全 情 報

ID番号 : 08723
事件名 : 地位確認等請求事件
いわゆる事件名 : 東京エムケイ事件
争点 : タクシー会社の元運転手が追突事故で受傷し解雇され、地位確認、賃金等の支払を請求した事案(労働者勝訴)
事案概要 : タクシー会社Yの元運転手Xが、追突事故による受傷・休業・復職を経て、〔1〕二種免許を失効し、タクシー運転手としての業務に耐えないこと、〔2〕配置転換を求めたが就労の意志が見られないことを理由に解雇され、Y社に対し地位確認、賃金等の支払と、損害賠償等を求めた事案である。 東京地裁は、〔1〕運転手としての業務に就けなくなったとしても、就業規則の普通解雇事由「免許取消しとなりタクシー、ハイヤー乗務員としての業務が出来なくなったとき」との規定は、免許取消しを要件としていることから資格喪失が解雇になることの根拠とはならず、〔2〕Xに就労意志が見られないとの事由についても、Yは交渉を進めるため脅迫するかのように解雇通知を発しているとして、解雇事由は存在しないとした。一方、裁判所の強い勧めによりいったんは復職しながら再び出社しなくなるなどXにも職務放棄がみられるが、Yは退職に追い込もうとしていたと評価でき、この後の第二次解雇(懲戒解雇)も解雇権の濫用があり無効であるとしてXの地位確認の請求を認め、賃金については、極端に少ない時期を除いた分の平均額を相当として支払を命じた(損害賠償請求については、対立は双方に責任があり、解雇は不当であっても不法行為とまではいえないとして棄却した)。
参照法条 : 労働基準法2章
体系項目 : 解雇(民事)/解雇事由/就労不能
解雇(民事)/解雇事由/業務命令違反
解雇(民事)/解雇権の濫用/解雇権の濫用
解雇(民事)/解雇事由/資格免許の未取得・取消
裁判年月日 : 2008年9月30日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)1743
裁判結果 : 一部認容、一部棄却(控訴)
出典 : 労働判例975号12頁
労経速報2019号22頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔解雇(民事)-解雇事由-就労不能〕
〔解雇(民事)-解雇事由-業務命令違反〕
〔解雇(民事)-解雇権の濫用-解雇権の濫用〕
〔解雇(民事)-解雇事由-資格免許の未取得・取消〕
労働契約書には、業務内容をタクシー運転手に限定する趣旨までの記載はないが、タクシー運転手としての採用に応募して雇用された者は、タクシー運転手として勤務することを予定、希望して入社してきているのだから、他の職種への転換を本人の同意なく命じることは、当事者の合理的な意思に反することになろう。しかし、当事者の合理的な意思としても、資格を失った場合に当然退職することまでは想定していないと解される。さらに、二種免許は、平均的な能力のある人間であれば取得できる資格であり、高度の専門性のある資格とまではいうことができない。また、被告の事業規模であれば、他の職種を提供することは困難とは解されず、被告には他に様々な職種があることが弁論の全趣旨からうかがわれる。そして現に、給与との不適合のきらいはあるものの、清掃職を被告は原告に担当させている。このような点を考慮すると、タクシー運転手は、その業務に就けなくなったとき、使用者が当然に解雇等により契約を打ち切ることができるか、という問題については、否定されるというべきである。被告の就業規則20条1項9号で、普通解雇事由として「免許取消しとなりタクシー、ハイヤー乗務員としての業務が出来なくなったとき」と規定しているのは、免許取消しを要件としていることから、帰責的・懲戒的な要素を考慮したものと解され、本件のような場合とは異なり、資格喪失が解雇になることの根拠とはならないと解される。
 したがって、被告は、原告が二種免許を喪失したことのみをもって、原告を解雇することはできない。〔中略〕
