全 情 報

ID番号 : 08740
事件名 : 退職金請求事件
いわゆる事件名 : モルガン・スタンレー証券事件
争点 : 集団移籍者と共に退職届を提出し懲戒解雇された証券会社部長が退職金の支払を求めた事案(従業員一部勝訴)
事案概要 : 証券会社Aに入社し(その後A社の営業を譲り受けたY社が訴訟の被告引受人となった)、国債を担当するセールスチームの責任者として勤務していたXが、同調する集団移籍者と共に退職届を提出したところ、A社はXを懲戒解雇し、退職手当金及びSRP(積立金、追加積立金)の支払を拒んだ(集団移籍者には支給)ため、Xがこれの支払を求めた事案である。 東京地裁は、まずSRP支給規定について、「会社の利益または名声に実質的な損害を与える行為や怠慢」により退職となった場合にはSRP積立金の一部又は全部が支給されないとの定めは、A社の利益又は名声に「実質的な」損害を与えたことに限定するものであるが、不支給についての規定が文面上不明確であるから無効であるとはいえないし、またその性質が功労報償的要素を含んだ任意的恩恵的給付であることを否定できず、したがってSRP規定7条但書は労働基準法24条に反しないとした。一方、本件懲戒解雇は、Yが外資系証券会社であることをふまえると客観的・合理的理由を欠き、社会通念上相当として是認することができないことから権利の濫用として無効であり、XはYに対し退職一時金の支払を求めることができるとして、請求を一部認容した。
参照法条 : 労働基準法24条
労働基準法2章
労働基準法9章
体系項目 : 懲戒・懲戒解雇/懲戒権の濫用/懲戒権の濫用
懲戒・懲戒解雇/懲戒事由/会社中傷・名誉毀損
賃金(民事)/退職金/懲戒等の際の支給制限
裁判年月日 : 2008年10月28日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成17(ワ)24095
裁判結果 : 認容(控訴)
出典 : 労働判例971号27頁
労経速報2025号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔懲戒・懲戒解雇-懲戒権の濫用-懲戒権の濫用〕
〔懲戒・懲戒解雇-懲戒事由-会社中傷・名誉毀損〕
〔賃金(民事)-退職金-懲戒等の際の支給制限〕
SRP規定7条ただし書きは、「会社の利益または名声に実質的な損害を与える行為や怠慢」により退職となった場合には、SRP積立金の一部又は全部が支給されないと定めている〔中略〕。
 この「会社の利益または名声に実質的な損害を与える行為や怠慢」とは、本件会社の利益又は名声に「実質的な」損害を与えたことに限定するものであり、表面的又は形式的に利益や名声が害された場合を除くことが明らかであって、客観的に明確な内容となっている。
 したがって、前記規定が文面上不明確であるから無効であるとはいえない。〔中略〕
SRPは、労働基準法11条にいう労働の対償としての「賃金」ではなく、功労報償的要素を含んだ任意的恩恵的給付であり、毎年積立額が確定するけれども、その支払義務は、制度上、当該社員が退職すること及び不支給事由がないことを要件として具体的に発生するものであるといえ、集団移籍者に対しては、SRPの全額が支払われていること、本件会社では以前、積み立てられたSRPを担保に社員に貸付を行う制度が存在していたこと、SRP規定9条が制度の改廃の場合に「有資格者のためにすでに累積された積立金額を減額することはできない。」と定めていることをもってしても、その性質が任意的恩恵的給付であることを否定できない。
 したがって、SRPの支給制限事由(不支給事由)を定めるSRP規定7条ただし書きは労働基準法24条に反しないというのが相当である。〔中略〕
本件懲戒解雇の理由を示した本件通知書記載の懲戒解雇事由(第2の1(6)ウ)のうち、原告が「退職1か月前に辞職通知を提出しなかったこと」、原告が「本件会社の従業員であった間に他の本件会社従業員に辞職を勧めアムロ証券による雇用の手配をしていたこと」が認められ、これらが行為規範及び就業規則に違反しているとはいえるけれども、原告が「アムロ証券による雇用中に本件会社の専有情報を使用するつもりであると述べていたこと」を認めることはできない。
 (イ) 原告が「退職1か月前に辞職通知を提出しなかったこと」については、本件会社は、原告の退職日を本件退職届提出日から1か月後であると取り扱い、事実上、就業規則第33条1項bに沿った措置を講じていること(第2の1(6)ウ、本件通知書)、原告もこれに異議を述べておらず、本件会社も原告に引継のため出社を求めていないこと(証人L、原告本人及び弁論の全趣旨により認める。)からすれば、原告の本件退職届の提出が1か月前にされなかったことをもって、本件懲戒解雇の正当性を基礎づける程度の悪質さを認めることはできない。
 (ウ) 原告が「本件会社の従業員であった間に他の本件会社従業員に辞職を勧めアムロ証券による雇用の手配をしていたこと」については、原告が金利営業本部部長として日本国債取引チームの統括者の立場にあったこと(第2の1(3)イ)、本件会社への退職の告知は秘密裏に計画的に準備された上、予告なく集団で同時にされたこと(第3の2(1)ウ(ク)、(ケ))からすれば、原告について懲戒を行うべき悪質性が全くないとまではいいがたいところではある。
 しかしながら、原告が本件会社に在籍中、平成16年の組織変更で日本国債取引チームの営業活動では従前のような大量引受という方法をすることが難しくなっていたこと〔中略〕、原告やCの総報酬が平成16年度では激減していたこと(同(エ))、組織変更で日本国債の取引の経験がないBやVが原告の上司となり、日本国債の落札を控えたため、市場でのプレゼンスが低下したこと〔中略〕)等、本件会社の組織上、業務上の環境は、Mが統括していたころに比べ、原告らにとって満足できないものとなっており、原告らにキャリアアップを図るべく転職をするという動機が生じても不合理ではない状態にあったといえる。
 そして、原告ら8名が本件会社における日本国債取引チームの主要メンバーであったけれども、原告らが退職した後に本件会社は社内異動や新規採用によって後任者を充て、又は後任者を充てずに残存のメンバーで業務を続けていること((1)エ(イ))からすれば、日本国債取引チームが壊滅したこともなく、本件会社の業績が平成17年3月期に比べ平成18年3月期に著しく悪化したということもなく、むしろ大幅に改善されている〔中略〕。
 加えて、原告が集団移籍者に対しアムロ証券への勧誘を強要したこと、アムロ証券に対し集団移籍者以外の国債取引チームの構成員の氏名や地位、収入及び本件会社の顧客名と顧客の資産内容、国債取引のノウハウなどを開示したことを認めるに足りる証拠はない。
 してみると、原告が「本件会社の従業員であった間に他の本件会社従業員に辞職を勧めアムロ証券による雇用の手配をしていたこと」については、原告の本件会社における地位、待遇、集団移籍の態様、その影響等の事情を総合考慮するときは、就業規則41条1項に定める懲戒処分のうち、従業員にとって最も重い懲戒解雇を選択すべき「違反行為の程度」であったともいい難い。〔中略〕
本件会社の原告に対する本件懲戒解雇は、本件会社が外資系証券会社であることをふまえるときは、原告の主張するその余の点について検討するまでもなく、客観的に合理的理由を欠き社会通念上相当として是認することができず、権利の濫用として無効であるというのが相当である。
 イ 不支給の相当性について
 本件懲戒解雇は無効であるから、原告について、キャッシュバランス型退職金規程に基づく退職手当の不支給事由はない。したがって、原告は、被告引受参加人に対し、退職一時金512万3974円の支払を求めることができるとするのが相当である。
 また、原告がした集団移籍者に対するアムロ証券への移籍勧誘については、前記ア(ウ)ないし(カ)のとおり、本件会社に実質的な損害を与えるものではないし、本件会社の社会的評価(名声)を低下させるものでもないから、SRP規定7条に定める不支給事由はないというのが相当である。したがって、原告は、被告引受参加人に対し、原告が平成12年度から平成16年度までに積み立てたSRP積立金合計1億8209万1426円及びSRP追加積立金314万5280円の各支払を求めることができるとするのが相当である。〔中略〕
 前記第2の1の事実、前記第3の2(1)の事実、同(2)の検討において考慮した事実を踏まえても、原告が被告引受参加人に退職金等を請求することが権利の濫用にあたるとはいえず、他に原告が被告引受参加人に退職金等を請求することが権利の濫用にあたることを認めるに足りる証拠もない。〔中略〕
 前記1で判断したとおり、SRPは労働基準法上の賃金ではないから、被告引受参加人が、原告の被告引受参加人に対するSRP支払請求権を受働債権とし、被告引受参加人(本件会社)の原告に対する損害賠償請求権を自働債権として、対当額において相殺することは法的には可能であるといえる。
 しかしながら、被告引受参加人(本件会社)の原告に対する(約46億円の)損害賠償請求権が存することについて、これを認めるに足りる証拠はない。