ID番号 | : | 08772 |
事件名 | : | 債権差押命令に対する執行抗告事件 |
いわゆる事件名 | : | |
争点 | : | 労働者の未払賃金先取特権の実行としての会社業務委託代金債権差押命令に対する執行抗告事案(労働者勝訴) |
事案概要 | : | 未払賃金債権を有する労働者が、雇用関係の先取特権(民法306条2号、308条)の実行として、会社の第三債務者に対する業務委託代金債権差押命令に対する執行抗告事案である。 第一審東京地裁は、未払賃金債権の請求を認めたが、会社が所得税等の税金、社会保険料が控除されていないと抗告。 抗告審東京高裁は、使用者が、給与等の支払の際に、税額相当額を当該給与等から天引き控除することのできる権能は、徴税の便宜のために公法上認められた特別の限定的な徴収権能であって、私法上の債権とは異なるものであり、したがって、被用者の賃金債権の範囲がこの徴収権能を行使し得る限度で減縮しているわけではなく、また、給与等からの天引き権能をもって賃金債権と相殺したり、その行使を阻止したりするような性質を有するものではない。また、社会保険料についても、使用者は、被用者の賃金を支払う際に被用者の負担部分を天引き控除する権能を付与されているが、これも徴収の便宜上、公法上特に認められた権能であって、被用者の賃金債権の範囲がこの徴収権能を行使し得る限度で減縮しているわけではなく、また、給与等からの天引き権能をもって賃金債権と相殺したり、その行使を阻止したりするような性質を有するものではないとして、会社の所得税等控除の主張を斥け、抗告を棄却した。 |
参照法条 | : | 労働基準法2章 健康保険法167条 厚生年金保険法84条 民法306条2号 民法308条 |
体系項目 | : | 賃金(民事)/賃金の支払い原則/賃金債権の保全・差押え 賃金(民事)/賃金の支払い原則/全額払・相殺 |
裁判年月日 | : | 2009年6月29日 |
裁判所名 | : | 東京高 |
裁判形式 | : | 決定 |
事件番号 | : | 平成21(ラ)1003 |
裁判結果 | : | 抗告棄却 |
出典 | : | 判例タイムズ1312号310頁 金融法務事情1889号51頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 河津博史・銀行法務21.54巻3号50頁2010年3月 |
判決理由 | : | 〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-賃金債権の保全・差押え〕 〔賃金(民事)-賃金の支払い原則-全額払・相殺〕 1 本件抗告の趣旨及び理由 本件抗告の趣旨は、原決定を取り消し、債権差押命令の申立てを却下するとの裁判を求めるというものであり、その理由は別紙抗告理由書≪略≫記載のとおりである。 2 当裁判所の判断 (1) 抗告人の抗告理由は必ずしも明確でないが、〈1〉請求債権から所得税等の税金、社会保険料が控除されていない、〈2〉被抗告人が平成21年2月17日に全役員に向けて発信したメールに添付された給与通知書の内容が請求債権に反映されていないということを主張するものである(なお、抗告人は、現在経営難であり、被抗告人に話合いを求めたが応じてもらえなかったこと等も理由として掲げているが、これが抗告理由たり得ないことは明らかである。)。 しかしながら、抗告人は、未払賃金があることを認めているのであるから、上記〈1〉、〈2〉の主張をもって、「担保権の不存在又は消滅」(民事執行法193条2項、182条)をいうものということができないことは明らかである。 もっとも、執行裁判所は、差し押さえるべき債権の全部について差押命令を発することができるが(民事執行法193条2項、146条1項)、差し押さえた債権の価額が差押債権者の債権(請求債権)及び執行費用の額を超えるときは、執行裁判所は他の債権を差し押さえることができないとされている(超過差押えの禁止(民事執行法193条2項、146条2項)。すなわち、差押債権者は、差し押さえた1個又は数個の債権の合計額が請求債権額及び執行費用額の合計を超えるときは、更に別の債権を差し押さえることができないのである。)。ところで、本件の差押債権は、債務者と第三債務者との間の業務委託契約に基づく業務委託代金債権であるところ、当該業務委託契約に基づき発生する業務委託代金債権の個数は複数であることが十分考えられる(少なくとも、支払期日ごとに2個に分かれることが推認される。)。そうすると、抗告人の主張するところは、〈1〉、〈2〉の理由により未払賃金債権の額が請求債権の額より少ないから、本件債権差押命令には超過差押え禁止違反の違法があるということを主張するものと解する余地がある。 (2) そこで、抗告人の上記〈1〉、〈2〉について検討する。 ア 抗告人は、請求債権から所得税等の税金や社会保険料が控除されるべきであると主張する(〈1〉)が、使用者が、給与等の支払の際に、税額相当額を当該給与等から天引き控除することのできる権能は、徴税の便宜のために公法上認められた特別の限定的な徴収権能であって、私法上の債権とは異なるものであり、したがって、被用者の賃金債権の範囲がこの徴収権能を行使し得る限度で減縮しているわけではなく、また、給与等からの天引き権能をもって、賃金債権と相殺したり、その行使を阻止したりするような性質を有するものではない。また、社会保険料についても、使用者は、被用者の賃金を支払う際に、被用者の負担部分を天引き控除する権能を付与されているが、これも徴収の便宜上、公法上特に認められた権能であって、被用者の賃金債権の範囲がこの徴収権能を行使し得る限度で減縮しているわけではなく、また、給与等からの天引き権能をもって、賃金債権と相殺したり、その行使を阻止したりするような性質を有するものではない。 したがって、請求債権が抗告人が主張するように所得税等として控除すべき額の分だけ少ないということはできない。 イ また、抗告人は、被抗告人が平成21年2月17日に全役員に向けて発信したメールに添付された給与通知書の内容が請求債権に反映されていないと主張する(〈2〉)。そして、一件記録によれば、抗告人の指摘する被抗告人発信のメールは、被抗告人が乙原(松子)宛てに送信したものであり、抗告人代表者に対しても参考送信されたものであるところ、その内容は、「乙原さん 昨日、ご相談させていただきました給与の変更についてご提案いたします。こちらの内容でご検討いただけますでしょうか。なお、手取りは309,965円になる見込みです。」、「Aさん 自分の内容も乙原さんのものと同様です。私はこの内容でOKです。」というもので、添付ファイルとして丁山梅子宛の総支給額/月を35万円とする給与通知書が添付されていることが認められる。しかしながら、一件記録によっても、上記のメールがどのような経緯で発せられたのか全く不明であり、このメールをもって抗告人と被抗告人との間で給与の減額が合意されたことを認めるに至らない。 ウ 以上によると、抗告人の〈1〉、〈2〉の主張は理由がないから、本件債権差押命令に超過差押え禁止違反の違法があるとは認められない。 |