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ID番号 : 08628
事件名 : 退職金等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 日刊工業新聞社事件
争点 : 専門新聞社の退職従業員らが退職金規程の不利益変更の無効確認及び旧規程による支給を求めた事案(原告敗訴)
事案概要 : 工業新聞社の退職従業員ら(一部死亡した元従業員の相続人を含む)が、退職金規程の不利益変更は無効であるとして、無効確認及び旧規程による退職金支給を求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、まず、給与規程変更無効確認請求に係る訴え自体は訴訟物の特定を欠くものではないし、また履行期が未到来で、金額等も確定していないとしても確認の利益があるとしつつ、退職金の50パーセントを削減する退職金規程の不利益変更につき、会社の倒産回避という切迫した事情があったことから変更につき高度の必要性があり、変更内容は不相当とはいえず、過半数組合の同意もあるとして、従業員らの請求を棄却した。これに対し第二審東京高裁は、新聞社提出の報告書の内容に問題がある旨の従業員らの新たな主張を排斥し、新聞社の切迫した状況に変わりないとした。また労組との交渉上の手続き上の瑕疵の主張も排斥し、新聞社がリストラの口実に倒産の危機を持ち出したとは認められないとして、一審判決を支持し、控訴を棄却した。
参照法条 : 労働基準法89条
体系項目 : 賃金(民事)/退職金/退職金請求権および支給規程の解釈・計算
就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金
裁判年月日 : 2008年2月13日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)3384
裁判結果 : 棄却(確定)
出典 : 労働判例956号85頁
労経速報1996号29頁
審級関係 : 一審/08576/東京地/平19. 5.25/平成17年(ワ)19102号
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-退職金-退職金請求権および支給規程の解釈・計算〕
〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕
前記のとおり、被控訴人の経営状態は、いわゆるバブル経済崩壊後の平成3年以降、その売上げは漸減し、平成6年以降の国内・国外の支局閉鎖、平成7年における希望退職募集による人件費削減、平成10年の土曜休刊による経費削減等にかかわらず、経常利益においては、平成8年までは損失であり、平成9年以降は利益を計上したものの、平成5年決算期以降、債務超過の状態となり、平成11年度の不動産利益の計上による特別利益の計上にもかかわらず、平成12年3月の決算期に資産再評価による特別利益を計上するまで債務超過の状態が継続し、平成13年度に不動産利益の計上による特別利益を計上しても、経営状態の改善はみられず〔中略〕、平成14年ないし15年の当時においては、メインバンクであるL銀行、準メインバンクであるM銀行の協力なしでの再建は不可能な状態であり〔中略〕、P社の報告書の提言に係る本件再建計画についても、P社の分析を求めたM銀行の協力すら得られなかったものであり、L銀行の承諾を再建の必須の前提とする以上、同銀行の協力の下に報告書の提言に係る本件再建計画を速やかに遂行する以外に倒産を回避すべき方策はないとした被控訴人の判断を不当とすることはできない。すなわち、労働者の被る不利益の程度は、退職後の生活設計の基礎となる退職金の50パーセントの削減という大きいものであったが、他方で、使用者側の変更の必要性は上記のとおり極めて重大であり、当時の状況は、倒産により清算的処理をするか、再建の方策を採るかの二者択一を迫られ、倒産により見込まれる労働債権の配当率が上記の低い水準にとどまる中で、再建の途を選ぶ以上、報告書の提言に沿った施策しか現実に採り得なかった実状にあったことは前記のとおりであり、倒産の危機に瀕した会社が倒産を回避するための経営再建策の一つとして退職金の減額を行うこと自体は、その内容に合理性がある限り、我が国の企業において一般的に検討され得る措置であり、現に会社が倒産の危機に瀕していた本件に関しては、通常の景況にある会社の一般的な退職金水準との比較を論ずることは当を得ていない。〔中略〕 (ア)報告書における売却不動産の評価額は、P社の委託による不動産鑑定士の鑑定に基づくもので、当時の近隣の基準地価よりも高額に評価されており(〈証拠・人証略〉)、その評価自体は客観的に適正かつ相当なものと認められるので、上記〈1〉の主張は採用し難い。そして、(イ)上記〈2〉のDESは、債権者である金融機関の協力なしになし得ないことであり、実現可能性のあるDESを検討すべきことはいうまでもなく、未保全の銀行融資62億円余の全額のDESを論ずることは非現実的というほかなく、交渉の一方的な主導権を有する金融機関の了解が得られなければ再建に必須の資金援助を受けられない状況の下で、未保全融資額約27億円を有したM銀行の協力を得られず、その他の金融機関から30億円の限度でしかDESによる債務免除の了解が得られなかったというのであるから、予測額である38億円のDESが実行できなかったことは、やむを得ない結果として理解し得る事柄である。また、(ウ)上記〈3〉の控訴人らの別紙2「財政状態予算実績比較分析」の実績分析は、本社不動産が予定(適正かつ相当な評価額)より更に高額で売却し得た上での実績に更に過少評価修正を加えている点のほか、仮に退職金の減額をしない前提に立つとしても、これによる損益への影響額は退職金要支給額の差額の合計にとどまらず、毎期の損益への影響額も考慮すべきことを勘案すると、この分析をもって報告書を不当とするには足りない。〔中略〕そして、(エ)報告書は、その作成過程においてP社が被控訴人及び金融機関との意見調整を重ねながら、退職金のより少ない減額率による試算も比較検討した上で、経費削減の施策全体とのバランスや金融機関の理解を得られる可能性等を勘案し、最終的に他の施策の数値とともに50%という数値を選択し、被控訴人から金融機関等に提示し得る具体的な再建スキーム及びその解説を調査・分析の結果とともに取りまとめたものと認められ(〈証拠・人証略〉)、途中の検討過程における試算の内部資料が残存していないことの一事をもって、上記〈4〉の所論のようにより少ない減額率による試算を経ていない結論先行の文書であると断ずることはできず、不動産評価及び債務免除額を含め、その内容に特に問題があるとは認め難く、報告書を前提とした被控訴人の金融機関との交渉につき不適切な対応の存在を窺わせる事情を認めるに足りる証拠もない。〔中略〕 前記引用の認定事実(原判決「事実及び理由」第3の2(1)ア、イ)によれば、被控訴人は、いわゆるバブル崩壊後の購読者の減少等による売上高の大幅な減少、借入金の増加等により財務状況が著しく悪化し、平成14年3月以降は毎月の手形決済の資金繰りにも窮する状態に陥り、L銀行以外は融資に応じる見込みはない中で、同年7月にはL銀行からも緊急融資を断られ、以後は定期預金や生命保険の解約によりかろうじて毎月の手形決済の資金を捻出する状態が続いていたのであって、L銀行の求めに従って同銀行の了承の得られる再建計画を早急に提示しない限り、もはやいずれの金融機関からも融資の支援を得ることができず、決済期日に手形の不渡りを出して倒産に至ることが不可避的な窮状に至っていたものと認められ、上記認定を覆すに足りる的確な証拠はない以上、被控訴人が専らリストラの敢行の口実として現に存しない倒産の危機に殊更に言及してきた旨の上記主張は採用することができない。 4 控訴人らのその余の主張も、上記の認定・判断を左右するに足りるものとは認められない。