ID番号 | : | 08766 |
事件名 | : | 遺族補償給付不支給処分取消請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 渋谷労働基準監督署長事件 |
争点 | : | 飲食店運営会社料理長のうつ病・自殺につき子が遺族補償給付不支給処分の取消しを求めた事案(子勝訴) |
事案概要 | : | 飲食店及び社員食堂等を運営する会社に勤務していた給食事業料理長(給食事業部門の管理職)が、うつ病を発症し、自殺したことについて、遺族が、うつ病発症及び死亡は業務に起因するものであるとして、労基署長のなした遺族補償給付不支給処分の取消しを求めた事案である。 東京地裁は、料理長が部下から各種の中傷を受け、それが発端となって、関連会社との関係悪化を懸念した会社から糾問的な事情聴取を受け、また、自らが長年従事していた給食事業部門を外されるという仕事の質の変化が客観的に予想される事態となっていたこと、この出来事が部下による他の嫌がらせ行為や会社と関連会社との関係悪化の要因となったこととも一体となって心理的負荷を与えたと認定して、料理長の心理的負荷の総合評価は「強」であったと評価した。さらに、うつ病発症後の業務についても指針にいう「配置転換があった」に該当し、それによる心理的負荷の強度は少なくとも「中」程度のものであり、他方、業務以外にうつ病発症につながる心理的負荷や個体側要因も認定できないとして相当因果関係を肯定し、請求を認めた。 |
参照法条 | : | 労働者災害補償保険法7条 労働者災害補償保険法16条 |
体系項目 | : | 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性 労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺 労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付) |
裁判年月日 | : | 2009年5月20日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成19行(ウ)727 |
裁判結果 | : | 認容 |
出典 | : | 労働判例990号119頁 労働経済判例速報2045号3頁 判例時報2059号146頁 判例タイムズ1316号165頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 慶谷典之・労働法令通信2187号28~29頁2009年7月28日 |
判決理由 | : | 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕 〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕 2 争点に対する判断 (1) 業務起因性に関する法的判断の枠組みについて〔中略〕 そして、精神障害の病因には、個体側の要因としての脆弱性と環境因としてのストレスがあり得るところ、上記の危険責任の法理にかんがみれば、業務の危険性の判断は、当該労働者と同種の平均的な労働者、すなわち、何らかの個体側の脆弱性を有しながらも、当該労働者と職種、職場における立場、経験等の点で同種の者であって、特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とすべきであり、このような意味での平均的労働者にとって、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が一般に精神障害を発症させる危険性を有しているといえ、特段の業務以外の心理的負荷及び個体側の要因のない場合には、業務と精神障害発症及び死亡との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。 ここで、当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷とは、精神障害発症以前の6か月間等、一定期間のうちに同人が経験した出来事による心理的負荷に限定して検討されるべきものではないが、ある出来事による心理的負荷が時間の経過とともに受容されるという心理的過程を考慮して、その負荷の程度を判断すべきである。 また、精神疾患を引き起こすストレス等に関する研究報告等をふまえるときは、心理的負荷を伴う複数の出来事が問題となる場合、これらが相互に関連し一体となって精神障害の発症に寄与していると認められるのであれば、これらの出来事による心理的負荷を総合的に判断するのが相当である。 なお、厚生労働省基準局通達による「判断指針」は、その策定経緯や内容に照らして不合理なものとはいえず、業務と精神障害発症(及び死亡)との間に相当因果関係を判断するにあたっては、医学的知見に基づいた判断指針をふまえつつ、これを上記観点から修正して行うのが相当であると解される。〔中略〕 (3) 亡太郎が業務により受けた心理的負荷の強度について ア 発症前の業務による心理的負荷〔中略〕 (エ) してみると、平成10年3月ころ生じた平成10年本件ビラ問題について亡太郎がE部長等から事情聴取を受けたことが判断指針における「会社で起きた事件について責任を問われた」に該当するとしても、その心理的負荷の強度は、「Ⅱ」ではなく「Ⅲ」に修正されるべきであり、この出来事に伴う変化として、自らが長年従事していた給食事業を外されるという仕事の質の変化が客観的に予想される事態であったこと、Aの言動による「部下とのトラブル」、小田急百貨店との関係悪化の要因になった「顧客とのトラブル」とも一体となって亡太郎に心理的負荷を与えたと認められることから、その心理的負荷の総合評価は「特に過重」なものとして「強」であるというのが相当である(これに反する専門部会の見解及び廣准教授の見解は採用できない。)。 イ 発症後の業務による心理的負荷〔中略〕 そうすると、亡太郎の平成10年の配置転換による心理的負荷の強度については、少なくとも「中」であり、すでに罹患していたうつ病を悪化させる可能性があったとはいえ、逆に軽減させるものではなかったと評価するのが相当である。 ウ 業務以外の心理的負荷や個体側要因の検討 専門部会の見解、天笠医師の意見及び廣准教授の意見が一致して示すとおり、亡太郎に業務以外のうつ病等の精神障害が発病する原因となるべき心理的負荷要因や精神障害の既往症もなく、うつ病の発症につながる個体側要因は存在しない。 エ 検討 以上、認定したとおり、亡太郎のうつ病発症前の業務の心理的負荷の総合評価は「強」であり、うつ病の発症につながる業務以外の心理的負荷や亡太郎の個体側要因もないのであるから、判断指針によっても、亡太郎のうつ病発症が同人の業務に起因するものであると認めることができる。 また、亡太郎のうつ病発症後の業務の心理的負荷の強度についても、少なくとも「中」程度のものであって、うつ病に特徴的な希死念慮の他に亡太郎が自殺をするような要因・動機を認めるに足りる証拠はないから、亡太郎の自殺についても、同人が従事した業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。 (4) まとめ 以上によれば、亡太郎の精神障害の発症及び自殺は、亡太郎が、その業務の中で、同種の平均的労働者にとって、一般的に精神障害を発症させる危険性を有する心理的負荷を受けたことに起因して生じたものと見るのが相当であり、亡太郎の業務と同人の精神障害の発症及び自殺との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。 |