全 情 報

ID番号 : 08763
事件名 : 解雇予告効力停止及び賃金仮払仮処分申立事件(24号)、賃金仮払仮処分申立事件(4号)
いわゆる事件名 : いすゞ自動車事件
争点 : 自動車会社と有期労働契約を締結した労働者らが、休業処分を不当として賃金仮払を求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 自動車会社との間で有期の労働契約を締結して栃木工場で勤務していた労働者3名が、会社に対し、契約期間満了日までを休業としたことについて、民法536条2項による賃金請求権として、賃金(債務者支給の休業手当相当額を控除)の仮払を求めた事案である。 宇都宮地裁栃木支部は、まず、民法536条2項の「責めに帰すべき事由」の立証責任について、労働者が、「労働契約上の債務の本旨に従った履行(労務)の提供をしたのに会社が受領を拒絶したこと」を主張立証すれば足りるとした上で、会社は、本件休業による労働者らの労務の提供の受領拒絶について、「会社の責めに帰することができない事由」を抗弁として疎明していないから、労働者の会社に対する民法536条に基づく賃金請求権の被保全権利の存在を肯定することができるとし、賃金請求権を認めた(労働者の生活が今後、より困窮し、早晩破綻しかねないことが明らかであるとして、支払期限の過ぎた被保全権利の全額について保全する必要性も認めた)。
参照法条 : 労働基準法26条
労働契約法3条
労働契約法16条
労働契約法17条
民法536条
体系項目 : 労働契約(民事)/労働契約の期間/労働契約の期間
賃金(民事)/休業手当/労基法26条と民法536条2項の関係
裁判年月日 : 2009年5月12日
裁判所名 : 宇都宮地栃木支
裁判形式 : 決定
事件番号 : 平成20(ヨ)24、平成21(ヨ)4
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例984号5頁
労働経済判例速報2041号12頁
判例タイムズ1298号91頁
審級関係 :
評釈論文 : 伊須慎一郎・季刊労働者の権利280号66~70頁2009年7月 金井幸子・法律時報82巻4号127~130頁2010年4月 向井蘭・経営法曹163号12~26頁2010年3月
判決理由 : 〔労働契約(民事)-労働契約の期間-労働契約の期間〕
〔賃金(民事)-休業手当-労基法26条と民法536条2項の関係〕
 1 争点(1)(民法536条2項の「責めに帰すべき事由」の立証責任)について〔中略〕
 以上によれば、労働契約の労働者(債務者)は、「債務者(労働者)の責めに帰することのできない事由によって」「債務(労働義務)を履行することができなくなったとき」を主張立証すれば、債権者(使用者)において、抗弁(権利滅却事由)として、その履行不能が「債権者の責めに帰することのできない事由」によることを主張立証して、同条1項の適用を受けない限り、反対給付債権たる賃金請求権が消滅することはないと解される。
 これを本件の事案に即していえば、労働者において、「労働契約上の債務の本旨に従った履行(労務)の提供をしたのに、使用者がその受領を拒絶した」という主要事実を主張立証すれば(又は争いがなければ)、労働債務の履行の性質上、時間の経過とともにその債務の履行は刻々と不能となり、かつ、その「履行不能」が「債務者の責めに帰することのできない事由による」という要件事実が主張立証されたことになるから、抗弁として、使用者において、その受領拒絶が「債権者の責めに帰することのできない事由」によること(例えば、後記のとおり「合理的な理由があること」などの正当な事由)を具体的に主張立証しない限り、反対給付債権たる賃金請求権が消滅することはないと解される。〔中略〕
 2 争点(2)(民法536条2項の「責めに帰すべき事由」の解釈)について〔中略〕
  (2) しかるところ、使用者が労働者の正当な(労働契約上の債務の本旨に従った)労務の提供の受領を明確に拒絶した場合(受領遅滞に当たる場合)に、その危険負担による反対給付債権を免れるためには、その受領拒絶に「合理的な理由がある」など正当な事由があることを主張立証すべきであると解するのが相当である。
