ID番号 | : | 08764 |
事件名 | : | 療養補償給付不支給処分取消等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | |
争点 | : | 電気器具製造会社開発担当者の精神障害発症に係る療養費用等不支給処分の取消しを求めた事案(労働者勝訴) |
事案概要 | : | 電気器具製造会社の工場に勤務していた開発業務担当者(労働者)が、精神障害を発症し、療養とともに休業を余儀なくされたため、精神障害の発病は業務に起因するものであるとして療養費用及び休業補償の給付を求めたところ労基署長が不支給としたことから、これの取消しを求めた事案である。 東京地裁は、労働者の一連の業務態様を総合的にみて、当該業務の内容、スケジュール、業務遂行に当たってのトラブルの発生とそれに対する電気器具製造会社の対応等、労働時間という要因が心理的負荷に重層的に影響を与え、時間を追って亢進させていったと認定し、労働者の業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて精神障害を発症させる程度に過重であり、精神障害の発症は業務に内在する危険が現実化したものといえ、その余の点を検討するまでもなく、精神障害について業務起因性を認めることができるとして療養補償を認めた。一方、休業補償給付受給権については、その一部が時効消滅しているとして、2年を経過した期間については不支給処分を相当とした。 |
参照法条 | : | 労働基準法75条 労働者災害補償保険法7条 労働者災害補償保険法12条の8 労働者災害補償保険法13条 労働者災害補償保険法42条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/療養補償(給付) 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/休業補償(給付) 雑則(民事)/時効/時効 |
裁判年月日 | : | 2009年5月18日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成19行(ウ)456 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 判例時報2046号150頁 判例タイムズ1305号152頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-休業補償(給付)〕 〔雑則(民事)-時効-時効〕 1 争点(1)(原告の精神障害の業務起因性)について〔中略〕 (3) 判断 本件の原告の一連の業務態様を総合的に観察して看取できることは、当該業務の内容、スケジュール、業務遂行に当たってのトラブルの発生とそれに対する本件会社の対応等、労働時間という要因が、原告の心理的負荷に重層的に影響を与え、時間を追って亢進させていったということである。〔中略〕 以上のように、原告の業務を巡る状況を見ると、原告は、新規性のある、心理的負荷の大きい業務に従事し、厳しいスケジュールが課され、精神的に追い詰められた状況の中で、多くのトラブルが発生し、さらに作業量が増え、上司から厳しい叱責に晒され、その間に本件会社の支援が得られないという過程の中で、その間、長時間労働を余儀なくされていた。以上の原告に対する心理的負荷を生じさせる事情は、それぞれが関連して重層的に発生し、原告の心理的負荷を一貫して亢進させていったものと認められるのであり、上記のような原告の業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったといえる。 他方、業務以外の心理的負荷は、特に認められない。また、個体側要因として、以前から疲れやすい等の自覚症状があり、不眠症、頭痛、神経症等の診断を受けているが、これをもって原告の脆弱性等があるとまで評価するのは相当でない。しかも、このうち、神経症の診断は平成12年12月以降であり、M2ライン立ち上げプロジェクト発足後のことであり、後の精神障害の前駆症状とも評価し得るものである。したがって、原告の業務以外に精神障害を発症させるような要因があったとは認められない。 以上によれば、原告の業務による心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であり、原告の精神障害の発症は、業務に内在する危険が現実化したものといえ、その余の点を検討するまでもなく、原告の精神障害について業務起因性を認めることができる。 業務起因性を否定する労働局地方労災医員協議会及びA医師の意見は、上記の心理的負荷の強度について、個々の要因を分析して、必ずしも強度の心理的負荷とはいえないと評価するものである。上記の個々の分析的な評価自体を肯じる余地はないわけではないが、上述のとおり、本件における原告の心理的負荷は、M2ライン立ち上げプロジェクトに関与し始めた時点から、原告は、上述のとおりの複数の要因に重層的に晒されたことに大きな特色があるのであり、上記の意見のように、分析的、個々的にして必ずしも強度でないという評価をすることが相当であるとは考えられない。したがって、上記意見は、前述の業務起因性を認めるという判断を左右するものではない。 以上によれば、原告の精神障害には業務起因性が認められるのであり、業務起因性を否定する本件処分は、違法であるといわなければならない。 2 争点(2)(休業補償給付受給権の一部の時効消滅)について 原告は、平成16年9月8日、平成13年9月4日~平成16年7月30日の期間について、労働基準監督署長に対し、休業補償給付の支給を請求しているが、労災保険法42条により、原告の休業補償給付受給権中、平成14年9月7日以前の部分は、2年の時効期間経過により時効消滅したといえる。 原告は、上記消滅時効の起算点は、平成16年7月ころとすべきである旨主張する。労災保険法42条の消滅時効の起算点については、権利行使可能時、つまり、権利行使につき法律上の障害がなく、かつ、権利の性質上その権利行使が現実に期待できる時と解するのが相当である。原告の起算点に関する主張の理由は、原告の誤解、病気、本件会社の非協力的態度であり、いずれも事実上の障害に過ぎないし、権利の性質上その権利行使が現実に期待できない事由とはいえない。原告は、被告の消滅時効の主張の信義則違反、権利濫用を主張するが、本件の消滅時効については時効の援用を要せず(会計法31条1項)、時効による債務消滅の効果は確定的に生じるものであり、仮に原告主張のような労働基準監督署担当官の対応があったとしても、同担当官が原告の権利行使を妨害したとはいえず、被告の消滅時効の主張が信義則違反、権利濫用とはいえない。したがって、原告の上記主張は採用できない。 以上によれば、本件処分のうち、平成14年9月7日以前の休業補償給付を不支給とした部分は、結論において相当である。 |