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ID番号 : 08769
事件名 : 遺族補償一時金等不支給処分取消請求事件
いわゆる事件名 : 国・中央労働基準監督署長(日本トランスシティ)事件
争点 : 輸送関連会社の営業所員の自殺につき、両親が遺族補償給付等不支給処分の取消しを求めた事案(両親勝訴)
事案概要 : 輸送関連会社に勤務していた営業所員が、気分(感情)障害(主な症例はうつ病及び躁うつ病)を発症し、自殺したことにつき、両親が遺族補償給付等を不支給とした労基署長の処分の取消しを求めた事案である。 名古屋地裁は、精神疾患発症及び自殺の業務起因性の判断基準及び判断方法について、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する労働者(平均的労働者)を基準として、勤務時間、職務の内容・質及び責任の程度等が過重であるために当該精神障害を発症させられる程度に強度の心理的負荷を受けたと認められるかを判断し、認められる場合に、次に業務外の心理的負荷や個体側の要因を判断し、これらが発症の原因でない限りは相当因果関係の存在を肯定する方法によるとした。その上で、当該営業社員が従事した業務は、平均的労働者を基準として、社会通念上、本件発症及び重症化の原因となりうる程度の疲労の蓄積や精神的ストレスをもたらす過重なものであったと認められ、他方、他に業務よりも有力な発症原因となるような精神疾患に対する脆弱性等を有していたなどとは認められないから、継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障害により正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害され、自殺行為に出たものとして、本件発症及び悪化、さらには本件災害との相当因果関係があると推認すべきであるとした。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法16条の6
労働者災害補償保険法16条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/業務起因性
労災補償・労災保険/業務上・外認定/自殺
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/遺族補償(給付)
裁判年月日 : 2009年5月28日
裁判所名 : 名古屋地
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成20行(ウ)60
裁判結果 : 認容
出典 : 労働判例1003号74頁
判例タイムズ1310号140頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-業務起因性〕
〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-自殺〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-遺族補償(給付)〕
 1 業務起因性の判断基準〔中略〕
 そして、その判断は、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することが許容できる程度の心身の健康状態を有する労働者(以下「平均的労働者」という。)を基準として、勤務時間、職務の内容・質及び責任の程度等が過重であるために当該精神障害を発症させられる程度に強度の心理的負荷を受けたと認められるかを判断し、これが認められる場合に、次に、業務外の心理的負荷や個体側の要因を判断し、これらが存在し、業務よりもこれらが発症の原因であると認められる場合でない限りは相当因果関係の存在を肯定するという方法によるのが相当である。
 原告は、発症前1か月におおむね100時間を超える時間外労働が認められる場合又は発症前2か月~6か月にわたって1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと判断すべきであると主張するところ、同判断基準は脳・心疾患の発症に関するものであるから、精神障害の発症に直ちに採用しうるものではないが、100時間を超える時間外労働に従事する状態が1週間以上続く場合にはうつ病に罹患する率が高くなるとの研究結果と併せ、労働時間の面からする過重性判断の指標として参考にはできる。〔中略〕
 2 精神障害発症後の過重な業務の考慮の可否
 判断指針及びその根拠となった専門検討会報告書は、精神障害の発症時期を確定してそれ以前おおむね6か月内の業務による心理的負荷を検討するものとしているところ、これは、業務と精神障害との相当因果関係を判断するには、業務による過大なストレスを受けてから症状の出現までの経過が医学的に妥当であるかを判断することが重要であるとするものである。確かに、被災者が通常の業務に従事する中で精神疾患を発症し、その後に過重な業務に従事する中で自殺したと認められる場合には、同人はもともと精神疾患に対する脆弱性を有するものと推認されるであろう。また、発症後の業務は客観的に見て過重ではないにもかかわらず、精神疾患の影響で処理に要する時間が長時間となったに過ぎない場合がありうるので、このような場合には業務と自殺との間の相当因果関係は否定されるべきである。したがって、前記の判断手法が一定の合理性を有することは肯定できる。
 しかし、他方、専門家の診断・治療歴がない場合には、得られた情報だけから発症時期を推測することは極めて困難である。そうすると、被災者が継続して過重な業務に従事する中で精神疾患を発症し自殺した事案においては、発症時期の特定が困難であるため、過重な業務によって精神疾患を発症させうる程度の精神的負荷を受けたとは直ちに断定できなくとも、その可能性があると判断される場合があり、その場合には被災者がもともと精神疾患に対する脆弱性を有するものとは推認できない。〔中略〕
発症後に従事した業務も客観的にも過重であったと認定されるなら、継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障害により正常な認識、行為選択能力および抑制力が著しく阻害されるに至り自殺行為に出たものとして、業務と精神障害の発症・悪化、さらには自殺との相当因果関係があると推認すべき場合も存する。
 そうすると、判断指針及び専門検討会報告書の前記判断手法も前記1と同様に判断手法として有益な面があるとしても、これによらなければ、業務起因性が認められないというものではなく、当初の発症後重症化するまでの業務の過重性を考慮するべき場合も存するというべきである。〔中略〕
 3 業務の過重性(とりわけ質的過重性)について〔中略〕
 (2) 判断
 以上の認定事実に前記争いのない事実等を併せると、次郎は、継続して過重な業務に従事する中で本件発症をし自殺したところ、本件発症の時期が平成15年6月ころと明確ではないため断定はできないものの、本件発症までの間に過重な業務によってその原因となりうる程度の精神的負荷を受けた可能性が十分にある上、その後もこれが重症化する平成15年7月中旬までの間、客観的に過重な業務に従事したと認められるから、次郎が従事した業務は、平均的な労働者にとって量的及び質的にも過重なものであり、本件発症をさせ、これを重症化させる程度の心理的負荷を与えるものであったということができる。〔中略〕
 5 以上によれば、次郎が従事した業務は、平均的労働者を基準として、社会通念上、本件発症及び重症化の原因となりうる程度の疲労の蓄積や精神的ストレスをもたらす過重なものであったと認められ、他方、次郎が、他に、業務よりも有力な発症要因となるような精神疾患に対する脆弱性等を有していたなどとは認められないから、継続する過重な業務により発症・悪化させられた精神障害により正常な認識、行為選択能力および抑制力が著しく阻害されるに至り自殺行為に出たものとして、業務と本件発症及び悪化、さらには本件災害との相当因果関係があると推認すべきである。
第4 結論
 以上の次第で、本件災害は、次郎が従事した業務に起因するものというべきであるから、これを業務上の災害と認めなかった本件処分は違法であり、取り消されるべきである。