全 情 報

ID番号 : 08776
事件名 : 療養補償給付不支給決定処分取消等請求控訴事件
いわゆる事件名 : 北大阪労働基準監督署長事件
争点 : 急性心筋梗塞を発症した居酒屋チェーン店長が療養補償等不支給処分の取消しを求めた事案(労働者勝訴)
事案概要 : 勤務中に急性心筋梗塞を発症した居酒屋チェーン店の店長が、発症は長時間かつ深夜の過酷な労働という業務上の過重負荷に起因するとして、療養補償、障害補償給付を不支給とした労基署長の処分取消しを求めた事案の控訴審である。 第一審大阪地裁は、従事していた業務と心筋梗塞発症とに相当因果関係は認められないとして請求を棄却。 第二審大阪高裁は、店長の業務は、加工された商品をマニュアルに従って加熱したり焼いたりするもので、特に精神的緊張を伴うものではないが、休日の少ない連続勤務が相当な負荷を与え、80時間近い時間外労働が疲労を蓄積させ、店長会議や他店応援のための日中勤務が自律神経に乱れを生じさせるに足りるものであったことからすれば、15年余の喫煙歴というリスクファクターがあることを考慮しても健康診断では特に異常は認められなかったことから、業務以外に精神的、身体的負荷を与えるような要因はないとした。その上で、本件疾病は、店長が従事していた業務による精神的、身体的負荷によって、血管病変(内皮障害)をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったと認めるのが相当であって、本件発症と店長の従事していた業務との間に相当因果関係の存在を肯定することができるとして業務起因性を認め、原判決を斥けた。
参照法条 : 労働者災害補償保険法7条
労働者災害補償保険法13条
労働者災害補償保険法15条
体系項目 : 労災補償・労災保険/業務上・外認定/脳・心疾患等
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/療養補償(給付)
労災補償・労災保険/補償内容・保険給付/障害補償(給付)
裁判年月日 : 2009年8月25日
裁判所名 : 大阪高
裁判形式 : 判決
事件番号 : 平成21行(コ)7
裁判結果 : 認容(原判決取消し)
出典 : 労働判例990号30頁
労働経済判例速報2054号3頁
審級関係 :
評釈論文 :
判決理由 : 〔労災補償・労災保険-業務上・外認定-脳・心疾患等〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-療養補償(給付)〕
〔労災補償・労災保険-補償内容・保険給付-障害補償(給付)〕
 1 業務起因性の判断基準について
 (1) 業務起因性
 被災労働者に対して、労災保険法に基づく療養補償給付ないし障害補償給付が行われるには、当該労働者の疾病が「業務上」のものであること(労災保険法7条1項1号、12条の8第1項、2項、労働基準法75条、77条、75条2項)を要するところ、本件では、労働基準法施行規則35条に基づき別表第1の2第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」により本件疾病が発症し、これが治癒した後もその身体に障害が存することが要件となる。
 ところで、労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補するという危険責任法理に基づく制度であることを踏まえると、労働者の発症等を「業務上」のものというためには、当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(発症等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず、業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に疾病の発症等の損失をもたらしたという相当因果関係(業務起因性)があることが必要であると解するのが相当である。
 (2) 脳・心臓疾患と業務起因性
 脳・心臓疾患は、その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態(以下「血管病変等」という)が加齢や一般生活等における通常の負荷ないし種々の要因によって長い年月の間に徐々に血管病変等が形成・進行・増悪する経過(自然経過)を経て発症に至るものであり、本来、業務に特有の疾病ではない。しかし、上記発症に至る過程において、労働者が従事した業務の負荷が過重であったため、発症の基礎となる血管病変等がその自然経過を超えて増悪し、その結果、脳・心臓疾患が発症した場合は、業務に内在する危険が現実化して脳・心臓疾患等の疾病が発症したとして、業務起因性(相当因果関係)を認めることができる。〔中略〕
 5 検討
 上記認定事実に基づき、本件発症と業務との相当因果関係(業務起因性)の有無について検討する。
