ID番号 | : | 08773 |
事件名 | : | 地位確認等請求事件 |
いわゆる事件名 | : | 昭和シェル石油事件 |
争点 | : | 石油会社の女性従業員らが、性差別を受けたとして地位確認、損害賠償請求等を求めた事案(労働者一部勝訴) |
事案概要 | : | 石油会社の女性従業員らが、資格及び賃金について女性であることを理由に差別的取扱いを受けたとして、昇格地位確認、労働契約に基づく賃金又は不法行為に基づく損害賠償請求としての差額賃金又は差額賃金相当損害金及び遅延損害金の支払並びに不法行為に基づく損害賠償請求として慰謝料等を求めた事案である。 東京地裁は、旧人事制度から新人事制度への移行の過程で、男女別の昇格管理、資格及び賃金での格差は次第に小さくなっていったものの、経過的、段階的に切替えをしているため新制度の下でも影響が残存し、資格及び賃金で男女間に有意な格差が認められ、違法な男女差別による処遇を受けていたと判断した。一方、昇格は会社の評価と判断による決定に基づくものであり、新制度のもとでは昇格、昇給の明確な基準はないと解して、労働契約に基づく地位等確認請求、差額賃金請求は認めなかった。また、会社には労働基準法4条に違反する不当な男女間差別による行為が認定できるとして、不法行為に基づく損害賠償責任を認めたが、差額賃金相当損害額を算定するのは困難として、慰謝料と弁護士費用の賠償だけを命じた。 |
参照法条 | : | 労働基準法3条 労働基準法4条 労働基準法13条 労働基準法93条 民法90条 |
体系項目 | : | 労基法の基本原則(民事)/均等待遇/男女別コ-ス制・配置・昇格等差別 労基法の基本原則(民事)/男女同一賃金、同一労働同一賃金/男女同一賃金、同一労働同一賃金 労働契約(民事)/労働契約上の権利義務/使用者に対する労災以外の損害賠償請求 賃金(民事)/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額/賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額 |
裁判年月日 | : | 2009年6月29日 |
裁判所名 | : | 東京地 |
裁判形式 | : | 判決 |
事件番号 | : | 平成16(ワ)27404 |
裁判結果 | : | 一部認容、一部棄却 |
出典 | : | 労働判例992号39頁 労働経済判例速報2048号3頁 判例時報2052号116頁 判例タイムズ1314号167頁 |
審級関係 | : | |
評釈論文 | : | 畑中祥子・労働法学研究会報60巻22号24~29頁2009年11月15日 |
判決理由 | : | 〔労基法の基本原則(民事)-均等待遇-男女別コ-ス制・配置・昇格等差別〕 〔労基法の基本原則(民事)-男女同一賃金、同一労働同一賃金-男女同一賃金、同一労働同一賃金〕 〔労働契約(民事)-労働契約上の権利義務-使用者に対する労災以外の損害賠償請求〕 〔賃金(民事)-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額-賃金請求権と考課査定・昇給昇格・降格・賃金の減額〕 4 争点(1)(男女差別の有無)について〔中略〕 (5) 以上を前提に、原告ら12人について、資格及び賃金について、違法な男女差別が認められるかを検討する。 上記のとおり、被告において、平成5年及びその前後には、実質的な男女別の基準で一定の資格に一定年数滞留させて昇格を管理する運用が行われており、被告においては、男女間で同一の労働条件による雇用契約であったのだから、少なくともその時点までは、原告ら12人を含む高校卒、短大卒の女性社員は、資格及び賃金上、違法な男女差別を受けていたと判断できる。そして、昇格、給与上の処遇が、第1次的には被告の人事権による裁量に委ねられ、原告ら12人が人事考課の前提となる制度への参加を拒否していたこと等を考慮しても、上記の違法な差別を合理的に説明することはできない。 次に、平成12年以降の新制度実施後について検討する。 