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ID番号 : 08696
事件名 : 損害賠償等請求事件
いわゆる事件名 : みなと医療生活協同組合(協立総合病院)事件
争点 : 看護師が、出産・育児に関連し病院から不当な取扱いを受けたとして損害賠償等を請求した事案(労働者敗訴)
事案概要 : 総合病院Yに師長として勤務し、育児のためいったん退職した後パートとして復帰し、後に正職員に戻った看護師Xが、〔1〕産前休職中の師長職解任、〔2〕正職員からパートへの変更、〔3〕外来勤務から夜間勤務の多い病棟勤務への異動、〔4〕深夜業制限請求の拒否、〔5〕夜勤可能となるまでの自宅待機命令、〔6〕夜間勤務の多い病棟へ職場復帰等、Yが行った一連の措置が違法・不当であるとして慰謝料請求をしつつ、異動命令の無効確認、予備的に師長解任による減給分の支払を請求した事案である。 名古屋地裁は、〔1〕〔2〕について、元々合意があり、法も許容していることであり違法なものではないこと、〔3〕については、三交替勤務についてXも承知しており、業務上の必要もあり労組活動への不利益取扱いにも当たらないこと、〔4〕は請求自体が適正のものでないこと、〔5〕については、休職処分は有給であること、しかも結論が決まるまで労務提供を免除したものに過ぎず不利益取扱いとはいえないこと、〔6〕についても、復帰時には他の部署に配転する義務が病院側にあるとはいえない、としてXの請求をいずれも棄却した。
参照法条 : 育児休業等に関する法律
労働基準法2章
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求
女性労働者(民事)/育児期間/育児期間
女性労働者(民事)/産前産後/産前産後
女性労働者(民事)/女性の深夜業/女性の深夜業
裁判年月日 : 2008年2月20日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成18(ワ)1955
裁判結果 : 棄却(控訴)
出典 : 労働判例966号65頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕
〔女性労働者(民事)-育児期間-育児期間〕
〔女性労働者(民事)-産前産後-産前産後〕
〔女性労働者(民事)-女性の深夜業-女性の深夜業〕
 原告は、師長解任が旧育児休業法の趣旨及び同法12条に基づく労働大臣の定める指針に反し、違法であると主張するが、旧育児休業法が育児休業取得を理由とする解雇のみを禁止していることは明らかであるほか、師長解任が育児休業申請の2か月以上前に行われたこと、原告が産前産後の休業を取得する前に2か月近く病休を取得したこと等に照らし、ただちに、これが育児休業取得を理由とするものであると認めるに足りず、また、労働者の育児休業の取得を事実上困難ならしめ、ひいては、法の労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものとも認め難いから、原告の同主張は採用できない。
 次に、原告は、産前休業中の降格や手当の減額は、労基法65条、4条、旧雇用機会均等法8条、憲法14条、公序良俗に違反するとも主張するが、師長解任が原告の産休取得を理由とするものであると認めるに足りる証拠はないから、同主張も採用できない。
 また、原告は、復職時に師長に復帰させなかったことは旧育児休業法9条に反し違法である、また、裁量権を逸脱した行為であると主張する。しかし、同法が事業主に現職復帰の義務を課していないことは明らかである。また、仮に、短期間に復職した者が引き続き師長職にありつづけたとしても、前記認定の事実、特に原告が外来勤務の平看護師として復帰しながら勤務を継続できなかったこと、原告が師長就任直後に妊娠し、病休し、その後1年以上職場を離れたこと、師長のポストは限られていること等に照らし、原告を師長に復帰させなかったことが裁量権を逸脱した行為であるとも認められない。〔中略〕
原告は、原告のパートへの変更の申し出にかかる意思表示が表面上の同意にすぎず真意に基づくものではないことは明らかであると指摘するが、〔中略〕原告は、外来の平看護師としてもフルタイムでの勤務が困難であることから、自らパートへの変更を申し出たものであることが窺われるし、また、そのように困難な状況となったことが不本意であったとしても、そのことと上記意思表示が真意に基づくものであるかどうかとは別の問題であるといわざるをえないから、原告の上記指摘は採用できない。
 また、原告は、被告に旧育児休業法10条及び11条等違反の行為があったと主張するが、原告が旧育児休業法10条の定める「一歳に満たない子を養育する労働者で育児休業をしない者」に該当した期間は1か月足らずしかなく、かつ、原告が勤務時間の短縮等の措置を申し出たという事情は窺えず、11条については、事業主に努力義務を負わせるに過ぎない。さらに、原告は、職場の人員配置が十分でなく、被告が24時間保育や病児保育の態勢も取らないため、他の職員に負担をかけることから、思うように休みが取れないなどと被告の育児支援策の乏しさにつき種々指摘するが、そのような措置を講じなければ、旧育児休業法が労働者に権利を保障した趣旨を実質的に失わせて、違法な状態となるとまでは解されない。〔中略〕