 控訴人の発症前1か月間の時間外労働時間数は100時間を超えている。もっとも、控訴人の労働は、休憩時間は少ないが、月曜日から木曜日までの午後11時以降は手待時間があり、また、控訴人の業務は、調理については、加工された商品をマニュアルに従って加熱したり、焼いて提供する程度のもので、長時間の仕込みや高度な技術を要するものではない定型的な内容であり、そのほかの業務についてもアルバイトにも任せることができる内容であるから、特に精神的緊張を伴う業務と見ることはできない。
 しかしながら、発症前1か月間のうち控訴人が休日を取得できたのはわずか2日間にすぎず、2月15日と2月22日は、本来休日であるのに店長会議に出席し、3月3日は、前日が金曜日で比較的繁忙であるのに、午前11時30分から開始された店長会議に出席し、その後、本件店舗に戻って翌4日の午前3時10分まで勤務している。また、控訴人は、同月8日に胸の痛みのため早退していたが、翌9日には午後3時49分から翌10日午前2時24分まで勤務した後、高槻店の応援のために同日の午後1時39分から勤務し、その後本件店舗に移動して翌11日午前5時12分まで勤務している。このような休日の少ない連続勤務は、控訴人に身体的、精神的に相当な負荷を与えるものと評価できる。
 ところで、日常業務が深夜時間帯で固定されている場合には、その負荷は特に疲労を蓄積させるものとは考え難いが、控訴人は、本件会社に勤務するまでは日中の時間帯に勤務しており、平成12年9月から深夜勤務となって、本件発症当時は、深夜時間帯に勤務することに慣れてきたと見ることもできるが、他方で、店長会議や他店への応援の際には、日中の時間帯から勤務をすることになるから、深夜時間帯に慣れかけてきた生活リズムが乱れて自律神経のバランスを失わせる原因になったと推認できる。
 しかも、控訴人は、本件発症の約2週間前ころ(2月末ころ)から、前胸部不快感を覚えるようになっていたのであるが、それ以降も休日を1日取得しただけで、勤務を続けている。これは、控訴人が店長を務めていた本件店舗が、小規模な居酒屋で、前年度比の80%程度の売上にとどまっていたことなどから、アルバイトの総人数が前店長の時期よりも抑えられ、控訴人が原審で供述するようにアルバイトのシフト管理が円滑に行えず、結果として、控訴人が休日を取得できない状況になっていたものと推認できる。
 さらに、控訴人は、アルバイトとして本件会社で就労するようになってわずか4か月余り、正社員として雇用されるようになってから起算してもわずか3か月余りで本件店舗の店長になり、接客、調理、アルバイトのシフト管理、売上金の管理・送付、本社への書面での業務報告、店長会議の出席等多岐にわたる業務に従事するようになったから、定型的な業務内容でアルバイトに任せることができるものも多いことを考慮しても、店長業務に慣れていない控訴人にとっては、それなりの負荷であったと考えられる。
 以上によれば、控訴人の発症前1か月間の時間外労働時間数には手待時間がある程度含まれているとしても、控訴人が従事していた業務の労働密度が低いとはいえず、このような100時間を超える時間外労働に加えて、休日を十分取得できないことから、疲労を回復することができずに蓄積していったものと認められる。そして、1か月当たりの時間外労働時間が45時間を超えると、徐々に疲労が蓄積していくと考えられるところ、控訴人の発症前2か月の時間外労働時間数が73時間9分、発症前3か月の時間外労働時間数が71時間34分と1か月当たり45時間を超え、業務と発症との関連性が強いと評価される80時間に近い時間外労働に従事していたことを併せ考慮すれば、控訴人の本件発症当時の疲労の蓄積は、かなりのものであったと認められる。
 それに加えて、平素は深夜勤務であるのに、店長会議や他店の応援のために日中から勤務を行うことで自律神経の変調を来たしていたものと認められる。
 他方で、控訴人には、15年余の喫煙歴という冠攣縮のリスクファクターがあるが、1月23日に実施された健康診断では特に異常は認められておらず、業務以外に精神的、身体的負荷を与えるような要因はなかった。
 そして、冠攣縮の発症原因として、血管内皮の障害(比較的初期の動脈硬化性病変)と自律神経の乱れが考えられるところ、控訴人の本件発症前の業務が上記のとおり、疲労を蓄積させ、自律神経の乱れを生じさせるに足りるものであることからすれば、喫煙歴というリスクファクターがあることを考慮しても、本件疾病は、控訴人が従事していた業務による精神的、身体的負荷によって、控訴人の血管病変(内皮障害)をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものと認めるのが相当であって、本件発症と控訴人の従事していた業務との間に相当因果関係の存在を肯定することができる。
 したがって、控訴人の発症した本件疾病は、労働基準法施行規則35条別表第1の2第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するというべきであり、控訴人の労災保険法に基づく療養補償給付及び障害補償給付につき、本件疾病に業務起因性がないことを理由として支給しないとした本件処分は違法である。
 6 以上によれば、控訴人の請求は理由があり、これを棄却した原判決は相当でないから、本件控訴は理由がある。