ID番号 | : | 08735 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | N社事件 |
争点 | : | 系列会社に移籍した従業員らが従前の会社との賃金額保障の約定の履行を求めた事案(従業員ら勝訴) |
事案概要 | : | 貨物自動車運送会社Yの系列宅配便会社Aを退職してY社に営業社員として入社したX1ら(X1~X4)が、〔1〕従前A社で得ていた基本給額は最低限保障する、〔2〕従前A社で得ていたのと同様の一時金を支給するとの約定があったと主張して、その差額の支払を求め、予備的に、Yが上記最低保障するつもりがないのに欺罔したとして信義則違反を理由とする損害賠償等の支払を求めた事案である。 大阪地裁は、まず、基本給額の最低限保障をYが約束したといえるかについて、口頭で前の会社の賃金(月例賃金及び一時金)と同額を保障する旨約束したとの事実が認められるとして差額支払請求を認容し、Yがその後実施した賃金規程改定2件、及び改めて賃金の最低保障について取り決めたとされる労働協約についても、X1らの請求を否定する要素にはならないとしてYの主張を斥けた(ただし、Yによる時効の援用は認容。またYの信義則違反を理由とするX1らの損害賠償請求も斥けた)。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 労働基準法3章 労働基準法9章 労働基準法115条 民法709条 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金請求権の発生/協約の成立と賃金請求権 賃金(民事)/出来高払いの保障給・歩合給/出来高払いの保障給・歩合給 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求 |
裁判年月日 | : | 2008年9月26日 |
裁判所名 | : | 大阪地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成18(ワ)1359 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却(控訴) |
出典 | : | 労働判例974号52頁 労経速報2021号3頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 本久洋一・法学セミナー54巻7号125頁2009年7月 |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-賃金請求権の発生-協約の成立と賃金請求権〕 〔賃金(民事)-出来高払いの保障給・歩合給-出来高払いの保障給・歩合給〕 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕 賃金の支払約束は、雇用契約の本質的要素であり、労働者の関心が高いことは言うまでもない。原告らは、特段の希望があったわけでもないのに、被告の営業方針上の理由から被告への移籍が求められていたものである。それにもかかわらず、賃金の低下、殊に一時金の金額が不確定となることが見込まれる移籍後の賃金体系が設定されている被告への移籍について、原告らが何ら異議を述べたり抗議をしなかったというのは、格別の理由があったからであると考えざるを得ない。原告Aについては、少なくとも一部は操配業務を担当していたものであり、乙19の賃金体系によれば、管理職的な業務であるにもかかわらず(証人H)、日額6000円となってしまうのであり、移籍に同意したと考えるためには、なおさら格別の理由があったとしか考えられない。 そこでかかる格別の理由について検討するに、原告らの、E運輸における賃金額を保障する旨被告が約束したとの供述(原告A本人、原告B本人、原告C本人、原告D本人)は、格別の理由として合理的かつ自然であり、信用できる。殊に、少なくとも一部は操配業務を担当し、歩合給に完全によることができなかった原告Aについては、従前の賃金額を保障する旨の約束があったと考える以外の説明は困難である。また、原告らの被告への移籍の目的が、集配担当者を「町のセールスマン」として地域に根ざした営業を行わせる施策の一環であること(乙32)、従前担当しており慣れた者が引き続き同じ地域を担当することが想定されていたこと(証人H)、従前の集配担当者の3割から4割くらいを被告に移籍させる目標があったこと(証人H)からすると、原告らを被告の下に誘うべく、積極的に被告が好条件を提示した可能性も否定できないところである。〔中略〕 被告が乙1ないし乙4の記載や乙19の提示とは別途に、口頭でE運輸の賃金(月例賃金及び一時金)と同額を保障する旨約束したとの事実が認められる。〔中略〕 最低保障給につき、「調整後」の金額から一定割合を減じているとはいえ、被告が平成12年5月から同年7月までに原告らに対して支給した金額は、家族手当や能率給をも基礎として含んだ金額に単純な時間外手当、休日手当、深夜残業手当の計算をして算出している。そうすると、家族手当や能率給部分について、法令どおりの調整をせずに計算することについて、当事者間で合意があったと推認するのが相当である。〔中略〕 収入の大きな部分を占めていた一時金につき、原告らが何ら被告と約束することなく、被告と雇用契約を締結したと考えることは困難であるのは前記のとおりである。少なくとも、E運輸から得ていた一時金の8割については、最低限被告が支払うことが合意されていたと認められる。〔中略〕 平成12年6月2日付け賃金規定の改定(乙5の別紙2)は、これを適用すると、原告Aについては、前記で認定した移籍時の賃金保障約束額を、日額で2割以上減額するものであり、就業規則の不利益変更にあたる。その余の原告についても、平成12年10月1日以降に下限の最低保障額(日額7200円)が適用された場合、前記で認定した移籍時の賃金保障約束額を約3割減額するものであり、不利益変更にあたる。 かかる就業規則の不利益変更にあたっては、その合理性が要求される。ここにいう合理性とは、就業規則の変更によって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。〔中略〕 平成12年6月2日付け賃金規程の改定(乙5の別紙2)のうち、賃金に関するものは、原告らとの関係では、無効である。〔中略〕 労働協約によって、従前存した労働紛争を解決することは十分考えられ、上記労働協約がその趣旨であると捉えることも通常は考えられるところであるが、解決金の支払等の代償的措置もないままであり、原告らにとって不利益な条項を了承した形式となっている。原告らと被告らとの間の紛争をG労働組合大阪支部において終結させたことをうかがわせる証拠もない(原告らからG労働組合大阪支部に対し、交渉結果についての問い合わせを行っているが(甲14)、何らの返答もない状況である。)。 労働者の地位の向上を目的とする労働組合がかかる合意をなすとは容易に考えられないところであり、合理的に解釈すれば、上記労働協約は、原告らの賃金について紛争が存する状況下で、当面、被告が最低限支払うべき金額を定めたものに過ぎず、原告らの賃金についての法的な確定は、その後の関係者の交渉や履践する法的手続に委ねたものと認めるべきである。〔中略〕 原告の時効援用権の濫用に関する主張は、原告らが権利行使をすることを妨げられていたとするものではなく、被告が時効を援用することが特に正義に反するような事情にも当たらないので、理由がない。〔中略〕 原告らの信義則違反を理由とする債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償の請求は、必ずしも「損害」と目するものが明らかでないが、〈1〉原告らが得られたはずの賃金を得られなかったとするものであれば、時効消滅したものについては、損害が現存しないというべきである。また、被告が履行しないことについて、違法性がない。仮に、〈2〉だまされて雇用契約を締結し、労務を提供させられたことそのものが損害であるとするなら、労務の客観的価値そのものについて主張立証すべきであるが、これがない。例えば、トラック運送事情に携わる従業員の平均賃金の表(乙41)や系列作業会社賃金体系一覧表(甲12の末尾の表)に示されるように、労務の客観的価値は、様々に考えられ、契約とは別個に定まるものであり、単に、原告らと被告との間で雇用契約上、一定の賃金が定められていたというだけでは不十分である。 したがって、信義則違反を理由とする債務不履行又は不法行為は、成立しないものと認められる。〔中略〕 弁論の全趣旨によれば、別紙9ないし別紙12(省略)の各その他欄記載の金額につき、備考欄記載の理由により控除すべきであることが認められるので、これを控除することとした。 |