上記判断のとおり、新制度実施後は、実質的な男女別による資格の滞留年数による昇格管理がなされていないものと認められる。しかし、新制度により能力主義、成果主義が重視されていながらも、必ずしもそれが徹底されている訳ではなく、平成12年以降の男女別の資格の分布を見ても、次第に改善はされているものの、基本的には、旧制度下の資格と、処遇上も連続性を持った昇格が行われていると認められる。その意味では、平成5年及びその前後に見られる実質的な男女別の滞留年数による昇格管理は行われなくなっているものの、実態としては、その影響を受けた、違法な男女間の昇格差別の影響を残したままの状態が継続しており、その影響は、次第に改善されつつあるものの、なお残存しているものと評価せざるを得ない。 そして、原告ら12人に関して言えば、新制度実施後、他の女性社員と同様に、平成5年前後の資格の滞留年数による昇格管理の影響を受けていたというべきである。してみると、前述のとおり、一般論として人事考課の査定や昇格については、使用者である被告に広い裁量が認められること、原告ら12人が、平成12年までは被告の人事考課の前提となる制度への参加を拒否していたこと、上記検討結果のとおり、原告ら12人の平成5年度~平成16年度の人事考課自体は、特に不合理であるとして、裁量権の逸脱、濫用に該当するような事情が見当たらないことという各事情を考慮しても、新制度実施後も、かつての違法な男女差別の影響を残していると言わざるを得ない。そして、原告ら12名の人事考課の内容を見ると、確かに個々の人事考課自体が、人事権の裁量権の逸脱・濫用に係る要素は見当たらないものの、Cが病気休職により低い評価を受けていることを除けば、事務職として、原告ら12名は、それぞれの職務において、相応の評価を得ており、特に低い職能資格にとどまらなければならないだけの事情もまた、見出すことはできない。してみると、原告ら12人は、違法な男女差別による職能資格及び賃金における処遇を受けていたものといわなければならない。 5 争点(2)(昇格地位等確認請求権の有無)について 被告の人事制度下で、原告ら9人に昇格請求権が認められるかを検討する。 人事考課の査定、特に昇格は、使用者の総合的な裁量判断の性格を有している。なぜなら、職業能力の発展に応じて、諸種の職務やポストに配置していく長期雇用システムにおいては、労働者を企業組織の中で位置づけ、その役割を決める人事権は、労働契約上、使用者の権限として裁量的に行使することが予定されているからである。そして、長期雇用システムを前提とする被告の人事制度において、昇格は被告の評価と判断による決定に基づくものであり、上述の考え方からすれば、原告ら9人に当然に昇格請求権を認めるのはそもそも困難である。そして、上記検討結果のとおり、旧制度において、高校卒又は短大卒の男性のG3、G2、G1への各昇格については、昇格の有無及び昇格までの年数が一律であると認められるが、それより上位の昇格については、昇格の有無及び昇格までの年数について個人間の差が認められるし、ましてや新制度においては、すべての資格において、昇格の有無及び昇格までの年数について個人間で差が認められるようになっており、この点で、被告において、男女別の年功序列的色彩の強い人事管理から、特に新制度導入以降、男女の別のない能力主義的、成果主義的色彩の強い人事管理へ移行していると評価し得る状況にある(なお、原告らは、被告が、新制度下において、裁判対策として極端な男女差別を隠蔽する目的で一部の女性について抜擢的な昇格をしていると主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠は見当たらず、この点に関する原告らの主張は採用できない)。また、原告ら9人の主張する本件書面の基準は、上記判断のとおり、被告の平成5年ころの昇格についての1つの基準としては妥当していたものと認められるが、特に、新制度導入以降の昇格基準と認める余地はないのであり、本件書面の存在を根拠に、原告ら9人に明確な昇格基準があるとして、昇格請求権を認めることはできない。