 なぜならば、労働契約における労働者の賃金請求権は、労働契約上の権利の根幹を構成するものであり、使用者がした受領拒絶(受領遅滞)に責任事由がなく、賃金請求権が消滅するという一方的な不利益を労働者に課するためには、労働者の一方的に不利益な就業規則の変更を許容する法理(労働契約法10条)と同様に、そのことを正当化するために必要と解されている「合理性の要件」を判断の基礎とするのが相当であるからである。
 合理的な理由を欠く使用者の一方的な受領拒絶(受領遅滞)によって、労働者の賃金請求権が消滅に帰すると解することは、明らかに正義・公平の理念に違反し、条理にも反するというべきである。
 そして、その合理性の有無は、具体的には、使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度、使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度、他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度、労働組合等との事前・事後の説明・交渉の有無・内容、交渉の経緯、他の労働組合又は他の労働者の対応等を総合考慮して判断すべきである。
 なお、この点に関し、債務者は、同旨を判示する池貝事件判決のような解釈は、ノースウェスト航空事件最高裁判決の判示に明らかに違背していると主張しているが、債権者らが主張するとおり、同最高裁判決の判示部分は、部分ストライキのため会社が命じた休業が労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」にあたるか否かについて判示したものであり、民法536条2項の「債権者の責めに帰すべき事由」の解釈を示したものではないから、債務者の主張は、明らかに失当である。
 3 争点(3)(民法536条による賃金請求権の存否)について〔中略〕
 以上によれば、債権者ら期間労働者に対する本件休業のように、包括的、かつ、一律に、契約期間の満了日までの数か月という長期間にわたる休業によって、一方的に期間労働者に不利益を課する休業処分(休業命令)の合理性は、期間の定めのない労働者に対する場合と比べて、より高度なものを要するというべきである。
 のみならず、使用者が期間労働者に対して、そのような包括的、かつ、一律の休業をした場合にあっては、その休業対象者に与える不利益の重大性に鑑みると、その後の休業対象者に対する雇用需要の変化の有無・程度のほかに、休業対象者の人数の増減の有無・程度と、その人数に対する賃金カットによる使用者の経営上の利益の多寡の変化の有無・程度、他の労働者との均衡等について、日々刻々と考慮に入れて、適時に、休業処分(休業命令)による労務の受領拒絶の撤回や、包括的、かつ、一律の休業処分の停止と個別の休業日の設定、休業手当金額の増額等の措置の可否と当否を検討、判断して、できる限り、その不利益の解消を図るべきである。
 したがって、休業処分(休業命令)の内容自体のほかに、当該休業期間の全体の状況を総合判断して、上記のとおり高度に要求される合理性の有無が判断されるべきである。
 さらに、本件で問題とされている使用者による正社員と期間労働者との間の休業の措置の差別的な取扱いについていえば、上記の期間労働者の契約期間の雇用保障の要請に、労働契約法3条2項が「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と規定し、労働契約の基本理念の規定中に、均衡処遇の理念が盛り込まれていることを併せて考慮すると、その差別的な取扱いをもって直ちに合理性を否定することはしないとしても、少なくとも、そのような差別の有無・程度・内容は、合理性の判断における重要な考慮要素となると解するのが相当である。〔中略〕
 しかるところ、債権者らに対して、包括的、かつ、一律に、契約期間の満了日までの3か月以上という長期間にわたる休業によって、一方的に不利益を課した本件休業について、高度の合理性を肯定することができないことは、もちろん、合理性を認めること自体、困難であるといわざるを得ない。〔中略〕
