ID番号 | : | 08745 |
事件名 | : | 損害賠償請求事件 |
いわゆる事件名 | : | ソニー・ミュージックエンタテインメント事件 |
争点 | : | グループの経営・管理会社が、退職した元役員経験者に退職金相当額の損害賠償を請求した事案(会社敗訴) |
事案概要 | : | 音楽関連会社グループの経営・管理を行う会社Xが、傘下の会社役員を歴任し退職したYに対し、退職金を不当に詐取したとして、退職金相当額の損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、まず、新株予約権の行使はせず一切の権利を放棄・返還する旨の書面をYが提出したにもかかわらず、退職後にその権利を行使したのは懲戒解雇事由に当たりYは退職金を詐取したとのXの主張について、当該条項の存在証明をXが果たしていないため条項はないものとして判断するとした上で、Yの行為が余りにも正義に反する場合には、退職金請求が権利の濫用に当たる場合もあり、また退職金支払後に永年の勤続の功を抹消するような非違行為が判明した場合には、退職金の受領が不当利得となり返還を求め得る場合があることも否定できないとした。その上で、本件においてYが退職金の支払を受けたことについて不法行為が成立するというのは無理があり、また基金に掛金を拠出し、退職者には基金から退職金が支払われる仕組みとなっていて、退職金が支払われなくともその者に関して拠出した掛金がXに返還されるわけでもなく、逆に、基金が退職金を支払ってしまったとしても、Xには何らの損害も発生しないとして請求を棄却した。 |
参照法条 | : | 民法709条 民法703条 労働基準法2章 労働基準法9章 |
体系項目 | : | 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務 賃金(民事)/退職金/懲戒等の際の支給制限 |
裁判年月日 | : | 2008年11月28日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成19(ワ)24928 |
裁判結果 | : | 棄却(確定) |
出典 | : | 労働判例974号87頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕 〔賃金(民事)-退職金-懲戒等の際の支給制限〕 1 不法行為の成否 証拠(〈証拠略〉)によれば、原告の退職金規程には、懲戒解雇された場合に退職金を支給しない旨の条項はないことが認められる。もっとも、証拠(〈証拠略〉)によれば、SMCの就業規則にはその旨の条項(38条1項6号)が存在するから、原告においても同様の条項が存在することが推認される。しかし、SMCの就業規則にも、退職後に懲戒解雇事由が存在することが発覚した場合に退職金を支給しないとの条項や支給した退職金の返還を求め得るとの条項はないことが認められ、原告の就業規則にその旨の条項が存在するとの主張立証がない以上、原告の就業規則にはその旨の条項がないものとして以下判断する。 そうすると、原告としては、被告を懲戒解雇していない以上退職金の支払に応ずるべきであったと考えざるを得ない。もっとも、退職後に懲戒解雇相当事由が発覚し、現に懲戒解雇された場合と比較して退職金を支払うことが余りに正義に反する場合には、退職金請求が権利の濫用に当たるとして、これが棄却される場合があることは否定しないが、その場合であっても、退職金請求自体が不法行為を構成するとまではいえない。また、既に退職金が支払われた後に永年の勤続の功を抹殺するような非違行為が判明した場合に、本来退職金を受領することができなかったにもかかわらず受領したことが不当利得となるとして、その返還を求め得る場合があることを否定するものではないが、その場合であっても退職金の支払を受けたことについて不法行為が成立するというのは無理があるといわざるを得ない。 したがって、原告の主張する懲戒解雇相当事由が存在するとしても、被告が退職金の支払を受けたこと自体が不法行為を構成するとはいえないと解さざるを得ない(仮に、これが不法行為を構成する余地があるとしても、後述するように原告には損害が発生していないから、本件の結論には影響しない。)。 2 損害の有無 証拠(〈証拠略〉)によれば、原告の退職金規程は、退職金の支給方法は規約の定めるところによるものとし(10条)、原告は、基金に対し、退職金の支給に必要な掛金を拠出するものとしていること(8条)、規約は、基金は、給付の額の計算の基礎となる各月につき基本標準掛金を徴収するものとしていること(86条1項)が認められる。また、原告の従業員のうち、退職金が支給されなかった者がいた場合、その者に関して拠出された掛金について原告に返還する旨の条項は存在しないことも認められる。 そうすると、原告においては、基金に対して掛金を拠出し、退職した従業員に対して基金から退職金が支払われる構造となっており、退職金が支払われなかった場合であっても、その者に関して拠出された掛金が原告に返還されるわけではないことが認められるから、被告が退職金請求をすることが権利の濫用として許されないとされる場合に、基金において被告に退職金を支払ってしまったとしても、原告には何らの損害も発生していないといわざるを得ない。 また、従業員の在職中に懲戒解雇相当事由が発生したとしても、それ以前に拠出された掛金が拠出の根拠を失うものではないから、それ以前に原告が拠出した掛金の額をもって損害と構成することもできない。 したがって、原告に退職金相当額の損害が発生したと観念することができないことは被告の主張するとおりである。 また、仮に、平成16年2月27日に虚言を用いたことが懲戒解雇相当事由に該当すると仮定しても、その時点以降も被告の労務提供の対価として給与が発生する以上、原告は規約上拠出義務が発生することに変わりはないのであるから、原告がその時点で虚言であることがわかっていたからといって拠出を免れ得るものではないのであって、同時点以降の拠出をもって原告の損害と観念することもできない。 以上のとおり、いかなる観点から考察しても原告に損害が生じているとは認められない。 |