ID番号 | : | 08713 |
事件名 | : | 遺族補償給付等不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | スターライト工業・北大阪労働基準監督署長事件 |
争点 | : | 工業用部品の開発・製造会社で数次の中国出張後に自殺した社員の妻が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(妻勝訴) |
事案概要 | : | 工業用部品の開発・製造会社に入社し、中国工場の建屋建設計画責任者として数次にわたる中国出張後、自殺した生産本部営繕チームのリーダーAについて、自殺は業務に起因するうつ病によるものであるとして妻Xが申請した遺族補償給付及び葬祭料に対し、労働基準監督署長Yが行った不支給決定の取消しを求めた事案である。 大阪地裁は、Aが、中国工場建屋建設プロジェクトの担当となり、3回目の海外出張を終えるころまでの間に受けた心理的負荷は相当強く、その負荷は何度も計画が変更し、プロジェクト自体が遅延していったことの事情を加えることによりさらに強まり、孤独感も強まっていたとした。その上で、3回目の出張から帰国した日、現地法人への出向が決まったことを告げられ、過重な心理的負荷がかかり精神障害に至ったとして業務起因性を認め、Xの請求を認容した(葬祭料も認容)。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法7条1項1号 労働者災害補償保険法12条の2第1項 労働者災害補償保険法12条の2の2 労働者災害補償保険法16条 労働者災害補償保険法17条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付) 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料 |
裁判年月日 | : | 2008年5月12日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成17行(ウ)248 |
裁判結果 | : | 認容(確定) |
出典 | : | 労働判例968号177頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕 亡太郎は精神障害を発症しており、上記の経過からして、その発症は、平成12年7月末ころであると推認される(〈証拠略〉。以下「本件発症」という。)。 その病名は、ICD-10診断ガイドラインに照らすと「うつ病エピソード」であるが、亡太郎の既往歴を考慮すると、ICD-10診断ガイドラインの「F33 反復性うつ病性障害」であるとも認められる(〈証拠略〉)。〔中略〕 (1) 判断指針について 判断指針は、複数の専門家の検討結果に基づくものであり(〈証拠略〉)、一応、合理的なものであり、少なくともこの判断指針により、精神障害の発症が業務上と認められるものについては、業務起因性を認めるべきである。 なお、原告は、判断指針における「同種の労働者」(前提となる事実(8)エ参照)について、性格やストレス反応性について多様な状況にある労働者のうち、日常業務を支障なく遂行できる、同種労働者のなかで最も脆弱な者を基準とすべきである旨主張する。 しかし、業務と死亡との間に相当因果関係が肯定され、労災保険の補償の対象とされるためには、客観的にみて、通常の勤務に就くことが期待されている平均的な労働者を基準にして、業務自体に一定の危険性があることが必要というべきである。たしかに、労働者の中には、何らかの素因を有しながらも、通常の勤務に就いている者もおり、平均的労働者に、このような労働者も含めて考察すべきであるとしても、原告の主張する「同種労働者の中で最も脆弱である者」をこれと同視することはできない。 (2) 心理的負荷を与える具体的出来事 前記1(3)のとおり、亡太郎は、それまで徳庵工場の営繕チームにいたところ、平成12年2月、本件プロジェクトの設備面の責任者となったのであるから、判断指針別表1の「配置転換」があったに該当するといえるが、本件会社において、海外に新工場を建設するというプロジェクト自体は、本件会社の既存の部署に異動するだけでなく、むしろ、その規模や目的からすると、本件会社において通常行われない、しかも、その存立にかかる重要な事業というべきであり、むしろ、実質的には「新規事業の担当になった」ともいうべきであり、その平均的ストレス強度は「Ⅱ」に該当する(出来事としては、一個の出来事として考えるべきであるから、それだけで強度を修正する必要はないと考える。)。そして、亡太郎は、この出来事の後である平成12年7月末に「うつ病エピソード」もしくは「反復性うつ病性障害」を発症している。〔中略〕 長期出張をもって転勤した(前記〈1〉)ということはできず、また、単身赴任した(前記〈3〉)ということもできない。むしろ、これらの事情は、上記新規事業の出来事の心理的負荷の強度を修正する要素、出来事に伴う変化等を検討する要素として考慮すべきである。〔中略〕 本件プロジェクトは、多額の投資を行って中国に新工場を建設し、これを稼働させ、コスト高の徳庵工場の生産を中止するというものであり(前記1(3)ア)、本件プロジェクトが遅延することによる本件会社の損害は大きい。仮に、これらの遅延の原因が、亡太郎の責任とはいえないにしても、本件プロジェクトの設備担当の責任者であった以上、設備関係の中心ともいえる工場建屋の建築が、最初の段階から遅延することにより、本件プロジェクト自体が遅延することについて、亡太郎が、強い心理的負荷を受けていたと認めるべきである。実際、3回目の出張の時点でも、移転設備のデータが揃っておらず(〈証拠略〉)、亡太郎は、当初、出張では張り切っていたのに、3回目の出張後、原告に「なかなか計画どおりに進まない、計画がころころ変わる。」とこぼすなど、その心理的負荷は強かったというべきである。そして、亡太郎の上記反応は、むしろ平均的な労働者にとって、通常の反応というべきであり、これを個人の脆弱性に帰することは相当ではない。〔中略〕 亡太郎が、本件プロジェクトの担当となり、3回目の海外出張を終えるころまでの間に受けた心理的負荷の強度は、既に検討した前記ア、イの事情に、何度も計画が変更し、本件プロジェクト自体が遅延していったことの事情を加えることにより「Ⅲ」に修正されるべきである。〔中略〕 出来事に伴う変化等については、全体として相当程度過重であったというべきである。 (5) 総合評価 以上の検討によって総合評価するに、業務による心理的負荷の程度は「強」と認めるのが相当である。したがって、亡太郎の受けた心理的負荷は、通常、精神障害を発症させるような強度の心理的負荷であったというべきである。 (6) 個体側要因 几帳面で真面目である(前記1(8))という亡太郎の性格は、「うつ病親和性性格」であり、実際に、亡太郎は、平成8年にうつ病を発症している(前記1(2)イ)。これからすると、亡太郎の個体側に脆弱性があったことは否定できないが、その後、回復し、症状が現れることなく勤務していたこと(前記1(2))、本件プロジェクトの担当になった当初は、張り切ってこれに取り組んでいたこと(前記1(3)イ)、その後、総合評価として「強」といえる心理的負荷が加わった(前記(5))ため本件発症に至ったことが認められる。そうすると、本件発症は、亡太郎の上記脆弱性が有力な原因となって発症したと認めることはできない。他方、本件発症当時、業務外の心理的負荷が存した形跡もうかがえず、本件発症の業務起因性を否定することは相当ではない。 (7) まとめ 以上によれば、亡太郎が受けた心理的負荷の程度は強かったといえ、亡太郎の発症した精神障害に業務起因性を認めるべきである。 第5 結論 以上の検討によれば、本件発症に業務起因性がないとした本件不支給処分は取り消されるべきであるから、原告の本件請求は理由があり、これを認容する |