 このような本件休業に至る経緯によれば、債務者は、平成21年4月期の期間労働者の雇止めの問題を含めて、債権者らJMIUの組合員との間の労使紛争について、労使交渉して譲歩することを回避して、一方的、かつ、一挙に、抜本的な解決をすることを図り、併せて、まだ組合への加入を決めていないその余の期間労働者全員との間でも、そのような労使紛争となるのを未然に防ぐために、解雇を撤回するとしつつ、上記の二者択一を全員に迫ったものであると、優に推認することができる。〔中略〕
 このようにして、債務者によって企図され、もっぱら、一方的に、多大な不利益を債権者ら極めて少数の期間労働者側に課することに帰着した本件休業について、合理性を肯定し難いことは、明らかである。
 のみならず、前記のとおり、使用者がそのような包括的、かつ、一律の休業をした場合にあっては、その後の休業対象者に対する雇用需要の変化の有無・程度のほかに、休業対象者の人数の増減の有無・程度と、その人数に対する賃金カットによる使用者の経営上の利益の多寡の変化の有無・程度、他の労働者との均衡等について、日々刻々と考慮に入れて、適時に、休業処分(休業命令)による労務の受領拒絶の撤回や、包括的、かつ、一律の休業処分の停止と個別の休業日の設定、休業手当金額の増額等の措置の可否と当否を検討、判断して、できる限り、その不利益の解消を図るべきであると解される。
 しかるに、現実には、休業対象者の人数は、激減して、極めて少数となっており、その人数に対する賃金カットによる債務者の経営上の利益は、その経営及び財務の規模からみて、全く微々たるものとなっており、また、平成21年4月以降は、いすゞエンジン製造北海道から在籍出向してきていた正社員41名が既に帰社するという状況となっているのに、債務者は、そのような検討、判断を怠り、債権者ら期間労働者が債務者によって課せられたそれぞれの多大な不利益を、当然のことのように扱い、その解消を図ることを全くしていない。
 あまつさえ、債務者は、正社員や再雇用従業員に対して、債権者ら期間労働者とは異なり、包括的、かつ、一律に休業する扱いをせずに、1か月に数日程度の個別の休業日を設定しているばかりか、その休業手当として、それぞれの就業規則の規定とは異なり、100パーセントの平均賃金額を支給するという、債権者ら期間労働者との間で全く異なっていて、明らかに差別する取扱いを実施していたのである。
 この休業における正社員と期間労働者との間の差別について、JMIUは、債務者に対して、既に、平成20年12月26日付けの書面で、明確に差別扱いをしないよう要求していた。それでも債務者は、あえて実施したものである。
 なお、債務者の100パーセント出資の子会社のいすゞエンジン製造北海道の正社員との均衡をも欠いているという債権者らの主張も首肯し得るものというべきである。
 以上によれば、本件休業の内容自体と、本件休業の期間の全体の状況を総合して判断すると、債権者らに対して、包括的、かつ、一律に、契約期間の満了日までの3か月以上という長期間にわたる休業によって、一方的に多大の不利益を課した本件休業について、高度の合理性を肯定することができないことは、もちろん、合理性を認めること自体、到底困難であるといわざるを得ない。〔中略〕
  (4) 以上のとおり、本件休業について合理的な理由があると評価することができるか否かについて、使用者による休業によって労働者が被る不利益の内容・程度、使用者側の休業の実施の必要性の内容・程度、他の労働者や同一職場の就労者との均衡の有無・程度、労働組合との事前・事後の説明・交渉の有無・内容等の考慮要素に係る上記の認定事実、特に、上記(3)で指摘した諸事情を総合考慮すれば、本件休業の合理性を肯定することは、到底困難であるといわざるを得ない。
 したがって、債務者は、本件休業による債権者らの労務の提供の受領拒絶について、「債権者(本件債務者)の責めに帰することができない事由」を抗弁として疎明していないから、債権者らの債務者に対する民法536条に基づく賃金請求権の被保全権利の存在を肯定することができる。
 そして、本件休業がされずに、債権者らが所定の労働日に就労した場合の本給日額9000円による賃金の金額から、債務者より支払われた休業手当相当額を控除した計算として、前記前提となる事実のとおりになることは、当事者間に争いがないから、債権者らには、それぞれ、少なくとも、同記載のとおりの金額の賃金請求権の被保全権利があることとなる。