月18日に運転を開始する以前から、原告の腰部疲労は蓄積、進行していたと考えられる。そうすると、前提事実(3)の事故は、適切に拘束時間を制限し休息時間を確保しなかったこと、荷積み・荷卸しの際に補助具として台車すら導入しなかったこと、取っ手を付けるなどして荷物の取扱いを容易にしなかったこと、作業姿勢や動作について腰痛防止に必要な指導、注意をしなかったことなどの被告の日頃の安全配慮義務違反と、十分な休息時間を確保せず、荷物の取扱いを容易にせず動作・姿勢についても注意しなかった被告の当日の安全配慮義務違反によって発生したといえる。  前提事実(4)、(5)の通り、原告は前提事実(3)の事故の直後からNTT病院、長野市民病院で治療を受け、結局、平成14年7月31日に症状固定して、椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄の後遺障害を負っているから、被告の安全配慮義務違反と原告の負った前提事実(5)の後遺障害との間にも相当因果関係を認めることができる。