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ID番号 : 08649
事件名 : 損害賠償請求事件
いわゆる事件名 : 御山通商・ミフネトランスポート事件
争点 : トラック運転手が、会社の償却制度制度を違法として賃金控除相当額や慰謝料等を請求した事案(労働者敗訴)
事案概要 : 貨物自動車運送事業等を営む会社Aに雇用され、その後Y1、Y2へと転籍となったトラック運転手Xが、運転手らにトラックを割り当て、その購入代金に相当する償却費を負担させる、いわゆる償却制度について、労基法24条(賃金全額払原則)、同27条(出来高払制の保障給)、民法90条(公序良俗)に抵触し、また、賃金の前借りと給与による精算が繰り返されていた行為について労基法17条(前借金相殺の禁止)に違反するとして、残賃金相当額や慰謝料等を請求した事案である。 大阪地裁は、〔1〕償却制度及び子方制度それ自体とこれらをXに適用したこと及びその運用について、相当程度の賃金が支払われており違法があるとはいえない、〔2〕Xの賃金から引かれている多額の控除は、実質的な賃金の前借り分を控除したものであり、同人はその控除に同意しており、これも上記条項に違反するとはいえないと判断し、請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 労働基準法17条
労働基準法24条
労働基準法27条
民法623条
民法90条
体系項目 : 賃金(民事)/出来高払いの保障給・歩合給/出来高払いの保障給・歩合給
賃金(民事)/賃金の支払い原則/全額払・相殺
裁判年月日 : 2007年6月21日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成16(ワ)8399
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例947号44頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔賃金(民事)-出来高払いの保障給・歩合給-出来高払いの保障給・歩合給〕
〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕
被告Y1では,償却制度を導入していたが,親方が複数の車両を償却し,1台は自らが乗車し,他の車両には子方を乗車させるという制度であった。
 子方の雇用契約関係は,形式的には被告Y1との間で締結されていた。また,原告は,運送の指示は,被告Y1から受けており(すなわち,自分で仕事を獲得するというようなことはなかった。),子方が従事する運送の指示も,被告Y1からされていた(特に,原告が一括して運送の指示を受け,これを子方に振り分けるというような方法もとっていなかった。)。
 被告らは,親方と子方との関係が,実質的には親方の下請的関係であったと主張するが,上記の点に照らす限り,被告Y1と子方との間に直接の雇用契約があることにはかわりないというべきである。もっとも,子方の給与の原資は,後記(4)イのとおり,親方及びその子方の車両(償却対象車両)にかかる売上から一定の経費を差し引いたものであった。〔中略〕
 被告Y1では,償却制度を適用している親方については,次のとおり,親方の保有する車両による売上(子方を抱えて,複数の車両による運行をしている場合がある。)から,一定の割合(合計18%)を控除し,更に,経費,車両償却費を控除した残金を親方及び子方の賃金として支給していた。
 原告の主張する賃金の算定方法(原告の主張2(1)ア)を認めるに足りる証拠はない。〔中略〕
 前記イの計算方法及び証拠(〈証拠省略〉)によると,原告の平成13年度,平成14年度における支給総額は,源泉徴収票(〈証拠省略〉)の記載内容とも一致し,平成13年に460万6323円,平成14年に434万2466円の賃金を得ていたことを認めることができる。
 もっとも,そのころの原告の給与明細書(〈証拠省略〉),賞与明細書(〈証拠省略〉)によると,多額の控除がなされ,差引支給額は極めて少ないことが認められるが,その理由については,後記2(3)のとおり,毎回,多額の精算を行っていたためであると推測される。〔中略〕
 被告Y1における償却制度は,〔中略〕それ自体に違法性を認めることは困難である。
 たしかに,そもそも,労働契約の当事者である労働者に対し,本来,使用者が負担すべき車両の代金を償却費として負担させることが相当とはいえず,特に,売上が伸びない場合は,給料支払可能額がマイナスとなる可能性があり,このような場合は,労基法27条に違反するというべきである。
 しかし,〔中略〕原告には,相当程度の賃金が支払われていたことが認められ,直ちに,具体的な損害があったということはできず,これと因果関係のある違法を認めることは困難である。また,被告Y1における賃金の算定方法は,前記1(4)のとおりであり,償却制度自体から労基法24条に違反する事情は窺えない。〔中略〕
 原告は,償却が終了しても車両の名義を換えてくれなかったと主張する。
