ID番号 | : | 08682 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | C病院(地位確認等)事件 |
争点 | : | 廃院になった病院の看護師ら元従業員が新病院における地位確認及び賃金の支払を請求した事案(労働者敗訴) |
事案概要 | : | 院長が死亡したことより一度廃院になったA病院において看護師等として勤務していた元従業員(X1ほか33名)が、その後新たに同病院と同じ施設でB病院を開設したYが雇用しなかったことに対し、YはX1らの使用者としての地位を前院長から承継したなどと主張して、職員としての地位の確認及び賃金の支払を求めた事案である。 盛岡地裁は、まず〔1〕Yは死亡した前院長の相続人Cから使用者たる地位を承継したかについて、相続人とYとの間で、A病院の病院事業をYに譲渡し、これに伴い雇用主としての地位も譲渡する旨の合意があったとは認められず、また〔2〕YはA病院の従業員全員を雇用する意思がなかったことは明らかであり、X1らとの間に雇用契約の合意があったと認めることもできず、〔3〕YがX1らとの労働契約関係の存在を前提とする言動をしたような事実を認めることもできない上、X1らが雇用を期待したとしてもYの言動が雇用契約の申込みと同視できない以上、Yの主張が禁反言の原則に反するとはいえないとした。また、B病院とA病院が実質的に同一であると認めるのも困難であり、条理及び信義則により労働契約が成立したとのX1らの主張は採用できないとして請求を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)/労働契約の承継/その他 |
裁判年月日 | : | 2008年3月28日 |
裁判所名 | : | 盛岡地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成17(ワ)307 |
裁判結果 | : | 棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例965号30頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約(民事)-労働契約の承継-その他〕 〈1〉 Z1の死亡後に被告が被告病院の開設者となったのは、Z1の死が急なことであり、同人の死後の病院の存廃及び存続する場合に誰が開設者となるかといった問題について生前に何の協議もされていなかった上、同人の相続人であるZ3らは医師でないために開設者となることができず、A病院に勤務していた被告以外の医師の中にも開設者となる意思を有する者はいなかったため、そのままでは病院を廃院とせざるを得ず、多数の入院患者が即時の転院、退院を余儀なくされるという事態が起きてしまうので、それを防ぐためには自分が開設者となるしかないのではないかと考えたからであること、〈2〉 もっとも、被告は、無条件で開設者となることを決意したものではなく、Z1が使用者であった時と同一の条件でA病院の従業員全員の雇用を引き継ぐのではなく、その中から被告の眼鏡に適う職員を選別し、A病院よりも給与等の水準を下げた条件で新規に採用することが可能であることが前提であり、被告は、この点をA病院の顧問弁護士であったZ10弁護士に確認し、これが可能であるとの回答を得た上で開設者となることを最終的に決意したこと、〈3〉 実際上も、Z1が死亡した当時のA病院の経営状況は、従業員の高額な給与や退職者への退職金の支払の負担が重いために資金繰りに苦しみ、銀行及びZ1から高額な借入れを繰り返している状況であり、貸借対照表に計上されていなかった未払退職金債務を負債に含めると、実質的には数億円の債務超過状態にあり、今後診療を継続していくのに不可欠な病院建物の改修等の費用も確保することができず、このような深刻な状況を改善する見通しも全く立っていない状況にあったため、被告が、上記〈2〉のような前提条件を付けなければ開設者となることはできないと考えたのも、当然であるといえること、〈4〉 被告の上記決意を受け、Z3らは、A病院の全従業員に対し、同人らを6月30日付けで解雇する旨を通知し、その後、これらの従業員に対し、A病院の退職金規程どおり退職金を支払ったこと、〈5〉 一方、被告は、A病院の全従業員に対し、被告が新たに開設者となることを告げた上、被告病院の従業員を新規に募集するので希望者は応募してほしい旨を伝え、給食部門の職員を除く希望者全員に対して面接を実施し、採用希望者のうち、被告が適切な人材と認めた者(上記希望者の7割程度)を採用したこと、〈6〉 被告は、6月30日に病院の開設許可及び保健医療機関の指定を受け、7月1日から被告病院の営業を実質的に開始したこと、〈7〉 病院事業を行うには、病院施設及び医療機器等の什器備品を有することが不可欠であるが、被告は、これら病院施設等をZ3らから売買契約等によって譲渡されたものではなく、Z1の相続の限定承認手続において競売によって取得したものであることが認められる。