新病院開業に伴う病棟増設のため、病棟での経験が豊富で能力もある看護師を新たに病棟に配置する必要があったこと、原告はこれに該当すること、本件異動命令は正規の手続を踏んで発出されていることが認められ、これらの事情に照らすと、被告には本件異動命令をなす業務上の必要性があったと認められる。病棟から外来への異動が行われていることについては、病棟と外来で労働条件に違いがあるのであれば、その均衡を図るため、定期的に異動させるべき必要性があるし、原告の子は一人で満5歳に達していることも考慮すると、この点が上記判断を左右することはない。
 そして、その他、被告に不当な意図があったとの事情は認められないし、また、仮に、原告が通常通りの3交代勤務が困難な状況にあったとしても、事情によりある程度の調整ができるのであるから、そのことが本件異動命令の合理性を失わせるほどの不利益であるとも認められない。
 よって、本件異動命令が配転権の濫用に当たるとはいえない。〔中略〕
本件異動命令は、結果として原告の夜勤を免除したとはいえ、当初、被告は原告に3交代勤務をさせようとした点で一応不利益取扱いであるといい得るものの、他方、前記のとおり、被告には原告が夜勤のできない状況にあるとの認識はなく、業務上の必要性も認められるなど合理性が肯定される上、その意思決定をした師長会議においては、特段の異論なく承認されていること、本件組合は平成14年6月に外部委託に同意していること(〈証拠略〉)、原告は、本件異動命令について、当初不当労働行為であるとの主張はしていなかったこと(〈証拠略〉)も併せ考慮すると、本件異動命令が原告が労働組合の正当な行為をしたことの故をもって不利益な扱いをしたものと推認するには至らない。〔中略〕
 労働者が深夜業制限の請求をするには、事業主に対して、書面により、〈1〉請求年月日、〈2〉請求にかかる制限の初日、〈3〉常態として深夜に請求にかかる子を保育できる常態にある16歳以上の同居の家族がいない事実(原告のように同居の夫がいる場合には、夫が月に3日以上深夜において就業している場合であること)等を記載して提出することにより行わなければならない(旧育児・介護休業法施行規則31条の2、同条の4第1項)。また、事業主は、労働者に対して、労働者の書面による請求があったときは〈3〉の事実を証明することができる書類の提出を求めることができる(同条の4第2項)。
 しかるに、原告が10月22日に提出した深夜業制限請求書は、上記〈1〉及び〈2〉を実際の請求日より1か月以上遡らせたものであり、適式な請求ということはできない。〔中略〕
正職員への採用条件、原告が従来も月に1、2回程度の当直を行っていたこと、原告の同居の夫が大学院生で就業関係が判明していなかったことに照らし、被告において、原告が上記〈3〉の要件を満たしていないのではないかと疑うに十分な理由があり、また、この点に関する証明書類の提出を求めても、原告が速やかに対応しない以上、被告において、上記請求書を適式なものとして扱い、速やかに制限の措置を講じるべき義務があるともいえない。〔中略〕
 11月9日に提出した10月22日付け請求書については、これも日付を遡らせたものである上、前記〈3〉の要件に関する証明書類の提出についても、原告作成の抽象的な内容のもので被告において要件の存否を判断できるようなものではないから、11月9日付けの請求としても適式とはいい難い。
 また上記の点は別としても、10月22日の請求が適式ではない以上、10月22日付けの請求として適式になるものではないし、実質的な考慮としても、上記証明書類すら提出されない11月9日以前に被告において制限勤務の準備をしておくべきであるとはいえず、9日の時点では、既に勤務表に従った勤務が始まっているのであり、そのわずか2週間後から制限勤務を開始することは、被告の事業の正常な運営を妨げるものというべきである。〔中略〕
原告の請求がその要件を満たしているかどうか、満たしているとした場合にいつから制限勤務をさせるべきかという双方の見解の違いから、職場の人間関係が険悪なものとなったこと、さらには、原告が深夜業の制限の外、日曜祝日等の勤務も拒否するに至ったため、原告の希望を容れれば、著しい不公平を生じ、これを容れなければ原告が指示に従わず職場が一層混乱することが懸念される状況になったことが推認できる。そして、証人C及び同F〔中略〕は、「職場で軋轢・混乱が生じたことから、職場を平穏な状態に戻すため、また、原告と冷静に話し合いができる環境を作るため自宅待機を命じた。」旨証言するところ、同証言は上記事実に沿うものであって信用することができ、同証言にかかる事実が認められる。これによれば、自宅待機命令は、上記のような業務上の必要から発令されたものであると認められ、原告が深夜業の制限を請求したこと自体を理由としたものであるとは認め難い。また、このような賃金を支払う旨の自宅待機命令は使用者が労働者に対し労務提供義務を免除したにすぎず、直ちに不利益な取扱いであるとはいい難い(〈証拠略〉)。
 なお、業務命令による自宅待機命令は、賃金を支払う限りは就業親則等の根拠を要せずに行うことができ、上記事情の下ではこれが権利の濫用であるとは認められない。〔中略〕
既に病棟に配置された原告を病棟に配置し続けることが違法であるというには、被告に原告を他の部署に異動させる作為義務があることが前提となり、上記合理的必要性がないというだけでは、被告にそのような作為義務があると解することはできない。また、原告の能力・経験からして、3交代勤務ができないからといって、原告を病棟に配置する合理的必要性がないとまでは認め難い。さらに、6西病棟への職場復帰が不利益取り扱いであるとも指摘するが、自宅待機命令を取り消せば、さらに異動を命じない限り、6西病棟へ職場復帰することになるのであって、そのような作為義務がないことは上記のとおりである。