そして、他に、原告ら9人の主張するような滞留年数による明確な昇格基準は認められない。 以上によれば、原告ら9人の昇格地位等確認請求は、被告の昇格の発令がないことに加え、明確な昇格基準が認められない以上、失当というほかない。 6 争点(3)、(6)(労働契約による差額賃金請求権、消滅時効)について 被告が、原告ら12人に対し、女性であることを理由に賃金について差別的取扱いをしたと認められるのは上記判断のとおりであり、これは、労働基準法4条に違反する。そして、差別を受けた原告ら12人に適用されるべき賃金の基準が明確である場合には、労働契約に基づく差額賃金請求権を認める余地があると解される。 しかし、被告において、賃金は資格の格付けに連動する部分があるところ、上記判断のとおり、資格の格付け(昇格)について明確な基準が認められない。また、人事考課の査定が昇給に影響するところ、上記検討結果のとおり、少なくとも平成5年度~平成16年度における被告の原告ら12人に対する人事考課は、特に不合理と認めるべき点は見当たらない。そして、前記前提事実のとおり、原告ら12人は、新制度下で調整給を得ており、格付けられた資格の上限より高い賃金を得ている。さらに、原告ら12人と直接の比較対象とすべき、同年齢で同学歴の勤務実績等が同等の男性社員が証拠上存在しない。加えて、被告は、原告らの賃金請求権について消滅時効を援用しており、仮に原告らの賃金請求権を観念したとしても、男女別の年功序列的色彩の強かったころの賃金請求権は時効によって消滅しており、時効消滅していない時期の賃金は、能力主義的、成果主義的色彩の強いころの賃金請求権の一部である。 以上によれば、原告ら12人に適用されるべき賃金の明確な基準は存在せず、原告らの請求は、その前提を欠き、失当という他ない。なお、原告らは、本件訴え提起前の賃金請求権について、被告による消滅時効の援用は信義則に反し、権利濫用であると主張するが、原告ら12人の権利行使が妨げられていた訳ではなく、被告が時効を援用することが特に正義に反するような事情も見当たらないので、原告らの上記主張を採用することはできない。 7 争点(4)~(6)(不法行為に基づく差額賃金相当損害金、慰謝料、弁護士費用及び差額退職金相当損害金の請求権、消滅時効)について (1) 不法行為の成否 被告が、原告ら12人について、女性であることを理由とする資格及び賃金の差別的取扱いをしていることが認められるのは上記判断のとおりである。 被告において、特に、新制度導入以降、男女別の年功序列的色彩の強い人事管理から、男女の別のない能力主義的、成果主義的色彩の強い人事管理へ移行しつつあると評価し得る状況にあるとはいえ、依然として、男女間に著しい格差が、特に賃金の額において認められるところ、これは、被告の人事制度上、資格の格付けが賃金の一部に連動し、また、被告の賃金制度上、昇給等が資格ごとに行われるため、女性の昇格が男性に比べて遅かったため、その積み重ねで賃金が低くなっていると推認される。すなわち、被告においては、過去において、上記判断のとおり、本件書面を1つの基準として、高校卒、短大卒の女性社員を除く社員について、学歴別の年功序列的な昇格管理を行い、高校卒及び短大卒の女性社員については、上位の資格への昇格をより困難にする別の基準で昇格管理を行っていたことを原因とした男女間の差別的な取扱いがあったものと認められる。そして、そのような男女間の差別的取扱いは、改善されつつあるとはいえ、現在においても、完全に男女の別のない能力主義的、成果主義的な人事制度に転換されているとは言い難く、少なくとも従来の年功序列的な制度の影響を残す状況にあって、不当な男女間の差別的取扱いが残存又は継続しているといえる。そうであるならば、被告がこれを是正せず、維持している点で、被告の労働基準法4条に違反する違法な行為を認定することができ、しかも、この点につき、被告には故意又は少なくとも過失が認められる。 したがって、被告は、原告らに対し、男女差別という不法行為によって生じた損害を賠償する責任を負う。 |