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ID番号 : 08639
事件名 : 損害てん補金請求控訴事件
いわゆる事件名 :
争点 : 通勤途中の交通事故被害者が自賠法に基づき損害てん補を国に求めた事案(原告勝訴)
事案概要 : 通勤途中の事故で重度の後遺障害を負った被害者が、加害車両運転者が逃走して不明であることから、自賠法に基づき損害のてん補を国に請求し、これに対し国が将来の障害年金給付の控除を主張した事案の控訴審である。 第一審東京地裁は、被害者が他法令給付を受ける場合につき、自賠法73条1項による調整が許されるのは支給を受けることが確定したものに限られるべきであり、履行ないし存続に不確実性を伴う将来給付分は、損害が現実にてん補されたとはいえないことから控除することを要しないとしたため、国が控訴。これに対し第二審東京高裁は、〔1〕自賠法73条1項が「給付を受けるべき場合」という文言を使っていることや被害者保護という自賠法の趣旨・目的を併せ考えると、将来給付分はこれを受けられることが確実なものに限定されると解するのが相当、〔2〕給付を受けられるか否かが不確実なものまで控除することは、その分につき被害者に最終的な救済すら与えられない可能性が残ることとなって妥当でない、〔3〕政府の損害てん補と労災保険給付との重複てん補の問題については、労災保険法12条の4第2項を類推適用して調整する余地があるとして、原判決を維持した。
参照法条 : 自動車損害賠償保障法73条1項
労働者災害補償保険法12条の4第2項
体系項目 : 労災補償・労災保険/損害賠償等との関係/自賠法上の損害填補金請求との関係
労災補償・労災保険/業務上・外認定/通勤途上その他の事由
裁判年月日 : 2008年4月16日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)4389
裁判結果 : 控訴棄却、原判決一部変更(上告受理申立)
出典 : タイムズ1269号241頁
審級関係 : 一審/08585/東京地/平19. 7.26/平成17年(ワ)22203号
評釈論文 : 塩崎勤・月刊民事法情報265号79~84頁2008年10月
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-損害賠償等との関係-自賠法上の損害填補金請求との関係〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
 2 争点1(被控訴人の後遺障害による損害)について  自賠法72条1項前段の規定により政府が被害者に対しててん補することとされる損害は、同法3条により自己のために自動車を運行の用に供する者が賠償の責めに任ずることとされる損害をいうのであるから(平成17年最判参照)、同条に基づいて損害を認定する場合と同様に、裁判所が、証拠に基づき、自由な心証によりこれを認定することができることは明らかである。裁判所は、行政庁の内部基準にすぎない「てん補基準」に拘束されるものではない。  3 争点2(将来の障害年金給付の控除の可否)   (1) 自賠法72条1項前段は、「政府は、自動車の運行によって生命又は身体を害された者がある場合において、その自動車の保有者が明らかでないため被害者が第3条の規定による損害賠償の請求をすることができないときは、被害者の請求により、政令で定める金額の限度において、その受けた損害をてん補する。」と定める。これは、ひき逃げ事故のように自動車の保有者が明らかでない事故の被害者の救済のため、社会保障政策上の見地から、被害者に対し、政府が損害賠償義務者に代わり、生じた損害のてん補をすることにしたものである(なお、損害のてん補をしたときは、政府は、その支払金額の限度において、被害者が損害賠償の責任を有する者に対して有する権利を取得する(同法76条1項)。)。そして、上記のように、政府が被害者に対しててん補することとされる損害は、同法3条により自己のために自動車を運行の用に供する者が賠償の責めに任ずることとされる損害と同義であるが、政府がてん補する損害の範囲は、生じた損害全額ではなく、政令で定める範囲に限定されることとしている(その限りで、完全な救済ではなく、最小限度の救済を与えるという趣旨が示されているといえる。なお、同法72条1項後段は、いわゆる無保険車により引き起こされた事故により損害を被った被害者に対する政府の損害てん補を定めている。)。  