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ID番号 : 08747
事件名 : 損害賠償請求本訴事件(769号)、未払賃金等請求反訴事件(17134号)
いわゆる事件名 : ライドウェーブコンサルティングほか事件
争点 : ソフトウェア会社が元従業員の競業避止義務違反を理由に損害賠償を求めた事案(会社一部勝訴)
事案概要 : コンピュータソフトウェアの開発等を行う会社が、元従業員が在職中の雇用契約上の競業避止義務に違反して別会社の代表取締役に就任し、会社の顧客から継続的に業務を請け負い、受注機会を喪失させたこと、また、プログラマとしての専門知識のないAを、会社を欺罔してシステム設計要員として派遣契約を締結させたとして、それぞれ不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。 東京地裁は、まず競業避止義務違反の有無について、元従業員は機密保持契約を締結し、会社の事業と競合し又は会社の利益と相反するいかなる事業活動にも従事、投資又は支援しない義務を負っていながら、原告の利益と相反する事業活動を行う別会社に投資、支援したとしてこれを認めたが、損害との因果関係の有無及び損害額については、受注機会を喪失したとまで認めることはできないとして否認した。また、詐欺による不法行為責任の成否については、元従業員は、Aをその能力がないにもかかわらずプログラマとして元従業員のプロジェクトに参画を申請し、派遣契約を締結、継続させたもので、詐欺による不法行為責任を負うとして、その損害額を認めた。一方、元従業員の未払給与及び解雇予告手当に係る反訴請求はいずれも斥けた。
参照法条 : 民法623条
民法415条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/労働者の損害賠償義務
労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/競業避止義務
裁判年月日 : 2009年1月19日
裁判所名 : 東京地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成19(ワ)769、平成20(ワ)17134
裁判結果 : 一部認容(769号)、棄却(17134号)
出典 : 判例時報2049号135頁
労働判例995号49頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-労働者の損害賠償義務〕
〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-競業避止義務〕
 二 争点1(被告甲野の競業避止義務違反の有無)について
 (1) 原告は、被告甲野は、原告との雇用契約上、自己又は第三者のために原告の取引と同一の部類に属する取引を行うことが明確に禁止されていたにもかかわらず、ソリューションを実質的に支配した上で、ソリューションを曙ブレーキに紹介し、それによって、曙ブレーキからソリューションに原告の取引と同一の部類に属する取引を請け負わせ、ソリューション及び自己の利益を図ったものであって、被告甲野の行為は雇用契約上禁止されていた競業取引に該当する旨主張する。
 (2) この点、被告甲野は、平成一三年一〇月一日、原告に従業員として雇用されるに当たり、原告との間で、本件機密保持契約を締結し、同契約に基づき、原告の事業と競合し又は原告の利益と相反するいかなる事業活動にも従事、投資又は支援しない義務(以下「本件競業避止義務」という。)を負っていたことが認められる。
 しかるところ、被告甲野は、平成一六年一月一八日、ソリューションに出資し、その後、ソリューションが株式会社に組織変更された際にはソリューションの株主となり、同年二月一七日にはソリューションの代表取締役に就任し、現在も、発行済み株式二〇〇株のうち一〇株を保有していること、加えて、前記認定のとおり、原告は、企業経営・情報システムのコンサルティング業務、情報システムの設計・開発等を業とする会社であること、ソリューションは、コンピュータのソフトウェアの開発等を目的とする会社であること、ソリューションは、原告からABプロジェクトの業務の一部を受託するなど原告との取引関係を有していたこと、ソリューションは、本件各取引により、ソフトウェアプログラムの開発業務やシステムのメンテナンス業務を請け負っていたこと、原告は、ABプロジェクト以外において開発したシステムのメンテナンス業務を請け負うこともあったことからすれば、ソリューションは、原告の事業と競合し、原告の利益と相反する事業活動を行っていたものであって、被告甲野は、ソリューションの事業活動に従事し、ソリューションに投資、支援していたと認められる。 そうすると、被告甲野は、原告の事業と競合し、原告の利益と相反する事業活動に従事し、投資、支援したものと認められ、本件競業避止義務に違反したものというべきである。〔中略〕
 三 争点(2)(被告甲野の競業避止義務違反と原告の損害との因果関係の有無及び損害額)について〔中略〕
 (4) 以上によれば、被告甲野の本件競業避止義務違反の結果、原告が本件各取引を曙ブレーキから受注する機会を喪失したと認めることはできないから、原告の被告甲野に対する競業避止義務違反に基づく損害賠償請求は、その余について判断するまでもなく、理由がない。
 四 争点(3)(被告らの詐欺不法行為責任の成否)について
 (1)ア 原告は、被告らは、乙山エンジニアリングと共謀して、丙川にはプログラマとしての専門知識も経験もなかったにもかかわらず、原告に対し、丙川が平成一六年一〇月から乙山エンジニアリングに勤務しているプログラマであると欺き、その旨誤信した原告をして、本件派遣契約を締結させた旨主張する。〔中略〕