 原告が償却をしていた車両5台のうち,車両(××―××)は,原告が退職するまでの間に,償却が終了したことが認められるが(〈証拠省略〉),原告が,退職するまでの間に,同車両の名義書換を依頼した事実を認めるに足りる証拠はない。
 むしろ,〔中略〕原告のように償却制度の適用を受ける親方としては,被告Y1において業務を継続する以上は,償却終了後の車両を売却して得られる交換価値より,償却費の負担のない状態で就労を継続した方が,経済的に有利であると考えられる。〔中略〕
 しかし,被告Y1には,1ないし2割程度,償却制度の適用を受けない運転手がいること,原告自身1週間ほど,熟慮する期間があったこと,その後,子方をかかえることを勧められたときには,躊躇することなく承諾し,その後,償却対象の車両を増やし続けていることに照らすと,少なくとも,原告が償却制度の適用を受け,さらに,償却対象の車両を増やしていった際は,原告としてそれなりのメリットを感じて,被告Y1の勧めに応じていたと認めることができる。〔中略〕
 原告は,償却制度の適用を承諾したのは,錯誤があったからであると主張するが,前記イ,ウに述べた経緯に照らしても,上記主張を認めることはできない。〔中略〕
 被告ら自身,子方に対する賃金は実質的には親方及び子方の売上から支給すると主張しており〔中略〕,前記1(4)からもそのように認めることができる。しかし,その賃金の支払方法は,その原資が,親方の売上だけでなく,子方の売上も合わせた中から支給されるという点で,原告の主張とは異なっており,前記1で述べた実態に照らしても,子方の使用が,労基法24条,民法90条に違反しているという事情を認めることはできない。〔中略〕
  原告が前記イの制度を利用して受領した金額は,別紙精算金一覧表記載のとおり,平成13年1月から平成15年7月までの間,食事代として407万円,運行費の仮払等が244万7800円,使途の不明である仮払が341万円,借用が83万円(合計1075万7800円)であり,上記運行費244万7800円のうち未精算分は152万5720円であるから(〈証拠省略〉),精算すべき金額は983万5720円であったことが認められる(なお,平成13年1月から平成14年12月までの間に限ると,食事代370万円,運行費219万2800円,仮払338万8000円,借用20万円〔合計948万0800円〕であり,うち運行費未精算分は141万0540円であるから,精算すべき金額は869万8540円となる。)。
 平成13年及び平成14年の賃金の総支給額が合計894万8789円であることを考えると,前記アの支給内容となったのは,上記の精算の結果であると認められる。〔中略〕
  原告は,前記ウの精算が,原告に無断でされたと主張する。
 しかし,〔中略〕遅くとも平成13年1月のころには,原告の前借りが重なり,給与の差引支給額が0円であったり,非常に少なくなっており,その後,毎月のように精算が実施されていたと認められること,原告自身,被告Y1の担当者に対し,給与の支給が少ないと異議を述べたところ,今までの前借り等を差し引いた結果であると説明を受け,その時点では,一応,納得したと述べているのであって(原告本人40頁),原告に無断で精算が実施されていたと認めることはできない。〔中略〕
 労基法24条は,賃金全額払の原則を定め,同法17条は,「使用者は,前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」と定める。
 しかし,本件では,前記エでも述べたとおり,原告は,長期にわたり,前借りと給与による精算を繰り返しており,これについて,給与が少ない旨の異議を述べたことがあるとはいうものの,精算がされているとの説明を受けて,納得したというのであり,それ以上の異議を述べた形跡もない。そうすると,このような精算の繰り返しは,被告Y1による一方的な相殺によるものということはできず,原告との合意による相殺と評価することができる(原告自身,前借りについては,精算すべきものと考えていると述べる〔原告第6準備書面7頁参照〕。)。
 仮に,原告が,異議を述べるなり,相殺を拒否したのであれば,被告Y1としては,かかる前借を制限したであろうし,また,賃金を支払う一方で,その返済を求めていたはずである。これを放置させたまま,今になって,労基法17条違反をいい,精算の措置をもって不法行為と主張し,精算額を損害ということは許されないというべきである。
 なお,原告が,被告Y1を退職する際,原告の前借りによる精算が問題となったような事情は窺えず,上述した前借りと,精算が,原告に対する労働の強制ないしは身分的拘束の手段となっているような状況は認められない。〔中略〕
  以上のとおり,本件では,償却制度(子方の使用を含む。)を原告に適用したことによる不法行為を認めることはできず,償却費相当額,賃金不払相当額(精算額)を損害と認めることもできない。
 また,前記(1)に述べたところに照らすと,被告Y1が,償却費を法律上の原因なく利得したと認めることもできない。
 したがって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないというべきである。