ID番号 | : | 08742 |
事件名 | : | 遺族補償給付不支給処分取消等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 青森労災病院・八戸労働基準監督署長事件 |
争点 | : | 労災病院薬剤師の自殺につき、妻が遺族補償給付等不支給処分の取消しを請求した事案(妻敗訴) |
事案概要 | : | A病院に勤務していた薬剤師Cがうつ病を発症し自殺したことにつき、妻が申請した遺族補償給付及び葬祭料について、労働基準監督署長Yのなした不支給処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、うつ病エピソード発症の業務起因性について、日常業務、勤務時間、新薬剤管理システム構築業務、出張中の業務内容、上司の病気休職及び死亡など、いずれの要素も強い心理的負荷をもたらすものとは評価できず、いわゆる「判断指針」によっても、うつ病エピソード発症及び死亡に業務起因性を認めることはできないとした。また、職場復帰後のうつ病エピソード増悪及び自殺と業務起因性についても、業務に内在する危険によってうつ病エピソードが増悪したとは認められないし、必ずしも業務に従事する必要はなかったことからしても、復帰後の業務によりうつ病エピソードが増悪したとの業務起因性を認めることはできないとして、Xの請求を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法16条 労働者災害補償保険法17条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付) 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料 |
裁判年月日 | : | 2008年11月13日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成19行(ウ)130 |
裁判結果 | : | 棄却 |
出典 | : | 労経速報2024号29頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕 Cにおいて、時間外勤務命令簿上の時間外労働を月30時間以内に収めるようにしたこともあったとは推認されるもの、月30時間を超えて時間外労働をした場合には、代休を取る等していたとうかがわれるのであるし、原告は始業時間である午前8時15分より前の午前7時45分に出勤していたと述べるけれども、時間外勤務命令簿上、時間外労働の申告はなく、毎日、午前7時45分に出勤し、恒常的に同時刻から業務を開始していたとは認められないから、Cにおいて、前記アに認定した時間を大幅に超えて時間外労働をしたと認定することはできず、Cの時間外労働時間は、おおむね前記アに認定したとおりの時間であったと推認できる。この労働時間からすると、Cが、恒常的に長時間労働をしていたとは評価できない。〔中略〕 新薬剤管理システム構築業務が、うつ病エピソードの発症要因となりうる強い心理的負荷をもたらすものであったとは認められない。〔中略〕 原告の指摘する点を考慮しても、これら出張がうつ病エピソードを発症させるほどの強度の心理的負荷をもたらすとは評価できない。〔中略〕 E部長は、平成11年8月26日から休職し、同年11月22日に死亡しており、その間、薬剤部長は不在となったのであるし、Cは、日記に「職場は空中分解しそうな感じを覚える」等と記載しているから、E部長の病気休職及び死亡によって、Cにおいて、業務上、多少の心理的負荷が生じた可能性は否定できない。 ただし、CはE部長とかねてから個人的にも親しかったのであり、同人の死により受けたショックと薬剤部長の不在という業務上の心理的負荷を区別して考える必要がある。〔中略〕 Cは、原告の主張する平成11年12月20日までのおおむね6か月間において、同年10月には、それぞれ11日、6日連続出勤をしたものの、恒常的に長時間の時間外労働をしていたとはいえないし、業務の内容についても、E部長の病気休職及び死亡による薬剤部長の欠員はあったものの、それにより日常業務が過重になったとはいえず、新薬剤管理システム構築に関しても、Cの経験を生かすもので、同業務に従事するために日常業務の軽減措置を受けていたのであるから、これらを総合評価しても、Cにおいて、うつ病エピソードを発症させるような強い心理的負荷があったとは評価できない。 なお、平成11年12月20日以降に生じた出来事である、転勤希望がかなえられなかったことや、有珠山噴火に伴う救援支援業務は、一定程度の心理的負荷があった可能性があるにとどまるのであり、平成12年1月以降も恒常的に長時間の時間外労働をしていたわけではなく、これらをも考慮しても、Cにおいて、業務上、うつ病エピソードを発症させるような強い心理的負荷があったとはいえない。 よって、業務とCのうつ病エピソード発症との間には、相当因果関係が認められず、Cのうつ病エピソード発症が業務に起因するとの原告の主張は採用できない。〔中略〕 判断指針によっても、新薬剤管理システム構築にかかる業務及び平成11年10月及び11月の出張は、それぞれ心理的負荷の強度が「Ⅱ」にとどまるものであり、いずれも、「特に過重」とは評価できないから、総合評価しても、業務による心理的負荷が「強」であるとは評価できない。 したがって、判断指針によっても、業務による心理的負荷以外の特段の心理的負荷や、個体側要因について判断するまでもなく、Cのうつ病エピソード発症及び死亡には、業務起因性を認めることはできない。〔中略〕 Cは、うつ病エピソードを発症した後である同年11月7日から職場復帰し、同年12月10日に自殺しているが、うつ病について、一般に上記のとおり理解されていることからすると、Cがうつ病エピソードにより生じた希死念慮により自殺したことをもって、うつ病が増悪したとは認められない。〔中略〕 Cの職場復帰後の業務は、午前中のみの半日勤務で、その業務内容もピッキングという単純な業務とされて軽減されていたのであるし、F部長は、Cに対し、休業を継続するよう勧めていたのに、Cの強い希望により、職場復帰することとなったことが認められる。このようなCの業務内容からして、業務に内在する危険によって、うつ病エピソードが増悪したとは認められないし、Cにおいて、必ずしも業務に従事する必要はなかったことからしても、復帰後の業務により、うつ病エピソードが増悪したとの業務起因性を認めることはできない。 (4) よって、職場復帰後の業務により、うつ病エピソードが増悪して自殺したから、Cの死亡は業務に起因するとの原告の主張は採用できない。〔中略〕 原告は、Cの上司であるD部長らにおいて、平成12年12月10日当時、Cの宿泊していたホテルに駆けつけて、Cの状態を確認したのに、意識レベルが極端に低下したCに適切な治療を受けさせるという救護義務を尽くさなかったのであって、Cの死亡は、業務に内在又は随伴する危険が現実化したことによるものであり、業務に起因すると主張する。 しかし、D部長らは、前記1(7)のとおり、日曜日で休日である平成12年12月10日に、「もうすぐ自分は別の世界にいく」などと不審な電話をしたCの安否を確認するため、職場以外の場所であるホテルJALシティー八戸へ行って、Cの状態を確認したのであるところ、仮にD部長らにおいて、安全配慮義務違反等、何らかの救護義務違反が認められたとしても、勤務時間外に勤務場所以外の場所での救護義務違反によって、業務に内在する危険が現実化したとは到底評価できないから、原告の主張は採用できない。 |