原告・被告いずれも自己の主張に固執するあまり、タクシー運転手として稼働することができなくなった後の原告の処遇について話し合う機会を持ち得なかったものといえる。原告は、書面による回答に固執したが、これは、直接面談すれば、上司と対する威圧的な雰囲気の中、退職に追い込まれると判断したことによるものと思われ、二種免許を失いかけており、自己の職業生活上の基盤が失われようとしている原告としては無理からぬところもあるものといえる。他方、被告としては、原告の二種免許が失われることから、職種限定契約であるとの前提に立ち、新たな雇用契約の締結の必要があるとの考えに固執した。そのため、被告の真意が必ずしも退職させることになかったとしても、原告が書面による回答に固執しているのに、一度も書面による回答をすることなく、電話や直接の面談に固執し、その挙げ句、交渉が進展しないことから、いわば脅迫のように解雇通知を発して、これによるも原告の対応が変わらないと見るや、就労意志なしとして解雇してしまったものといえる。しかし、上記のような原告の対応からすれば、単に就労する意志がないだけのものと見るのは相当でなく、被告が交渉を進めるために(被告は交渉は継続している)、脅迫するように解雇通知を発したのも相当でないから、本件第一次解雇は解雇事由が存在しないといわざるを得ない。〔中略〕
本件第一次解雇は、解雇の理由のないものであり、公益通報をしたことによるものか否かを検討するまでもない。しかし、後記不法行為の予備的請求原因ともなっているので一応検討する。被告の主張する解雇事由は、前記争いのない事実(4)のとおりであり、他の理由とは解されない。原告が公益通報と称するものは、証拠(略)からは、その事実が労基法違反に当たるかどうかはさておき、原告の真意は、被告に対し自己の主張を通すために、強調する方法として労基法違反を修飾語として用いているにすぎないものと考えられ、被告もこれに真摯に対応していたとは解されない。したがって、本件第一次解雇は、公益通報をしたことによるものとはいえないというべきである。〔中略〕
 被告は、前記争いのない事実(6)記載のとおり、原告を懲戒解雇した(本件第二次解雇)。
 (2) 上記認定したところによれば、この時も、本件第二次解雇の時同様、原告・被告とも自己の立場に固執しており、原告は容易に職務を放棄していると評価されてもやむを得ない行動に出ている。他方、被告は、原告が本件事故により体調不良であることを認識していながら(被告のC所長はこのことを認識している。書証(略))、それまで原告に担当させていた社屋内の清掃業務を外し、冬季に水で、数台の洗車やマット清掃をするという健康な者でもつらい業務を担当させることに固執しており、いかに作業内容と賃金の不適合があるとはいえ、これは原告を退職に追い込もうとするものとの評価を免れない。これらの事情を総合すると、被告就業規則の効力や、本件第二次解雇の手続的適正を検討するまでもなく、同解雇は、解雇権の濫用として無効であるといわざるを得ない。〔中略〕
被告が原告に対してした本件第一次解雇、同第二次解雇とも、解雇事由が存在しないもので、解雇権の濫用として無効というべきである。したがって、原告の地位確認の請求は理由がある。〔中略〕
原告に支給されていた賃金は、タクシー運転手のもので、これは売上げに連動した賃金体系であり、基本給の額は極めて少ない上、その額も一定せず、もはや運転手として稼働することのできない原告の賃金として基準とすることは必ずしも適切でない。また、原告は、仮処分命令により、毎月25万円の支払を受ける権利を得て、被告は清掃作業の賃金としてこれを支払っていたようであるが、仮処分により支払が命じられたものは賃金そのものではない。そうすると、原告は運転手以外の職ではほとんど稼働していない上、今後被告において行う業務も決まっていないのであるから、運転手でない職で復職する場合の賃金の額を定めるのは困難である。結局、原告の賃金としては、書証(略)の離職票により、平成17年12月から、平成18年5月までの間に支払われた賃金額のうち、極端に少ない平成18年1月分を除いた分の平均額を取ると約24万円となるので、原告の生活状況や仮処分の結果も考慮して、25万円を認容するのが相当である。このことは、原告のタクシー運転手としての賃金を引き下げる結果となるが、原告がタクシー運転手の職を離れても被告にとどまることを望んだ結果であり、原告の同意を得ているものというべきで、かつその業務の内容や賃金について合意が成立する見込みがないので、やむを得ないものというべきである。〔中略〕
被告の解雇の主張はいずれも理由がないが、原告・被告間の対立は、要するに、双方が自己の立場に固執して譲らないことに帰因するもので、原告主張の事由は、不当解雇とはいえても、不法行為と評価されるようなものではない。また、原告の精神的損害は、復職が認められれば償われるようなもので、金銭による慰謝を要するものではない。よって、原告のこの請求は理由がない。
 8 結論
 よって、原告の請求は、主文第1、2項の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、主文のとおり判決する。