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ID番号 : 08645
事件名 : 遺族給付等不支給決定処分取消請求控訴事件
いわゆる事件名 : 中央労働基準監督署長事件
争点 : 社内会議後の酒を伴う会合に出席後、地下鉄構内で転倒し死亡した者の妻が遺族給付を争った事案(被告敗訴)
事案概要 : 建設会社支社の月1回の主任会議終了後に支社内の会議室で行われる酒類の提供を伴う会合への出席後、帰宅途中の地下鉄階段で転倒し後頭部を打撲して死亡した事務管理部次長の事故につき、妻が遺族給付不支給処分の取消しを国に求めた控訴審である。 第一審東京地裁は、会合は業務上の問題点等について懇談し業務の円滑な遂行を確保することが目的であり、次長は同会合を主催する部局の実質上の統括者として会合への出席は職務であったこと等から死亡は労災保険法上の通勤災害であると認め、不支給処分を取り消した。これに対し第二審東京高裁は、次長の同会合への出席を業務と認めるのが相当としながらも、その業務性は概ね午後7時頃には終わっていたとみるのが相当であるところ、事故当日次長が帰途についたのは午後10時30分頃であり、事故には飲酒酩酊が深く関わっていると推認されることからすると通勤災害と認定することはできないとして、一審の判断を覆し、請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条1項2号
労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/通勤途上その他の事由
労災補償・労災保険/通勤災害/通勤災害
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2008年6月25日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19行(コ)150
裁判結果 : 取消(上告)
出典 : 時報2019号122頁
労働判例964号16頁
労経速報2010号3頁
審級関係 : 一審/08544/東京地/平19. 3.28/平成17年(行ウ)259号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-通勤途上その他の事由〕
〔労災補償・労災保険-通勤災害-通勤災害〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
2 判断 (1) 本件会合の業務性  本件会合は、毎月1回開催される日特建設の重要な会議である主任会議の終了後に会社の施設内において開催されるもので、主催者は事務管理部であること、費用も一般管理費会議費から支出されていること、また、日特建設としては社員のきたんのない意見を聞く良い機会と位置付け、現実に、本件会合において業務に係る意見交換がされたり上司が部下の不満を聞くなどされ、さらには、本件会合において社員から聴取された提案が実現することもあったことからすると、本件会合を業務と無関係な社員同士の純然たる懇親会とみることはできない。  しかしながら、本件会合は通常の勤務時間終了後に開催されていること、参加が自由であること、実際、主任会議の参加者の多くは本件会合に参加していないこと、参加する場合でも、参加する時間、退出する時間は自由であったこと、本件事故当時の日特建設の残業手当の支給が残業目標時間内に限って支払うという運用がされていたこともあり、本件会合に参加した時間につき残業と申告する者と申告しない者がおり、一律に本件会合への参加が残業と取り扱われていたわけではないこと、本件会合については開催の稟議や案内状もなく、また、毎回、議題もなく、議事録が作成されることもないこと、本件会合開始時から飲酒が始まり、アルコールがなくなる午後8時ないし午後8時30分ころに終了することが多く、アルコールの量も少なくはないこと、会社内では本件会合は『ご苦労さん会』と称されていたこと、もともとは主任会議後の慰労会として開催されたことからすると、本件会合は慰労会、懇親会の性格もあり、また、拘束性も低いから、本件会合への参加自体を直ちに業務であるということはできない。 (2) 亡太郎についての業務性  上記のとおり本件会合への参加自体を直ちに業務ということはできないが、本件会合の主催者は事務管理部であり、事務管理部の社員が料理、アルコールの調達や会場の設営をしているところ、亡太郎は事務管理部の次長の地位にあり、事務管理部を実質的に統括していたこと、現実に、亡太郎は本件会合にはほぼ最初から参加していること、日特建設では本件会合を社員のきたんのない意見を聞く機会と位置付け、亡太郎は本件会合において社員の意見を聴取するなどしてきたことからすると、亡太郎については、本件会合への参加は業務と認めるのが相当である。  しかしながら、亡太郎が本件会合に参加しても従来午後7時ころには退社していること、本件会合は飲酒を伴うもので終了もアルコールがなくなるころであったという実情にあることや開始時刻からの時間の経過からすると、午後7時前後には本件会合の目的に従った行事は終了していたと認めるのが相当であるから、亡太郎にとっても業務性のある参加はせいぜい午後7時前後までというべきである。 (3) 本件事故の通勤遂行性、通勤起因性  前記認定のとおり、亡太郎にとっても本件会合への参加が業務性を有するのは午後7時前後までというべきであるところ、本件事故当日の本件会合について業務性のある時間を延長すべき特別な事情はないから、本件事故当日についても亡太郎の業務性のある本件会合への参加は午後7時前後には終了したというべきである。  しかし、亡太郎はその後も約3時間、本件会合の参加者と飲酒したり、居眠りをし、退社して帰宅行為を開始したのは午後10時15分ころである上、その際、亡太郎は既に相当程度酩酊し、部下に支えられてやっと歩いている状態であったというのであり、また、本件事故が階段から転落し、防御の措置を執ることもできずに後頭部に致命的な衝撃を受けたというものであることや入院先で採取された血液中のエタノール濃度が高かったことからすると、本件事故には亡太郎の飲酒酩酊が大きくかかわっているとみざるを得ない。  以上、亡太郎の帰宅行為は業務終了後相当時間が経過した後であって、帰宅行為が就業に関してされたといい難いし、また、飲酒酩酊が大きくかかわった本件事故を通常の通勤に生じる危険の発現とみることはできないから、亡太郎の帰宅行為を合理的な方法による通勤ということはできず、結局、本件事故を労災保険法7条1項2号の通勤災害と認めることはできない。 (4) なお、被控訴人は、当裁判所が事実認定の資料とした乙第54号証の1、2(サマリーシート)について、被控訴人に行政内部の資料が開示されたのは労働保険審査会での審理が開催された平成14年9月12日の約1か月ほど前であり、その時点で不支給決定の理由が判明し、それに対しその不支給には理由がないと意見を述べたが、亡太郎の飲酒量が極度に多いことが不支給の理由になっていなかったので、被控訴人は飲酒量についての調査をしなかった。ところが、控訴人は原審段階から、審査請求、再審査請求では全く問題にしてこなかった飲酒量が大量であった旨の新しい主張をし出し、当審においてサマリーシートを提出した。仮に、審査請求、再審査請求の段階で大量の飲酒の主張があれば、その時点で聖路加国際病院に照会してサマリーシートを見ることもできたし、さらに、原始資料である診療記録、検査伝票を確認することができたのであるから、当審における乙第54号証の1、2の提出は時機に後れた証拠の申出で許されない旨主張する。  しかしながら、審査請求、再審査請求において、本件事故が通勤災害に当たるのかという点に関し亡太郎の飲酒量が問題とされていたのみならず、亡太郎が多量の飲酒をしている可能性があり、その場合には通勤災害とはいえないとの指摘もされており(〈証拠略〉)、原審において突然亡太郎の多量の飲酒が主張されたのではなく、また、証拠(〈証拠略〉)によれば、東京労働局労働基準部労災補償課地方労災補償訟務官は原審の審理の過程で聖路加国際病院における治療等を確認するため平成17年11月同病院に診療録等の保存年限を電話で確認したところ廃棄済みであるとのことであったため記録の入手を断念していたこと、その後、平成19年3月28日に原判決がされ、控訴人敗訴の判断がされたため、同年4月24日診療録等の保管方法を尋ねるため直接同病院に赴き、担当者に確認している際にサマリーシートの話が出たため、サマリーシートの存在を知り、これを入手することができたことが認められ、上記認定事実によれば、サマリーシートの提出につき信義に反する点があるとまではいえず、時機に後れた証拠の申出ということはできない。