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ID番号 : 08646
事件名 : 地位確認請求控訴事件
いわゆる事件名 : 日本アイ・ビー・エム(会社分割)事件
争点 : 会社分割後、担当業務が移管した新社へ移籍となった者が元の会社の地位確認を求めた事案(労働者敗訴)
事案概要 : コンピューターの製造販売会社(分割会社)がHDD事業を分割して新会社(設立会社)に承継させたことに伴い設立会社に移籍することとなった労働者らが、分割会社に対して雇用契約上の地位確認を求めた控訴審である。 第一審横浜地裁は、労働契約承継法7条の規定は努力義務であり、その不履行が分割の無効原因になりうるのは、分割会社がこの努力を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視しうる場合に限られ、また分割会社が、旧商法(平成17年法律87号改正前)改正附則5条の定める協議を全く行わなかった場合か同様の場合には分割無効となりうるが、会社分割に際して、労働者には退社の自由が認められるのにとどまり、分割会社への残留が認められる意味での承継拒否権はないとした上で、本件はいずれの要件にも該当しないとして棄却した。これに対し第二審東京高裁は、分割無効、労働契約承継無効となるには一部の労働者だけでなく多数の労働者の著しい不利益を伴う場合に限られるとし、本件はこれに該当しないとして一審同様の判断を下し、控訴を棄却した。
参照法条 : 会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律7条
労働基準法2章
体系項目 : 労基法の基本原則(民事)/使用者/会社分割
労働契約(民事)/労働契約の承継/その他
裁判年月日 : 2008年6月26日
裁判所名 : 東京高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ネ)3596
裁判結果 : 棄却(上告)
出典 : 労働判例963号16頁
労経速報2012号3頁
審級関係 : 一審/横浜地/平19. 5.29/平成15年(ワ)1833号
評釈論文 :
判決理由 : 〔労基法の基本原則(民事)-使用者-会社分割〕
〔労働契約(民事)-労働契約の承継-その他〕
 労働契約承継法7条の規定は、その文言から明らかなとおり、分割会社に対し、承継営業に主として従事する労働者の労働契約の承継を含む会社分割について、分割会社の全労働者を対象として、その理解と協力が得られるよう努力する義務を課したものであり、したがって、仮に7条措置が十分に行われなかったとしても、そのことから、当然に会社分割の効力に影響を及ぼすものということはできず、仮に影響を及ぼすことがあったとしても、せいぜい5条協議が不十分であることを事実上推定させるに止まるものというべきである。〔中略〕  本件改正法附則5条違反の効果を定めた明文の規定はなく、その効果は解釈に委ねられているというほかない。そこで検討するに、分割会社が5条協議義務に違反したときは、分割手続の瑕疵となり、特に分割会社が5条協議を全く行わなかった場合又は実質的にこれと同視し得る場合には、分割の無効原因となり得るものと解されるが、その義務違反が一部の労働者との間で生じたにすぎない場合等に、これを分割無効の原因とするのは相当でなく、将来の労働契約上の債権を有するにすぎない労働者には分割無効の訴えの提起権が認められていないと解されることからしても、5条協議義務違反があった場合には、一定の要件の下に、労働契約の承継に異議のある労働者について、分割会社との間で労働契約の承継の効力を争うことができるようにして個別の解決が図られるべきものである。そして、会社分割においては、承継営業に主として従事する労働者等の労働契約を含め分割計画書に記載されたすべての権利義務が包括的に新設会社に承継される仕組みが取られており、会社分割制度においては、その制度目的から、会社分割により労働契約が承継される新設会社が分割会社より規模、資本力等において劣ることになるといった、会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益は当該労働者において甘受すべきものとされているものと考えられること、分割手続に瑕疵がありこれが分割無効原因になるときは分割無効の訴えによらなければこれを主張できないとされており、個々の労働者に労働契約の承継の効果を争わせることは、この分割無効の訴えの制度の例外を認めるものであり、会社分割によって形成された法律関係の安定を阻害するものであることを考慮すれば、労働者が5条協議義務違反を主張して労働契約の承継の効果を争うことができるのは、このような会社分割による権利義務の承継関係の早期確定と安定の要請を考慮してもなお労働者の利益保護を優先させる必要があると考えられる場合に限定されるというべきである。この見地に立ってみれば、会社分割による労働契約の承継に異議のある労働者は、分割会社が、5条協議を全く行わなかった場合若しくは実質的にこれと同視し得る場合、または、5条協議の態様、内容がこれを義務づけた上記規定の趣旨を没却するものであり、そのため、当該労働者が会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益を超える著しい不利益を被ることとなる場合に限って、当該労働者に係る労働契約を承継対象として分割計画書に記載する要件が欠けていることを主張して、分割会社との関係で、労働契約の承継の効果を争うことができるものと解するのが相当であるというべきである。   (エ) 5条協議義務違反及び7条措置違反があった場合に生ずる法的効果については上記説示のとおり解するのが相当である。そこで、以下においては、この解釈に基づいて、控訴人らが、本件において、被控訴人の5条協議義務違反を理由に、控訴人らの労働契約について本件会社分割による承継の効果が生じないということができるか否かについて判断する。  イ まず、7条措置が労働契約承継法7条の規定の趣旨に沿って適正に行われたか否かについて検討する。〔中略〕   (エ) そうすると、本件会社分割において、被控訴人に後記の5条協議義務違反に結びつくような7条措置義務違反があったとは到底いえず、この点についての控訴人らの主張は理由がない。  ウ 次に、被控訴人が行った労働者との5条協議が本件改正法附則5条の規定の趣旨を没却するもので、同規定に違反するものであったか否かについて検討する。〔中略〕   (エ) 以上のとおり、被控訴人が5条協議を全く行わなかったとか、被控訴人が行った5条協議が実質的にこれを行わなかったと同視し得る程度のものであったとは到底いえない。また、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、承継営業に主として従事する労働者についてはすべて分割に伴う労働契約の承継の対象とし、その余の労働者についてはその承継の対象としておらず、労働者が承継営業に主として従事しているか、従として従事しているかの判定について、被控訴人と控訴人らとの間に判断の相違はなかったこと、被控訴人は、承継営業に主として従事する労働者らが分割後に従事することが予定されている業務の内容、就業場所その他の就業形態等については、分割前と後で変更があることは予定されていなかったことから、その旨労働者に説明していることが認められ、このことを前提にして上記5条協議の態様、内容をみれば、被控訴人と控訴人らを含む労働組合員との間の5条協議が、本件改正法附則5条の趣旨を没却するもので、同規定違反の瑕疵を帯び、そのため、控訴人らが本件会社分割により通常生じると想定される事態がもたらす可能性のある不利益を超えて著しい不利益を被ることになるとは認められない。〔中略〕  したがって、5条協議が本件改正法附則5条の規定に違反する瑕疵のあるものであるとして、控訴人らの関係で本件会社分割による労働契約承継の効果が生じないとする控訴人らの主張は、これを主張するための前提要件を欠き理由がないというべきである。〔中略〕 (4) 本件会社分割が違法であり、控訴人らに対する不法行為を構成するか、不法行為を構成する場合の損害額いかん(争点(5))。  以上に説示したとおり、本件会社分割において被控訴人が実施した5条協議や7条措置が違法であるとは認められず、また、本件会社分割が脱法行為あるいは権利濫用行為に当たると認めることも困難であり、したがって、本件会社分割によって控訴人らにSTへの移籍の効果が生じたことについても違法とはいえないのであるから、本件会社分割が控訴人らに対する不法行為を構成するものではないというべきである。