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ID番号 : 08743
事件名 : 遺族補償給付等不支給決定処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 厚木労働基準監督署長事件
争点 : ガス製造・販売会社従業員の躁うつ病発症、自殺につき、母が遺族補償給付等不支給決定処分の取消しを請求した事案(母敗訴)
事案概要 : 工業用ガス供給等を事業とする会社Aの特殊ガス製造課に勤務していた従業員Dが躁うつ病を発症し自殺したことにつき、母が、自殺は業務に起因して発症した躁うつ病を契機としてなされたものであるとして申請した遺族補償給付及び葬祭料について、労働基準監督署長Yのなした不支給決定処分の取消しを求めた事案である。 大阪地裁は、本件の業務起因性について、躁うつ病発症当時ないしそれ以前に担当していた業務は、日常において通常直面する以上の過重な精神的負荷となるような業務ないし出来事があったとまでいうことはできないから、業務内容それ自体が社会通念上、客観的に過重な精神的負荷をもたらすものであった旨の主張には理由がないとした。また、病院で職場での対人関係の悩みなどを訴えているが、それまで精神障害で通院をしたことがなく会社での勤務を含めて日常生活を送ってきており、認定した労働時間を踏まえると、躁うつ病発症当時ないしはそれ以前に担当していた日常業務の中では、通常直面する以上の社会通念上、客観的に過重な精神的負荷となるような業務ないし出来事があったとまでいうことはできず、躁うつ病発症、自殺について相当因果関係(業務起因性)を認めることはできないとして、Xの請求を棄却した。
参照法条 : 労働者災害補償保険法16条
労働者災害補償保険法17条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/葬祭料
裁判年月日 : 2008年11月17日
裁判所名 : 大阪地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19行(ウ)122
裁判結果 : 棄却
出典 : 労経速報2029号20頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-葬祭料〕
 ア(ア) 原告は、Dが躁うつ病発症時ないしそれ以前に担当していた業務について、〈1〉平成10年度以降、顧客の苦情受付及び回答業務、納期の調整及び回答業務等が主たるもので、営業部門・顧客と製造部門との間で板挟みとなる業務で心理的負荷が大きく、その調整相手となる営業部門や製造部門の者らよりDが年下であったことから、調整にかかる精神的負荷はより一層大きかった旨、〈2〉Dは、それに沿う内容の自己申告書を本件会社に提出し、本件会社もそれに呼応するようにDに対する仕事量を減少させる措置をとっていた旨、また、〈3〉Dの業務が上記のような内容であったのに厚木事業所内でDを支援する体制がなく、かえって、同僚らが仕事をしなかった等業務上の負荷を増加させるような過重な業務状況であった旨主張する。
 確かに、Dは、平成9年以降、顧客の苦情受付及び回答業務を担当していたし、同業務等を踏まえて本件会社に提出していた平成9年度以降の自己申告書には上記1(5)で認定したとおり仕事量、難易度についてやや多いから多すぎると、また、やや難しいから難しいと、そして、異動希望についても現職を続けたいから現職を変わりたい(現職が長い)旨記載し、同記載を踏まえてG部長は、Dの業務内容のうち、顧客の苦情受付及び回答業務並びに納期の調整及び回答業務について減らす方向で配慮している。しかし、Dが担当していた顧客の苦情受付及び回答業務は、営業所等を介した苦情で顧客から直接苦情を受けることはほとんどなく、同苦情の程度もDと同じ課内で同種業務を担当していたKが受けていた苦情の程度(年間五、六件)に証拠(略)を総合すると、同苦情の件数とそれほど相違がなかったことが窺われる。また、納期の調整についても基本的には営業課と製造課、検査課との調整で、その調整局面のうち、困難なものがどの程度あったのか本件全証拠によるも不明である上、顧客から一定の要望を受けたり、他の部門の者に依頼を行って調整をすることは、どのような仕事の中でも日常的によくある局面であり、特に、Dは、同種業務に複数年関与していたことからして、その調整方法等についても経験を積み、ある程度、対処方法を心得ていたことが窺われる。現に、Dの業務遂行について特段問題となるようなことはなかった。そして、Dは、標準ガス部門のチーフとしての立場にはあったものの、Dより立場が低く、年齢も若いJもDとほぼ同種の業務を担当していたのに特段問題もなく業務をこなしている。さらに、Dの上記自己申告書の業務の量及び難易度等の記載であるが、あくまでDの主観的な記載であって、客観的なものではなく、異動の希望についても、現職が長いことを理由とするものであった。
 ところで、Dの業務に対する支援であるが、Dが標準ガス部門のチーフであって、同部門を担当していた中では最もその経験があったこと、それに同業務を特段問題となる出来事もなく遂行していたことに上記2(1)で認定したDの労働時間を踏まえると、Dに対して、その担当していた業務について、F課長ら上司同僚を含めた業務支援をしなければならない状況であったとまで認めることはできない。
 (イ) 以上の事実を踏まえると、Dが躁うつ病発症当時ないしそれ以前に担当していた業務は、日常において通常直面する以上の過重な精神的負荷となるような業務ないし出来事があったとまでいうことはできない。そうすると、原告のDの業務内容それ自体が社会通念上、客観的に過重な精神的負荷をもたらすものであった旨の主張は理由がない。
 イ F課長ら上司、同僚とのトラブル等であるが、F課長とのトラブルは上記2(2)アで認定したとおりであって、それ自体、Dに対して日常業務の中では通常直面する以上の精神的負荷をもたらしたものといえない上、その時期からしてDの躁うつ病の発症(平成12年1月)に影響を与えたとはいえない。また、G部長、Ⅰとのそれについては2(2)イ、エで記載したとおりトラブルとまで認められるものではない。そして、Hとのトラブルであるが、確かに、掴み合いにまでなっているが、その主要な原因がHの働く姿勢及びH自身のDに対する対応にも問題があったことを踏まえると、その一事をもってDに強い精神的負荷を与えたとまでいうことはできない。
 (3) 業務起因性の判断
 確かに、Dは、上記1(6)で認定したとおりSクリニックにおいて職場での対人関係の悩みなどを訴えている上、同クリニックに通院するまで精神障害で通院をしたことがなく本件会社での勤務を含めて日常生活を送ってきている。しかし、上記(2)で記載した認定、説示に上記2で認定したDの労働時間を踏まえると、Dが躁うつ病発症当時ないしそれ以前に担当していた日常業務の中では通常直面する以上の社会通念上、客観的に過重な精神的負荷となるような業務ないし出来事があったとまでいうことはできない。すなわち、Dの躁うつ病発症、本件自殺について、相当因果関係(業務起因性)を認めることができず、その他、それを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると、原告のDの業務とDの精神障害、本件自殺との間に業務起因性がある旨の主張は理由がない。したがって、本件処分は適法といわなければならない。