全 情 報

ID番号 : 08680
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 北沢産業事件
争点 : 厨房器具製造・販売会社から解雇された元従業員が地位確認及び未払賃金を請求した事案(労働者勝訴)
事案概要 : 厨房器具製造・販売会社Yにおいて、メールデータ無断消去、虚偽事実報告、上司・同僚に対する誹謗中傷、翻訳の副業を行っていたことなどを理由になされた解雇は無効であるとして、元従業員Xが地位確認及び解雇期間中の未払賃金を請求した事案である。 東京地裁は、原告には、〔1〕業務関係データの無断消去、〔2〕業務関係データについての虚偽報告、〔3〕業務引継での虚偽報告、〔4〕A部長に対する名誉毀損、〔5〕他社員への誹謗中傷、〔6〕Y施設内での扇動行為等に就業規則所定の解雇事由が認められるが、会社が解雇の1年以上前から解雇事由を把握していながら、何らの告知、聴聞の機会を与えることなく解雇することには相当性が認められず、解雇権の濫用として無効であるとして、Xの請求をすべて認容した。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 解雇(民事)/解雇事由/会社批判
解雇(民事)/解雇手続/弁明の機会
裁判年月日 : 2007年9月18日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)28488
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例947号23頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)-解雇事由-会社批判〕
〔解雇(民事)-解雇手続-弁明の機会〕
原告は、大宮支店への異動に伴い、上司の許可を得ることなく、業務に関するものを含め使用していたパソコンからメールのデータを消去している〔中略〕。原告が消去したデータは、人事異動等に関する連絡をする内容の儀礼的性格が強いメールや、同僚に対する批判等が記載された私用メールといったものにすぎず((2)<4>)、消去されることにより、被告の業務遂行に重大な支障を与える性質のものではないし、私用メールについては、上司の許可を得ず消去することが、従業員の権限を超えるものとして許されないものとも解しがたいが、業務上の文書については、いかなるものであれ、一従業員がその専権でデータを消去することが許されるべきではないことからすれば、原告が業務上の文書を被告に無断で消去した行為は、それが儀礼的な文書であり、業務に具体的支障を与えるものではなかったことを考慮しても、なお、自己の権限のない行為をしたものとして、被告就業規則25条2号に抵触するというほかない〔中略〕
 原告が、平成17年3月22日以降、業務に関連して海外の取引先等に対して、社長交替、B部長の退職、原告の海外部課長への就任(復帰)といった人事異動に関する連絡メールを送信していたこと、及び、B部長に対し、海外部業務として原告から送信したメールはないと報告していたことは事実である〔中略〕。そして、証拠〔中略〕によれば、原告は、前記の人事異動に関するメールを、「Manager, Executive Secretary Secretariat」と秘書室課長としての肩書きだけではなく、「Manager Overseas Department」と海外部課長としての肩書きでも送信していると認められるのであって、これらのメールの送信がいずれも秘書業務として行われたものであるとも認めがたいことからすれば、原告がB部長に正確な業務引継を行っていないことは明らかである。上記の原告の行為は、上司の職務上の指示命令に従わなかったことにほかならないから、原告は、被告就業規則73条3号に抵触したと認められる。〔中略〕
 原告は、B部長への引継が十分でないとされたために、監査室立会のもと、再度業務引継が要求されたのであるし、実際に原告が送信した文書の中には「Manager Overseas Department」と海外部課長としての肩書きで送信された業務上のメールも含まれていたのであるから、原告にはこれらの事実を報告する義務があったことは明らかである。それにもかかわらず、原告はその義務を果たさなかったのであるから、原告は、被告就業規則73条3号に抵触したというほかない。〔中略〕
原告が用いた表現は、「Mr. B, who was fired as general manager due to some conflict of views」というものであって〔中略〕B部長がその意に反して解職されたことを直接的に表現するものであることからすれば、これがB部長や被告会社にとって外部に知られたくない事項であることは明らかである。そして、原告が、自らが海外部に復帰することを連絡する文書の中で、係る事実を取引先に報告する必要があったとも解されないことからすれば、同表現が虚偽の事実を述べたものとまではいえないとしても、原告の行為は、正当な理由なく上司や会社の社会的評価や信用を毀損する行動をしたものにほかならない。
 また、証拠〔中略〕によれば、原告は、平成17年3月26日、被告顧問に対し、「内輪話でお恥ずかしいかぎりですが、B氏は辞令を受け取ったその場で、業務引継ぎを全面拒否し、当日そのまま退職しました。」とのメールを送信したと認められるが、証拠〔中略〕によれば、B部長が退職に当たり業務引継を指示された事実はなかったと認められるのであるから、原告が送信した前記メールの内容は虚偽の事実を述べ、B部長の社会的評価や信用を毀損したものにほかならないし、原告が前記のような報告をあえて被告顧問にする必要があったとも認められない。
 以上によれば、原告が被告就業規則25条3号ないし5号に抵触したことは明らかである。〔中略〕
 原告の言動は、B部長や同僚に対する侮辱的な言動であるし(原告は、「1号」などとの呼称は侮辱的な用語ではないと主張、供述するが、上司や同僚にそのような用語を用いることは一般的ではないし、「1号」等との呼称がB部長らに批判的な言辞とともに用いられていることからすれば、これに侮辱的な意味が含まれていることは明らかである。)、職場の風紀秩序や社内の秩序を乱す行為であることは明らかである。
 そして、原告が課長職という管理職として一般社員の模範となるべき立場にありながら、HやGと共に他の社員を誹謗する発言をしたことや、その回数も少なくなく、やり取りがされた期間もこれが発覚するまでの間半年以上と長期間にわたっていることからすれば、これが軽口としての性質を持つことを考慮しても、その責任を軽視できるものでもない。
 以上によれば、原告は、被告就業規則73条13号、25条4号、15号に抵触したと認められる。〔中略〕
 原告が労働組合結成を呼びかけた直接的な契機が、経営陣の交替にあったことは、上記メールの文言から明らかである。また、〔中略〕原告は、前記メールを送信した前日には、A社長の訓辞終了後、全社員の面前に進み出て、メールと同趣旨の内容の発言をし、さらに、今回のA社長が行った役員人事はおかしい、異動させられた役員を元に戻して欲しいと発言したことが認められるのであるから、原告が、新たに社長に就任したA社長の人事に強い不満を抱き、A社長による会社の私物化を防ぐべく前記のようなメールを送信したことも明らかである。
 そうすると、原告の上記行為は、A社長を批判し、同様の考えを抱く従業員を扇動する行為をするものにほかならないから、被告就業規則73条7号や25条4号に抵触するものである。
 なお、原告が正当な組合活動の一環として前記行為を行ったといえるのであれば、これにつき就業規則違反をいうことはできないとする余地もあるが、労働組合は、その所属組合員の労働条件の維持改善等を目的とするものであって、経営者の人事に関与することを目的とするものではないことからすれば、原告の前記行動が正当な組合活動として保護の対象となるものでもない。〔中略〕
被告が主張する解雇事由のうち、事実と認められる解雇事由は、いずれも、被告が本件解雇から1年以上前に把握していた事実であって、その間、原告からこれらの事実関係について事情聴取がされたり、口頭による注意がされたこともないことからすれば、当該行為発覚当時、被告がこれをどれだけ問題視していたかは疑わしいというほかない。また、被告は、B部長に対する業務引継に係る監査室の調査の結果、解雇事由ⅰないしⅴについては、いずれも内容を把握したにもかかわらず、調査終了後の平成17年8月2日には、「今回の件は終了とさせていただきます」としたのみで、原告に何らの注意も処分もしなかったのであるから〔中略〕、これをその約1年後に翻して解雇事由として主張することの相当性にも疑問が残るところである。
 〔中略〕被告は、原告が所属する労働組合が申し立てた原告の配転の不当性等を訴える不当労働行為救済申立事件の審理中に、原告が被告が機密文書であると主張する文書を証拠として提出したことを直接的な契機として原告を解雇したと認められるが、〔中略〕本件解雇に近接した時点で原告には特に就業規則違反行為は認められないのであるから、〔中略〕行為当時、被告が特段問題としていなかったとするほかない1年以上前の解雇事由を持ち出して、本件解雇を正当化することが許されるものではない。
 さらに、原告に認められる解雇事由の中には、その責任を軽視できないものがあることは事実であるとしても、これらが、それまで何の処分歴もない従業員を解雇することを正当化し得るほどの強い非難に値するものとまでは解されないし、原告が、解雇事由ⅰないしⅴ及びⅶに該当する行為を行ってから、約1年の間、特段問題とされる行動をしていなかったことからすれば、そのような原告を、何らの告知、聴聞の機会のないまま解雇することに相当性があるとも解されない。
 以上によれば、被告がした解雇権の行使は、客観的な合理性を欠き、社会通念上の相当性を欠くものとして、無効と認められる。