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ID番号 : 08694
事件名 : 建物明渡等請求事件(5705号)、地位確認反訴請求事件(15751号)
いわゆる事件名 : 第一化成事件
争点 : 会社が解雇した課長に対し借上社宅の明渡しを求め、課長は解雇無効を訴えた事案(会社敗訴)。
事案概要 : 合成樹脂加工製品の製造及び販売等を業とする会社Xが、解雇した課長Yに対し、貸与していた借上社宅の明渡しを求め、Yは、解雇が無効であるとして、Xに対し地位確認及び賃金の支払、無効な解雇をされたことによる慰謝料及び遅延損害金の支払を求めた事案である。 東京地裁は、Yの一連のいさかいの後のいきなり訴訟提起に及んだ行為をもって、Xが直ちにYを懲戒解雇としたことは相当な理由を欠き、罪刑法定主義的機能からも認められないとして、まず懲戒解雇を否認した。 次に普通解雇について、それが懲戒解雇を当然に含むとの解釈には無理があり、かつYの行状全般や性格までをも解雇理由に取り込むことを許すことになりかねず、Yの地位を極めて不安定にするものであり、また経歴詐称は、普通解雇の理由となり得ることを認めるのも相当でないし、顛末書の不提出や事情聴取に応じないことも、その行為に対する評価は普通解雇に値するものではなく、認められないとした。さらに、経歴詐称の解雇事由について、Xとしては試用期間を経て、詐欺によって重要な錯誤に陥っておらず、詐欺にも錯誤にも当たらないとして、解雇を無効とし、借家の明渡義務もないとした(本件解雇によってYが精神的な苦痛を受け、通院したものとして、通院費も一部認めた)。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒手続/懲戒手続
懲戒・懲戒解雇/懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法/懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/経歴詐称
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/始末書不提出
解雇(民事)/解雇事由/経歴詐称
裁判年月日 : 2008年6月10日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)5705、平成18(ワ)15751
裁判結果 : 棄却(5705号)、一部認容、一部棄却(15751号()控訴)
出典 : 労働判例972号51頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒手続-懲戒手続〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法-懲戒解雇・懲戒免職処分の意思表示の方法〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-経歴詐称〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-始末書不提出〕
〔解雇(民事)-解雇事由-経歴詐称〕
本件解雇は、1(2)のいさかいに関して、被告がいきなり訴訟を会社に対して提起し、原告が社内的解決を図ろうとして、調査のため顛末書の提出を求めたり事情聴取をしようとしたところ、全くこれに応じないという極めて非協力的な姿勢であった、ということを理由とするものと推測される(10月26日付解雇通知書に記載された解雇理由は抽象的であり、その事由が何を指すかは推測するほかない。)。
 いきなり訴訟を会社に対して提起するという行為は、組織の融和や自律的な問題解決を図る見地からは、非常識的な行為ということも十分に理由があるものということができる。しかしながら、被告は、証拠(〈証拠・人証略〉)及び弁論の全趣旨によれば、非協調的な性格・行動傾向があるところ、そのためもあって、原告社内で孤立していた様子がうかがわれ、E総務課長などを当てにすることできないと考えていたことが認められる。このような状況にある者にとって、自分より高位にある者から強い調子で叱責を受け、自分では「馬鹿野郎」と言われたと感じた場合、社内での解決に頼ることができず、権利として認められた裁判手続によるほかないと考えることは無理からぬものということができる。そうであれば、裁判での解決を図ろうとする者にとって、裁判外でその相手方当事者から事情聴取を受けることは、被告にとっては容認し難いところであるから、顛末書を提出せず、社長の事情聴取に応じないことも、そのような非協力的な姿勢も、無理からぬものといえる。したがって、このような状況を会社が理解せず、直ちに懲戒解雇としたことは、上記のように解雇理由が不明確であることも加わって、相当な理由を欠くというほかない。〔中略〕
C部長の指示なるものは、あるとしても口論をやめろ、という程度のもので、懲戒解雇につながるようなものとは解し難い。次に、同指示に従わなかった行為や顛末書を提出しなかった行為が、解雇理由通知書に記載されていない65条4項5号に該当するということは、懲戒処分における懲戒規定の罪刑法定主義的機能からは認めることができない。その余の原告の論理は理解し難いが、認められるものではない。〔中略〕