被告甲野は、本件申請書に、システム設計のスキルがある要員が不足しているため乙山エンジニアリングから派遣を受ける必要がある旨記載したことからすれば、被告甲野が、本件スキル表及び本件申請書に基づき、乙山エンジニアリングから乙山エンジニアリングの従業員として丙川の派遣を受け入れることを申請した行為は、原告にとって、システム開発を行うプログラマとして丙川をABプロジェクトに参画させることを申請することを意味するものというべきである。
 しかるに、丙川は、プログラミングの能力、プログラマとしての専門知識や経験を有しておらず、ABプロジェクトに参画した後も、帳票レイアウトの作成、移行データのマッピング作業のほか、社内便や社外への輸送の手配、電話の応対等の庶務業務を行っており、プログラマとしてシステム開発の業務を行っていなかった。
 そして、被告甲野は丙川の派遣を申請することを自ら乙山に依頼したこと、被告甲野は、本件スキル表を丙川とともに作成しており、その内容を認識していたこと、被告甲野は乙山に対し、丙川について社内的にはプログラマにしているが甲川にはアドミンを入れるとだけ伝える旨の内容の電子メールを送信していること、本件派遣契約当時、被告甲野は、ABプロジェクトのプロジェクトリーダーであり、ABプロジェクトを統括する立場にあったことからすれば、被告甲野は、本件申請書及び本件スキル表に基づき乙山エンジニアリングの従業員として丙川の派遣を受け入れることを申請する行為が、システム開発を行うプログラマとして丙川をABプロジェクトに参画させることを申請することを意味することを認識していながら、丙川をシステム開発を行うプログラマとしてABプロジェクトに参画させる意思はなく、また、丙川がABプロジェクトにおいてシステム開発の業務を行っていなかったことを認識していたものと認められる。
 ウ したがって、被告甲野は、丙川をシステム開発を行うプログラマとしてABプロジェクトに参画させる意思はなく、また、丙川がABプロジェクトにおいてシステム開発の業務を行っていなかったことを認識していたにもかかわらず、システム開発を行うプログラマとして丙川をABプロジェクトに参画させることを申請し、原告に本件派遣契約を締結させ、継続させていたものであるから、詐欺による不法行為責任を負うというべきである。〔中略〕
 イ また、被告甲野は、丙川の派遣はプログラマとしての派遣ではないし、本件スキル表のスキル項目「当人の方向性、カラー」欄に、「プログラム開発に関しては初心者レベル」と記載し、項目評価の「テクニカルスキル」(開発)に関しては、最低評価レベルの「C」と記載しており、丙川が開発能力としては最低レベルであることを明確にしているから、丙川のスキル等について虚偽の報告をするなどして詐欺を働いたことはない旨主張する。 しかしながら、前示のとおり、被告甲野が、本件スキル表に基づき、丙川を乙山エンジニアリングの従業員として原告に派遣することを申請した行為は、原告にとって、システム開発を行うプログラマとして丙川をABプロジェクトに参画させることを申請することを意味するというべきであるから、丙川がABプロジェクトにおいてプログラマとしてシステム開発を行っていなかった以上、本件スキル表に、「プログラム開発に関しては初心者レベル」、テクニカルスキル(開発)のレベルとして「C」と記載したからといって、詐欺による不法行為責任を免れるものではないというべきである。〔中略〕
 (3) 次に、被告会社の不法行為責任についてみるに、原告は、被告らは乙山エンジニアリングと共謀して上記詐欺を行った旨主張する。
 しかしながら、丙川を被告会社の従業員として被告会社から乙山エンジニアリングに派遣するという形がとられ、被告会社は乙山エンジニアリングから丙川の派遣料として毎月五二万五〇〇〇円の支払を受けていたものの、他方、被告会社が平成一六年八月に設立されてから平成一八年一一月に丙川の原告への派遣が終了するまで、被告会社は会社としての実質的な事業を営んでいなかったことからすれば、被告会社の代表者であった被告甲野が、丙川を原告へ派遣するための方策として、丙川が被告会社の従業員であるという形をとったにすぎず、被告会社が、その事業として、被告甲野及び乙山エンジニアリングと共謀して上記詐欺を行ったものと認めることはできないというべきである。
 したがって、原告の上記主張は採用できず、被告会社は、被告甲野及び乙山エンジニアリングと共謀したことによる不法行為責任を負わないというべきである。
 五 争点4(被告らの不法行為による損害額)について
 (1) 原告は、被告甲野の前記詐欺により、乙山エンジニアリングとの間で丙川に関する本件派遣契約を締結し、乙山エンジニアリングに対し、平成一七年七月分から平成一八年八月分まで毎月六三万円(消費税込み)、合計八八二万円を支払ったことが認められる。
 そして、原告は、丙川がプログラマとしてシステム開発を行っていないことを認識していれば、丙川に関する本件派遣契約を締結し継続することはなかったといえ、原告が被告甲野の不法行為によって被った損害は、八八二万円と認められる。〔中略〕
 また、丙川がABプロジェクトにおいて行っていた業務は、帳票レイアウトの作成、移行データのマッピング作業のほか、社内便や社外への輸送の手配、電話の応対等の庶務業務であったところ、原告は特定のプロジェクトに専属して庶務業務を担当する者の派遣を受け入れることは原則として認めておらず、ABプロジェクトにおいても人事採用グループが担当して庶務業務を担当する者の派遣を受け入れることはなかったことからすれば、実際に丙川が行っていたような業務を担当する者として丙川の派遣の受入れが申請されていたとしても、原告が丙川の派遣を受け入れることはなかったものと認められ、原告が丙川に関して支払った派遣料全額が損害になるというべきである。