ID番号 | : | 08622 |
事件名 | : | 遺族補償給付不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 大丸東京店事件 |
争点 | : | 百貨店に勤務する課長の自殺につき妻が遺族補償年金の支給を求めた事案(原告勝訴) |
事案概要 | : | 百貨店販売部門課長の自殺につき、過重な業務等を原因とする心理的負荷によって精神に異常を来したことによるとして妻Xが遺族補償年金を申請したところ不支給とされたため、これの取消しを国に求めた事案である。 東京地裁は、まず、労働者が業務に起因して発症した精神障害により正常の認識、行為選択能力等を阻害されるなどした結果自殺に至った場合には、労災保険法上の保険給付がなされるべきであり、その前提として、課長について、自殺念慮が出現する可能性が高いと医学的に認められる精神障害の発症が認められなければならないとした。その上で、ICD-10の診断基準によることが相当として課長について検証し、自殺時の課長にうつ病エピソードの典型症状及び一般症状があったと認定し、その原因は、品減り調査による負荷以外考えることができず、したがって、両者の間には条件関係があるとした。さらに、自殺前の課長が行っていた業務について、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者にとっても強度の心理的負荷を与える過重なもので、社会通念上、精神障害を発症させる程度の危険を有するものであるとして、課長の自殺に業務起因性を認めた。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法12条の2の2 労働者災害補償保険法16条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/障害補償(給付) |
裁判年月日 | : | 2008年1月17日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成17行(ウ)180 |
裁判結果 | : | 認容(確定) |
出典 | : | 労働判例961号68頁 労経速報1997号17頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕 品減りはB夫が寝具タオル係長として商品の仕入れ、販売を指揮、管理していた期間に発生したものであり、B夫の仕事上の極めて重大なミスであることは明らかである。そして、その金額が約8000万円(B夫が調査をしていた当時には、約1億円と見られていた。)という巨額であること、伝票類を経理に回さなかったことにB夫が関与していたのであるから、B夫の単なるミスにとどまらず、B夫が事態を認識していながら品減りを拡大させたといえること、品減りが発覚し調査が開始された時点においては、B夫による横領等の不正行為、犯罪行為を疑われかねない状態であったことなどを併せると、5月下旬に巨額の品減りの存在が明らかになったことや、その後B夫が品減りの調査をしたことが、B夫に対して、極めて強度の精神的な負担を与えたことは容易に想像できる。加えて、前記のとおり、品減りの調査業務は非常に困難であり、伝票の調査は相当の時間を要するものであったから、業務そのものとしても、心理的負荷が強度であったといえる。しかも、長時間をかけても品減りの原因は解明できなかったのであり、そのことが、さらに、責任者として原因の解明を成し遂げなければならないと考えているB夫に対して極度の心理的負荷を与えたと推測される。 B夫が調査に費やした時間をみても、B夫が自宅で行った品減り調査は過重であったと認められる。すなわち、B夫が、品減りの調査のために恒常的に寝不足になっていたことは本件遺書に自ら述べている〔中略〕。証拠(甲11、乙25)によれば、B夫は早めに帰宅をする日は午後8時又は9時ころに自宅に着き、急いで夕食をとった後仮眠し、午後11時30分に起きて、その後伝票類の調査をしていたこと、朝6時に原告が起きたころB夫は伝票を調べていたこと、松本への旅行の際には朝5時に原告が起きたときにはB夫が品減りの調査とおぼしき作業をしていたことが認められる。そうすると、B夫は、少なくとも深夜2ないし3時間(仮眠した時間と同程度である。)、早朝2時間程度を品減りの調査に割いていたと推測することができ、休日も同程度の時間は品減り調査を行っていたと推測することができる。B夫は、自殺前1か月に、調査をしていた6月24日までのうち、遅く帰宅した日を除く18日間、自宅で少なくとも1日4ないし5時間調査をしていたと推測されるから、1か月の合計では少なくとも80時間程度品減りの調査をしていたと推定することができる。以上のとおり、B夫が行った品減り調査の業務は、精神的負担の大きさ、調査の遂行の困難さ、通常の業務時間以外に従事した時間の長さなどの面からみて、同種の労働者を基準としても過大な業務であったと認められる。 エ B夫は、品減り調査のほかに、通常の業務を行い、その中には客からのクレーム処理など困難な業務も含まれ、こうしたこともB夫の心理的負荷を増大させたと推測される。 オ 以上のとおり、B夫が自殺前に行っていた業務は、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者にとっても、強度の心理的負荷を与える過重なものであり、社会通念上、精神障害を発症させる程度の危険を有するものということができる。B夫のうつ病エピソードの発症及び自殺に至る一連の過程は、これらの業務に内在する危険が現実化したものというべきであるから、B夫の自殺には業務起因性が認められる。 〔中略〕 B夫については、自殺前に職場以外の心理的負荷となり得る出来事として、長男が高校入学後2か月余りで約20キログラムの体重減少をしたことが「子供の問題行動」に類似するものと見ることができなくもないが、そのストレスの強度はせいぜい「Ⅰ」であり、精神障害の発症について個体側の要因は認められない。B夫が体験した出来事のうち、品減りの調査を担当したことは、心理的負荷の強度は「Ⅲ」と評価され、かつ、別表1の(3)の欄による評価は「相当程度過重」以上の「特に過重」であり、その総合評価は「強」となるから、B夫の自殺には業務起因性が認められる。 4 以上によれば、B夫の自殺につき業務起因性を否定した本件処分には誤りがあるというほかないから、本件処分は取り消されるべきである。 |