ID番号 | : | 08678 |
事件名 | : | 取立債権請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 全日本空輸(取立債権請求)事件 |
争点 | : | 元夫が勤務する航空会社に対し、賃金のうち養育費相当額の給付を請求した事案(原告敗訴) |
事案概要 | : | 航空会社Yに勤務する元夫からの養育費の支払いが滞ったため、元妻Xが航空会社Yを相手取り、元夫に対する養育費請求権を差押債権として元夫の賃金債権を差し押さえる取立訴訟を提起し、養育費相当額の給付を請求したところ、Yが賃金債権と元夫に対する不動産購入資金貸付金債権との相殺を主張した事案である。 東京地裁は、労基法24条1項にいう賃金全額払いの原則は、労働者がその自由な意思に基づいて相殺に同意している場合には適用されず、本件勤務先からの金銭消費貸借に際してされた相殺の同意は元夫の自由な意思に基づくもので、賃金債権は相殺により消滅しているとして、Xの請求を棄却した(請求のうち将来部分は却下)。 |
参照法条 | : | 労働基準法24条1項 民事執行法155条 民事執行法157条 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金の支払い原則/全額払・相殺 |
裁判年月日 | : | 2008年3月24日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成19(ワ)13812 |
裁判結果 | : | 一部却下、一部棄却(確定) |
出典 | : | 労働判例963号47頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕 労働基準法24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨は、使用者が一方的に賃金を控除するのを禁止して、労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済的生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨を包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づきこの相殺に同意した場合においては、この同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、この同意を得てした相殺は上記規定に違反するものではないと解するのが相当である(最高裁平成2年11月26日判決) (2) これを本件についてみると、本件貸付は、従業員に対する福利厚生の一環として、貸し付けの際に抵当権を設定することなく、低利(月利2厘5毛)かつ長期(20年)の分割弁済の約定で、不動産購入資金として貸し付けられたものであるが、上記の認定事実からすると、太郎は、その予備申請、本申請及び契約締結を通じ、差押を受けた場合には、分割弁済の期限の利益を喪失し、本件貸付金の残金や利息、損害金を原則として一括返済しなければならないことや、その場合の返済については、毎月の賃金や一時金等から控除されることとなることを十分に認識していたことがうかがわれる。 また、本件差押命令が被告に送達された後、太郎は、被告の管理部門の担当者等から、本件差押命令の申立てが取り下げられれば、本件貸付金の残額等につき、期限の利益を失わないような扱いができるかもしれない旨の説明を受けていながら、弁護士と相談したうえで、原告に対して本件差押命令の申立ての取り下げを働きかけることはしないと自ら選択し、被告に対し、一括返済額について、賃金や一時金等から控除されることに同意するとの文書を改めて提出しているのであり、その過程において、被告からこの同意を強制されたような事情は全くうかがわれない。 以上の諸点に照らすと、本件相殺に対する太郎の同意は、同人の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在していたものと認めるのが相当である。〔中略〕 被告のその余の主張(前記被告の主張(2))について検討するまでもなく、本件相殺は、労働基準法24条1項本文に違反するとは認められない。 したがって、本件差押命令に係る被差押債権は、いずれも本件貸付金債権と有効に相殺されたものと認められるから、その支払を求める原告の請求は理由がないこととなる。 なお、原告の訴えのうち、口頭弁論終結後である平成20年2月から平成28年9月までの間、毎月末日限り、1か月25万円の金員の支払を求める部分及び平成28年10月から平成32年2月までの間、毎月末日限り、1か月12万5000円の金員の支払を求める部分は、いずれも将来の給付の訴えであるところ、太郎が被告から賃金の支払を受けていることを前提としている本件取立訴訟にあって、この雇用関係がいつまで継続するのかは現在のところ明らかでなく、このような不確定な事情の変動を専ら被告の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえ、請求異議の訴えにおいてその主張をしなければならないという負担を被告に課すのは不当であると考えられるから、上記の訴え部分は、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものとして、却下するのが相当である。 |