〔中略〕 Z3らと被告との間で、A病院の病院事業をZ3らから被告に譲渡し、これに伴い原告らの雇用主としての地位も被告に譲渡する旨の合意があったとは到底認められず、他にこれを認めるに足りる証拠もないというべきである。〔中略〕 原告らがあげる被告、Z7及びZ3らの言動については、〔中略〕Z1の死亡による病院の混乱の回避及び患者保護のために従業員に対して従前どおりの勤務を要請したにすぎないものであったり、新設の病院は労働条件、雇用条件が変わり、人件費等も抑える必要があることを述べたにとどまるものであり、かかる事実を以て被告がZ3らからA病院の従業員の雇用主の地位を譲渡されたことを裏付ける事実と評価することは到底できないというべきである。〔中略〕 これらの遡及的な開設許可等及び申請書の記載等は、Z1の死亡以後の病院事業が無許可営業となったり、診療が無保険となることを防ぐため、保健所及び社会保険事務局の指導によってされたものであり、岩手県知事において被告病院の開設を許可するに当たり、開設許可申請書の「従業員の定数」欄に記載の人数に相当する人員を現実に開設者が雇用することを条件としたり、開設届に従業者として記載されている者が開設者に現に雇用されている者であると審査、認定した上で開設届を受理したなどということもなかったのであるから、これらの事実を以て被告がA病院の従業員との雇用関係を営業譲渡により当然に承継したことを推認すべき事情ということはできず、また、当然承継の法的根拠となるものでもないというべきである。〔中略〕 Z1の死亡後、被告が開設許可を受けるまでの約1か月の間、患者に対する診療行為が継続して行われ、同期間の診療報酬を被告が受領し、A病院の従業員らに給与が支払われたことについても、この間の診療行為が、Z3らの委任契約終了後の必要な処理として、被告らにより行われたというべきかどうかはともかく、これらの措置は、現実的には、新しい開設者が決まらないからといって入院患者全員を即時に退院、転院させることは物理的にも道義上も困難であったことから、病院の存廃ないし新しい開設者が決まるまでの間、暫定的に無許可、無保険で診療を継続することもやむを得ないと考えてとられた措置であったといえ、被告らの診療行為も、A病院の従業員としてされたとみるのが相当であって、被告の指揮監督によりされていたと認めることは困難であるといわざるを得ない。〔中略〕 被告は、上記期間の診療報酬を受領し、金融機関から融資を受けてA病院の従業員らに給与を支払っているが、診療報酬については、無保険診療となることを回避するために被告がとった措置であり、得た報酬もZ3らとの間で清算しているものであり、また、給与の点についても、被告が上記期間中のA病院の従業員らの給与を雇用主として支払ったと認めるに足りる証拠はない。 そうすると、かかる診療行為の継続等から被告への営業譲渡があったと認めることもできないというべきである。 (8) 原告らが主張する前記第2の3(1)(原告らの主張)カ及びキの事実も、被告が被告病院の開設者となった経緯や病院施設等を取得した方法等が前記(2)のとおりであることを考えると、これを以て営業譲渡ないし雇用契約の承継の事実を認めることは困難であるといわざるを得ない。〔中略〕 被告がA病院の従業員全員を雇用する意思がなかったことは明らかであるといえる。 したがって、被告と原告らとの間に雇用契約の合意があったと認めることはできず、原告らの主張を採用することはできない。 4 争点(3)(条理又は信義則による雇用契約関係の成否)について (1) 原告らは、被告が原告らとの間の労働契約関係の存在を前提とする言動をしており、労働契約関係の不存在の主張は禁反言の原則から許されないと主張するが、〔中略〕そのような事実を認めることはできない上、被告らの言動から原告らが雇用を期待したとしても、被告らの言動が雇用契約の申込みと同視できない以上、被告の主張が禁反言の原則に反するとはいえない。 (2) また、原告は、被告病院とA病院が実質的に同一であるとも主張するが、前記1で認定した事実に加え、被告は、被告病院の経理課長としてZ3を採用したものの、経理課長は実質的に経営判断に関与する立場にはなく、Z3はZ1の生前もA病院の経営に特段関与していなかったことも併せ考慮すると、かかる主張を認めるのは困難である。 (3) 以上によれば、条理及び信義則により労働契約が成立したとの原告らの主張についても、これを採用することはできない。 |