懲戒処分、とりわけ労働者から従業員の身分を奪う懲戒解雇においては、懲戒規定の罪刑法定主義的機能は重視されるべきである。また、懲戒解雇においては、訴訟上の見地からすれば、解雇時に明らかにされた解雇理由のみを攻防の対象とすればよいことになる。これに対し、普通解雇は、原告が主張するように、労働者の特定の非違行為を問題とする懲戒解雇と異なり、労務不適応状態全般を問題とするものという質的差異があるものである。それゆえ、前者が後者を当然に含むとの解釈には無理があり、かつ労働者の行状全般や性格までをも解雇理由に取り込むことを許すことになりかねず、労働者の地位を極めて不安定にするものである。したがって、本件解雇が普通解雇の意味を含むという主張は採用できない。
 以上により、本件解雇は普通解雇とも認められず、相当性を欠く解雇権濫用に当たるものというべきである。〔中略〕
確かに、原告主張の被告の経歴詐称は、複数の点に渡っており、重大なものといえなくもない。
 しかしながら、この理由は本件解雇時には主張されず、本訴提起後主張されるようになったものである。既に2で述べたところから明らかなように、解雇の後から解雇の理由を付け加えることを認めることは、安易な解雇を許し、後から付け加えた理由で最終的に会社が救済され、労働者が職場を失うことになりその地位を極めて不安定にするものであるから、容易に認めることはできない。本件において、原告は、被告の経歴詐称のため原告の業務の遂行に現実的かつ具体的な支障が生じていると主張しながら、他の従業員との地位・賃金の不均衡を主張するのみで、詐称された(原告が信頼した)誇大な経歴により期待された能力が被告に備わっていなかったことによる業務上の支障を具体的に主張立証していない。このことからすれば、結局被告の経歴詐称は、原告の業務に何らかの悪影響を与えたと認められないといわなければならない。証拠〔中略〕及び弁論の全趣旨によれば、原告も、被告の試用期間が満了した時点で、被告の能力が期待したほどのものではなかったが、解雇するほどのものではなかったので、正社員として採用したことが認められる。このような状況で、上記の解雇理由の付加えを許すことは相当ではない。〔中略〕
後から解雇理由を付け加えることは、安易な解雇を許し、労働者の地位を極めて不安定にするものであるから相当でない。そして、本件において、被告の経歴詐称は、原告の業務に何らかの悪影響を与えたと認められないから、普通解雇の理由となり得ることを認めるのも相当でない。原告の主張するように、被告の真の経歴では、当初被告に与えた地位・待遇では不相当であることが判明したとしても、経歴詐称したことに対する懲戒処分として降職(就業規則64条4項)として、経歴と地位・待遇の権衡を図る方法もあるのであるから、そのために解雇とする途しかないとは考えられない。顛末書の不提出や事情聴取に応じないことも、その行為に対する評価は上記2判示のとおりであり、これらを併せて普通解雇に至るのは相当でない。よって、第2の普通解雇も認められない。〔中略〕
後から解雇理由を付け加えることは、安易な解雇を許し、労働者の地位を極めて不安定にするものであるから相当でない。そして、本件において、被告の経歴詐称は、原告の業務に何らかの悪影響を与えたと認められないから、普通解雇の理由となり得ることを認めるのも相当でない。原告の主張するように、被告の真の経歴では、当初被告に与えた地位・待遇では不相当であることが判明したとしても、経歴詐称したことに対する懲戒処分として降職(就業規則64条4項)として、経歴と地位・待遇の権衡を図る方法もあるのであるから、そのために解雇とする途しかないとは考えられない。顛末書の不提出や事情聴取に応じないことも、その行為に対する評価は上記2判示のとおりであり、これらを併せて普通解雇に至るのは相当でない。よって、第2の普通解雇も認められない。〔中略〕
経歴詐称があったものの、原告としては試用期間を経て、ともかく採用することができると考えて被告を正社員として採用したのであるから、被告の詐欺によって原告は重要な部分の錯誤に陥っておらず、契約を取り消すべき詐欺にも、要素の錯誤にも当たらないというべきである。〔中略〕
 証拠〔中略〕によれば、本件解雇によって被告が精神的な苦痛を受け、通院したことが認められる。この苦痛は、本件訴訟で勝訴することによって慰謝される面があるから、本件における一切の事情を考慮し、これを償うには20万円の支払をもって相当と認める。〔中略〕
 以上により、原告の本訴請求は、解雇は相当でないから、従業員の地位と密接に結びついた社宅明渡義務は被告にはないのであり、その余の点について検討するまでもなく、理由がないから棄却する。
 被告の反訴請求のうち、地位確認の請求は、上記判示のとおり解雇は相当でないから理由がある。賃金支払の請求は、証拠〔中略〕によれば、月額賃金は45万2000円と認められ、これを覆すべき証拠はないから、上記額の限度で理由がある。慰謝料請求は上記6の限度で理由がある。