そして、自賠法73条1項は、「被害者が、健康保険法、労働者災害補償保険法その他政令で定める法令に基づいて前条第1項の規定による損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には、政府は、その給付に相当する金額の限度において、同項の規定による損害のてん補をしない。」と規定する。この規定は、健康保険法、労災保険法その他政令で定める法令に基づく給付(他法令給付)を受けることにより同法72条1項の規定による損害がてん補されると評価される場合には、他法令給付を先に受けるものとし、政府は同項に基づく損害のてん補をしないというもので、同項による政府の損害てん補があくまで他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に最終的な救済を与える趣旨のものであることを示すものである。  ただし、自賠法73条1項にいう「損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合」とは、その「給付を受けるべき場合」という文理と被害者保護という自賠法の趣旨・目的を併せ考えると、他法令給付による給付が現実に履行され、損害が現実にてん補された場合に限定されるものではないものの、将来の給付分については、これを受けられることが確実なものに限定され、給付を受けられるか否かが不確実なものまでは含まれないと解するのが相当である。けだし、将来給付が受けられるか否か不確実なものまで「給付を受けるべき場合」に該当するとしてその分をてん補しないということになると、結局、その分につき被害者に最終的な救済すら与えられない可能性が残ることになって、妥当でないからであり、このように解することは、同法72条1項による政府の損害のてん補が他の手段によっては救済を受けることができない交通事故の被害者に最終的な救済を与える趣旨のものであることから、同法73条において被害者が他法令給付に基づいて災害補償給付を受けることができる場合には、被害者はそれらの給付を先に受けるものとしたことと矛盾するとはいえないというべきである。なお、このように解すると、政府によるてん補をいつ受けるかによっててん補の額が異なってくる事態が生ずるし、また、政府によるてん補と他法令給付の重複てん補の可能性が生ずることにもなるが、被害者保護の観点からして、これらの点も、上記解釈を左右しないというべきである(なお、政府の保障事業運営のための財源は、主として保険会社及び自賠法6条の組合が納付する自動車損害賠償保障事業賦課金(同法78条)、自賠責保険適用除外者から徴収される過怠金(同法78条、82条1項)、無保険(共済)車を運行の用に供した者から徴収される過怠金(同法79条)によりまかなわれているのであり(公知の事実)、かつ、保険会社及び同法6条の組合が納付する自動車損害賠償保障事業賦課金は、自動車保有者が支払う自賠責保険料によりまかなわれているのであるから、政府が税金により拠出しているものとは言い難いものである。したがって、財源という面からみても、同法72条1項による政府のてん補が不確実な他法令給付より先行し、両者が重複する可能性が生ずるとしても、それが直ちに許容されないとはいえないということができる。)。また、重複てん補の問題については、労災保険法12条の4第2項を類推適用して、調整する余地があるのである。すなわち、確かに同項は、「保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。」と、加害者が損害賠償により被害者の損害をてん補した場合の保険給付との調整を定めるもので、自賠法72条1項による政府の損害てん補(法的性質は損害賠償ではないと解される。)と労災保険給付の調整を定めるものではないが、政府の損害てん補は、加害者が行う損害賠償に代わるもので、被害者の損害のてん補を目的とするものなのであるから、政府の損害てん補と労災保険給付との重複の場面でも、労災保険法12条の4第2項を類推適用して、調整する余地があるのである。   (2) そして、本件のような障害年金の場合、将来にわたって給付要件や給付額が同一であるかどうかには不確実な点があり、また、受給者の受給権が途中で消滅したり、受給の内容が変更になる場合があり得ること、現に被控訴人についてみると、2回にわたり傷病が再発し、その都度、障害年金の受給権が消滅したことに照らすと、被控訴人に対する未だ支給を受けることが確定していない障害年金給付は給付を受けられるか否か不確実なものであるということができ、上記立論に照らすと、自賠法73条1項所定の「給付を受けるべき場合」には当たらないというべきである。