ID番号 | : | 08732 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | |
争点 | : | 小売会社元従業員らが適格年金制度廃止に伴う債務不履行により損害賠償を請求した事案(元従業員敗訴) |
事案概要 | : | 小売業を営むY会社の元従業員X1ら(X1~X12)が、適格年金制度を廃止したこと及び廃止に伴う清算金の支払いに関し債務不履行があるなどと主張して、Yに対し、損害賠償金等の支払を求めた事案である。 Yは、昭和57年の適格年金制度設立時には給付利回り年5.5%で運用した金額を年金として終身給付するとしていたものを、平成11年には、新規受給者へは3%に下げ、また支給期間も20年間に限ることとした後、平成17年には本件制度自体を廃止し、3%の一律割戻率(現価率)で一時金を全員に支給した。 東京地裁は、〔1〕同制度の廃止について、元々制度の改廃権をYに留保しているものであり、本件年金基金の運用実績が低迷し、予定利率を大きく下回っていることなどの事情の下では、Yが本件制度を廃止したことは有効というべきであると判断し、〔2〕一時金の一律3%支給については、X1らは、Yから合理的な現価率(3%)を用い算定された年金の現価額の支払を得ている以上、Yにおいて年金の分配に関する債務不履行はなく、仮に年金基金に余剰が生じることになるとしても、制度上、X1らがその余剰金に対して分配請求権を有するものではないとして、請求をいずれも棄却した。 |
参照法条 | : | 労働基準法89条 民法415条 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/退職金/退職年金 就業規則(民事)/就業規則の一方的不利益変更/退職金 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求 |
裁判年月日 | : | 2008年9月10日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成18(ワ)24886 |
裁判結果 | : | 請求棄却(控訴) |
出典 | : | タイムズ1283号125頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-退職金-退職年金〕 〔就業規則(民事)-就業規則の一方的不利益変更-退職金〕 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕 ア 原告らは、主位的請求との関係でも、本件制度を廃止したことが違法であることを債務不履行の請求原因の1つとして主張する。しかし、原告らの主位的請求は、被告による本件制度の廃止が有効であることを前提として、適正な清算金との差額に相当する額の損害賠償を求めるものであるから、その廃止の違法を主張する原告ら上記主張は、主位的請求との関係では、失当である。 イ 次に、原告らは、被告が本件制度の年金基金を適正に分配しなかったことを債務不履行の請求原因として主張する。そこで、検討するに、本件規定32条1号は、本件制度が廃止される場合の年金基金の分配について、年金受給権者は、制度廃止後受給すべき年金の現価額を限度としてその割合に比例した信託財産の分配を受ける旨を定めている(前記第2の2(3)ケ)。そして、本件規約上、年金の現価額の算定方法についての具体的な定めはない(甲1)が、これは、社会通念上合理的な現価率を用いて現価額を算出することを当然の前提とした規定と解するのが相当である。そこで、被告が原告らに対し、このような方法で算定された年金の現価額を支払ったといえるか否かを検討するに、前記のとおり、退職年金制度の廃止に伴う解約における現価計算の際に使用する利率(現価率)については、責任準備金を計算する率、すなわち予定利率を使用することが一般的取扱いであること(前記(1)コ)、被告における予定利率は、3%であること(前記(1)エ)、そして原告らは、将来受け取るべき年金額を3%で割り戻した金額を受け取っていること(前記第2の2(11))、原告ら自身、3%受給者については、3%の運用利率で割り戻すべきであると主張していること等の事実が認められ、これらによれば、被告は、原告らに対し、社会通念上合理的な現価率を用いて算出された年金の現価額の支払を受けたといえるから、被告において、年金の分配に関し、原告に対する債務不履行があったとはいえない。 原告らは、年金基金から、受給者に対し、その将来受け取るべき年金額を割り戻した金額が支払われた後、なお余剰金が生じた場合にはその分配を請求できると主張するが、前記のとおり、本件規定32条1号は、制度廃止後受給すべき年金の現価額を限度として分配を受ける旨の規定であり、同条は、原告らが主張するような余剰金の分配請求権について定めるものではないし、他に本件規定上、受給者に対し、このような余剰金に対する分配請求権を認めた定めはない。しかも、本件規定30条は、3年に1度行われる財政再計算の結果、将来の給付のために留保すべき金額を超える金額が生じた場合には、被告はその返還を受ける旨規定していること(甲1)、本件制度においては、前記(1)ウ及びオのとおり、受給者が受ける年金の総額は確定しており、本来、年金基金の運用結果と関わらないものであること、運用の結果が芳しくなければ、被告の責任においてそれを填補する義務があり、現に、被告の年金基金に対する拠出額は、平成10年以降でも42億円に上っていること(前記(1)オ)などに照らせば、本件制度の廃止時において、仮に余剰金が生じたとしても、規定に特段の定めがないにもかかわらず、受給者である原告らがそれを取得できると解すべき実質的な根拠もない。 このように、受給者に余剰金の分配請求権があることを前提とする原告らの上記主張は理由がない。 ウ また、原告らは、被告が本件年金制度の廃止について、5.5%受給者の同意を得るため、同人らに対し、不当に低い割戻率と不当に長い平均余命に基づき算出された、不当に多額の清算金を支払っており、不公平であるなどと主張する。しかし、割戻率(現価率)の点については、平均余命(終身受給の5.5%受給者の場合)又は残支給期間(支給期間20年の3%受給者の場合)により総額が確定される将来の年金給付額を、一時に払戻を受ける場合の現在価値を算出するための数値であって、受給者の退職金に対する給付利回りとは無関係であり、5.5%受給者と3%受給者とで同じ割戻率を用いるのがむしろ合理的というべきである。平均余命の点についても、前記(1)クのとおり、平均余命をより短く計算できる表が存在するとしても、一定の合理的根拠に基づいて算出された平均余命が用いられるのであれば、分配の公平性を欠くことはないというべきである。 したがって、原告らの上記主張も理由がない。 (3) 結局、被告に債務不履行がある旨の原告らの主張は、いずれも理由がない。 2 争点(3)(本件年金制度の廃止の効力)について 前記第2の2(3)クのとおり、本件規定31条は、「本制度は、経済情勢の変化、社会保障制度の改正または会社経理内容の変化等に応じて、改廃することができる」と定め、被告に本件制度の改廃権を留保し、かつ、同規定32条1号は、本件制度の廃止の場合における受給者に対する清算金について定めているから、本件制度の廃止の効力は、受給者に対しても当然に及ぶものと解される。 そして、前記1(1)オ、第2の2(7)のとおり、被告は、本件年金基金の運用実績が低迷して予定利率を大きく下回り、それが好転する見通しも認められず、被告の本件年金基金に対する拠出金が、年金給付の財源不足を補うための追加拠出金を含め、相当多額に上っているという事情を踏まえ、現役社員との公平を考慮して廃止したものであり、本件規定の上記要件(経済情勢の変化等)を満たしていると認められるから、本件制度の廃止は有効なものと解される。 これに対し、原告らは、本件制度廃止の必要性が認められないこと、本件制度廃止理由についての適切な説明がなかったこと、受給者の個別の同意がないこと、受給者間の清算が公平でないことから無効であると主張する。しかし、上記のとおり、本件制度廃止の必要性が認められ、また受給者間の清算についても公平性に疑義を生ぜしめる点はない。また、本件規定上、本件制度の廃止について、受給者に対する説明も、受給者の個別的同意も要件とされてはいないから、これらを欠くことを理由に本件制度廃止を無効とする原告らの主張は失当である。 したがって、原告らの上記主張は理由がない。 |